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サイクル ロードレース コラム 2021年8月29日

【ブエルタ・ア・エスパーニャ2021 レースレポート:第14ステージ】ツールの表彰台男が新天地で遂にブエルタ区間勝利!ロマン・バルデ「良いレースをすることだけを考えた」

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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沿道のファンに囲まれて走るバルデ

沿道のファンに囲まれて走るバルデ

山頂フィニッシュへ向かう3度目の逃げは、勝利へと続いていた。執拗な警戒網を自らの脚で断ち切ると、ロマン・バルデがついに初めてのブエルタ区間勝利を手に入れた。メイン集団は最終峠まで一切動かなかった。コフィディスは積極策に出るも、マイヨ・ロホ移行は起こらず、モビスターの果敢な攻撃は、直接的ライバルから数秒奪うに留まった。

「長い待ち時間だった。最後に勝って以来、グランツールでは何度も勝ちを逃してきた。でも今日はそんなことはまったく気にならなかった。ただ全力で良い逃げに乗って、良いレースをすることだけを考えた」(バルデ)

山奥で過ごす週末。胸に秘める野心を叶えるには、申し分のない地形だった。スタートからわずか8kmほど逃げが決まったことは、驚きと共に、多くの選手たちに歓迎された。なにしろ逃げに乗るために第7ステージは50km以上、第9ステージは100km近くも奮闘し、肝心の最終盤にもはや脚がなかったことを悔やむロマン・バルデは、「逃げに乗る前に疲れないこと」を目標に上げていたほどだった。

「スタート前はどうしたものかと気分が晴れなかった。だって序盤は平地だし、逃げに乗るだけでまたしても体力を消耗してしまうかもしれない……と悩んでいたから。でも、スタート直後、少し前に小さな登りが見えた。よし、あそこで全力を尽くし、あとはどうにでもなれ、と追い風に乗って飛び出した。そしたら20人くらいがついてきた!」(バルデ)

こうしてバルデを筆頭に、18選手が逃げ出した。あっさり飛び出したにも関わらず、序盤1時間は、平地を利用して時速51km超の猛スピードで走り続けた。後半に詰め込まれた山地へと突入する前に、逃げ切りを確実にする必要があったから。選手を2人送り込んだアージェードゥゼール・シトロエンを中心に、誰もがせっせと先頭交代を繰り返した。残り87km、最初の山岳にたどり着いた時には、アンテルマルシェ・ワンティゴベール・マテリオが制御するメイン集団との差は10分にまで広がっていた。

コースの真ん中過ぎに立ちはだる激坂で、戦いは勃発しなかった。1級コリャド・デ・バリェステロスの全長2.8km、平均14%の山道を、選手たちはひたすら淡々と上った。坂道の終わりでは、流石に逃げ集団からピュアスプリンターのアルノー・デマール等々は滑り落ちたけれど……その後の下りで、難なく逃げの仲間に追い付いている。

まるで壁のような登りで、もしも特筆すべきことがあるとしたら、山頂をバルデが先頭通過したこと。2年前のツール・ド・フランス山岳賞は、この時点で、青玉ダミアーノ・カルーゾを山岳ポイントで逆転する。最終的には今区間登場した3つの山岳すべてを1位で駆け上がった。ステージの終わりには、19ポイントのリードで、生まれて初めてのブエルタ山岳ジャージを身にまとうことになる。

笑顔でフィニッシュするロマン・バルデ

笑顔でフィニッシュするロマン・バルデ

「逃げ出した後、まずは山岳ポイント収集に集中した。たとえ区間を勝てなくても、山岳ジャージは取れると考えていた。だから最初からステージ優勝だけにこだわっていたわけじゃないんだ」(バルデ)

はるか後方のメインプロトンでも、ユンボ・ヴィスマが主導権を握ったことと、細い山道の入り口で少々渋滞した以外は、なんの動きも見られなかった。目を疑うような激坂であろうとも、フィニッシュまで65km近くも残して、メインプロトンに加速する理由などなかった。そもそも総合首位オドクリスティアン・エイキングにとっては、逃げがあらゆるボーナスタイムを潰してくれたほうが都合がよく、両集団の距離ははさらに拡大していく。最終的にタイム差は14分20秒にまで達した。

おかげで逃げ切りを確信した前方の18人は、フィニッシュまで50kmを残して、早くも壮大なる区間争いへと突入する。

真っ先に仕掛けたのはマシュー・ホームズだった。昨年1月、ダウンアンダーのウィランガヒルで、リッチー・ポートの7連覇を阻止した山岳巧者が飛び出すと、元アルベルト・コンタドールの補佐役ダニエル・ナバーロと自称「平地生まれのクライマー」ニコラ・プリュドムがすぐさま後に続いた。

残された選手たちは、共闘して前を追いかける代わりに、壮大なる警戒合戦に突入した。誰もがバルデを危険視するあまり、スピードが上がらず、時に膠着状態に陥ったほど。離合集散が繰り広げられた。バルデ本人も2度加速を仕掛け、他を蹴散らすも、いつの間にかライバルたちは追い付いてきた。前でチームメートが逃げていたクレモン・シャンプッサンに言わせれば、「協力体制がなくなってこちらには好都合だった」。

この長くアップダウンの多い谷間には、たくさんのアクシデントも散りばめられていた。たとえばホームズは、後輪のパンクで先頭から脱落した。10kmほど追走集団で甘んじたあと、再び力づくで前へと飛び立つも、どうやらエネルギーを消耗しすぎた。残り26km、プロドムの強烈な加速で、あえなく振り払われた。ナバーロと、残り30kmでやはりブリッジを成功させたセップ・ファンマルクは、プロドムの加速には耐えた。しかし残り24kmのダウンヒル中に、カーブを曲がりそこねて転倒。また追走組のジャイ・ヴァインは、チームカーからの補給中に激しく地面へと転がり落ちた。

この4人は、不遇を乗り越えて、バルデ集団へと戻ってくる。そもそもデマールさえ、残り42kmの中間ポイントで4位通過13ポイントを手にした後、姿が見えなくなっていたというのに……最終登坂直前に同集団に追い付いている。その後のデマールは最終峠をたった1人で登り切った。ぎりぎりメイン集団に回収されることなく、「山道の観客に感銘」を受けながら、区間15位に滑り込んだ。ここでも1ポイント収集。ただ緑ジャージ争いの順位は7位と変わらず、首位とのポイント差は相変わらず112pと大きい。

プロドムは後続バルデ集団に約1分15秒差をつけ、14.5kmの最終登坂に突入した。新たに抜け駆けしてきた3人から、アンドレイ・ツェイツが単独で追走へと乗り出していた。

残り12km、バルデは3度目の加速に踏み切る。ヘスス・エラダは後輪に張り付き、シャンプッサンも飛び乗った。MTB金メダリストのトーマス・ピドコックやズイフトアカデミー王者ヴァインもついてきた。しばらく睨み合っているうちに、またしてもホームズやライアン・ギボンズ、ケヴィン・ゲニエッツに合流された。誰もがきょろきょろと周りを見回すばかりで、スピードはまるで上がらなかった。

1級ピコ・ビリュエルカスをラスト6km独走しブエルタ初区間優勝のロマン・バルデ

1級ピコ・ビリュエルカスをラスト6km独走しブエルタ初区間優勝のロマン・バルデ

「肉体的にも精神的にもきつかった。だって誰も走ろうとしないんだ。特にエラダにはイライラさせられた。僕が動くたびにくっついてくるけど、かといって協力はしてくれない。前に逃げている選手がいたのに。コントロールがひどく難しかった。でも僕はチームカーから戦術を授けられていたんだ。どの地点でアタックすべきかを、正確に指示されていた」(バルデ)

勾配9.8%が延々と続くゾーンをバルデは狙った。残り7.2km。ホームスの加速にすかさずカウンターを打ち込むと、そのまま独走態勢へと持ち込んだ。先頭との50秒差はあっという間に縮め、ツェイツとプロドムをまとめて抜き去った。そして残り6km、とうとうバルデはひとり先頭へと躍り出た。後方では、皮肉にも、エラダとヴァインが協力しあって追走を試みたが、フレンチクライマーの背中はただ遠ざかっていく一方だった。

ツールでは2度の表彰台経験を持つバルデは、今季古巣AG2Rを離れ、新天地チームDSMにて8年ぶりにツールのない静かな夏を過ごした。むしろ5月には初めてジロを走り、久しぶりに積極的な走りを満喫した。その後は熱望していた東京五輪行きをきっぱり諦め、2021年ブエルタに向けて、ひたすら準備を積んだ。無念にも第5ステージの落車で総合の希望は断たれた。それでもバルデとチームは、すぐに気持ちと目標を切り替える術を持っていた。

2度の逃げと、1度の終盤アタックは失敗に終わった。しかし3度目の逃げは、勝利へとつながっていた。2017年ツール第12ステージ以来となる、グランツール区間勝利。ツールではすでに3つ勝ってきたが、ブエルタでは初めての区間勝利だった。また2日連続のフランス人勝利にして、DSMにとっては、前日のドゥクーニンク・クイックステップと並ぶ今大会区間3勝目となった。

バルデが最後のアタックに転じるほんの少し前、はるか後方のメイン集団もいよいよ戦闘態勢に切り替わった。淡々と走ってきたユンボ隊列から、モビスターが先頭をむしり取ると、猛烈にテンポを刻み始めた。

真っ先に攻撃に移したのはコフィディスの方だった。残り7km前後、やはりバルデが勝利へのアタックを決めた難勾配を利用して、レミ・ロシャスが急加速。総合2位ギヨーム・マルタンを連れ前方へと飛び出した。もちろん目的は58秒差の総合首位、オドクリスティアン・エイキングを振り落とすこと。

「1日の大半はコントロール下に置くことができた。最終峠もきつくなり過ぎなきゃいいけど……と願っていたんだ。常に勾配が高いわけではないから、僕はある種の賭けに出た。他選手の後輪にできる限り張り付いていく作戦を取ったんだ」(エイキング)

ただし総合12位ジュリオ・チッコーネや10位フェリックス・グロスシャートナーと並んで、エイキングの同僚ルイス・メインチェスがコフィディス2人にぴたり張り付いた。おかげでマルタンの試みは、それほど長くは続かなかった。しかもユンボが一定速度で引き連れてきたメイン集団に、マイヨ・ロホは危なげなく踏みとどまっていた。

ユンボはあくまで守備的な姿勢を崩さなかった。その後もチッコーネだけはしばらく単独で粘り続けたが、やはり黙々とリズムを刻みつつ回収した。残り3kmでモビスターのダブルリーダーの片割れ、総合5位ミヘルアンヘル・ロペスがアタックを打っても、決して慌てて潰しに走ることはなかった。まずはステフェン・クライスヴァイクが先頭を引き、残り1.5kmからはセップ・クスが仕事を引き継いだ。徐々に、着実に、スピードを上げていった。

おかげで総合3位プリモシュ・ログリッチは、自ら力を振り絞るのはラスト500mだけで良かった。「スーパーマン」ロペスから遅れることわずか4秒、今大会優勝大本命は4位エンリク・マス、7位エガン・ベルナル、6位ジャック・ヘイグと同タイムで1日を終えた。8位アダム・イエーツはログラから12秒後にラインを越えた。またマルタンはログリッチから16秒遅れで、エイキングは20秒遅れでそれぞれフィニッシュ。

いわゆる賭けを成功させ、5日連続でマイヨ・ロホはエイキングの肩に留まった。総合2位マルタンは56秒遅れと、差をほんの4秒縮めたに過ぎなかった。逆に3位ログリッチには1分36秒差に迫られた。

その総合3位から4位マス2分11秒差、5位ロペス3分04秒差、6位ヘイグ3分35秒差、7位ベルナル4分21秒差までは、ロペスが4秒稼いだことを除いて、関係性はなにも変わらなかった。8位イェーツは4分49秒差にわずかながら後退。ちなみにイネオスのダブルリーダーは、昨大会総合2位リチャル・カラパスの支援を、翌日からもはや受けることは出来ない。東京五輪ロード金メダリストは、今区間半ばに大会を去った。

文:宮本あさか

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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