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【ジロ・デ・イタリア2021 レースレポート:第18ステージ】巧みな戦術眼で遂に人生初のグランツール区間勝利!アルベルト・ベッティオル「何度も何度も繰り返す強さをもたねばならない」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかアルベルト・ベッティオル
脚による目まぐるしいアタック合戦はもちろん、一対一の「心理戦」をも巧みに制して、アルベルト・ベッティオルが鮮やかな勝利をつかみとった。逃げを見送ったプロトンは追走を放棄し、マリア・ローザを擁するイネオス・グレナディアーズの刻む淡々としたリズムに乗って、長く静かな1日を過ごした。
「グランツールの3週目ともなると、もはや脚に頼ることはできなくなる。あとは自分の頭だけが頼りだ」(ベッティオル)
3週目の終わりの、難関山頂フィニッシュに挟まれた、大会最長ステージ。231kmという長距離を恐れず、無数の選手が、スタート直後から飛び出しを試みた。本格派クライマー、もしくはタイムトライアルスペシャリスト「以外」の選手にとっては、この日が正真正銘最後のチャンスなのだ。
激しい撃ち合いをかいくぐって、スタートから約30km地点で、23人の大きな塊が飛び出した。ただし3人送り込んだチームが2つ(アンドローニジョカトリ・シデルメク、チームDSM)、2人送り込んだチームが3つ(アスタナ・プレミアテック、エオーロ・コメタ、UAEチームエミレーツ)に対して、前に乗れなかったチームが7つ。少々バランスが悪いせいか、後方集団はすぐに逃げを認めようとはしなかった。実にそこから約25kmにも渡って、約30秒差を巡る壮大な綱引きが行われた。
後半戦で何度か見られてきたように、この日もペーター・サガンが門番を務めた。メイン集団最前列に陣取ると、新たな飛び出しを厳しく取り締まった。気勢をそがれた選手たちは、スタートから55km、ついに試みを放棄した。
ちなみにサガンの取った行動は「他の選手に対して脅迫や不適切な行為」に当たるとして、審判団より1000スイスフランの罰金が課された。またUCIポイントを50ポイント減点されたものの、肝心のマリア・チクラミーノ用のポイントは、幸いにも処分対象とはならなかった。
「新たにステージを争いに行くよりも、ジャージを守る方を優先した。逃げに乗る理由なんて僕にはなかった。すべては各自の目標次第さ。僕はこのチクラミーノ獲得を目標に掲げているし、明日からの2日間、ひどく厳しい山岳ステージが待ち受けているからね」(サガン)
そして、これ以降は、果てしなくタイム差が広がっていく。なにしろ序盤1時間を時速48.7kmで逃げ続けた23人は、逃げが許容された後でさえ、脇目も降らず前方へと突っ走った。おかげで区間勝者は最終的に時速44.040kmでぶっぱなし、初日個人タイムトライアルを除く今大会最速記録を叩き出したのだ。一方でメイン集団の最終的な走行時速は約41km。逃げ合戦に費やした最初の1時間を除くと、さらに平均は約39kmにまで下がる。参考までに、前日の難関山頂フィニッシュの平均時速は39.3kmだった。
前半200kmはほぼ何の難所も存在しないステージで、1度目の中間スプリントだけが小さく加熱した。中間ポイント賞と敢闘賞でいずれも3位につけるシモン・ペローが、先頭通過に向けて真っ先に仕掛けた。中間5位のサムエーレ・リーヴィも飛び出した。しかし両賞で首位を突っ走るドリース・デボントのチームメート、ジャンニ・フェルメールシュがまんまと機会を握りつぶした。
ところでペローは大逃げ距離で争う「フーガ賞」では695kmでダントツ首位につけるが、距離が加算されるのは「10人以下の逃げ」のみ。この日の24人の逃げは、残念ながら同賞にはカウントされなかった。
何もない200kmが終わると、まるでジェットコースターのような30kmがやってきた。いや、逃げたイタリア人シモーネ・コンソンニに言わせれば、「カジノ(はちゃめちゃ、というような意味。発音はカズィーノ)」だった。嫌がらせのように次々と襲い来る起伏と、細く曲がりくねった道。そんな丘陵地帯を舞台に、スタート時にも負けぬ、壮大なるどんぱちが勃発した!
サムエーレ・バティステッラの突進で幕を明けたアタック合戦に、ベッティオルもためらわず飛び込んだ。先頭に紛れ込んだ実力者の1人、パトリック・べヴィンがカウンターを仕掛けると、猛烈に後を追った。そのまま出来上がった6人の集団の先頭に立ち、とてつもなく強烈なテンポを刻みつけた。ただし複数を送り込んだチーム……特にニコラス・ロッシュとニキアス・アルントを有するDSMの連携で、一旦戦いはリセットされる。
次に大鉈を振り下ろしたのはレミ・カヴァニャだ。先行するオートバイの後流を利用して勢い良く前方へと飛び出すと、残り26km、単独走行へと持ち込んだ。2019年ブエルタでは25kmの独走勝利をかっさらった「クレルモンフェランのTGV(超高速列車)」は、上りは一定リズムで、下りは果敢に攻めた。ライバルたちには一時30秒近い差を押し付けた。
この時は、残された者たちの警戒合戦に巻き込まれ、ベッティオルはすぐには動けなかった。しかも唯一等級がつく山岳(残り22.4km)の下りで、小さな軌道ミスを犯し、少々後手に回ったことも。ただし繰り返される離合集散の流れに乗って、問題なく第一追走集団へと戻った。
残り15km、終盤に連なる上りの中で最も難しい「壁」へと差し掛かると、ついにベッティオルは本格的な勝負モードに切り替えた。前日の激勾配フィニッシュで、総合5位ヒュー・カーシーをフィニッシュラインまで支え続けた強脚は、1人で後を追い、「世界屈指のタイムトライアルスペシャリスト」との距離をじりじりと縮めていく。
カヴァニャを捕らえたベッティオル
「だけど僕だって世界屈指のタイムトライアリストだからね……。いやいや、ともかく、カヴァニャのような強い男は、きっと先に仕掛けてくると読んでいた。だけど幸いにも、これはジロ・デ・イタリアの3週目であり、幸いにも、最終盤は本当に本当に強烈だった」(ベッティオル)
231kmという長距離も、幸いだったのかもしれない。2019年春に全長267kmのツール・ド・フランドルで、残り17km地点=250km地点でのアタックを成功させ、ベッティオルは独走勝利を飾っている。持久力に不安はなかった。
なによりの幸いは、カーシー本人から、逃げへの「青信号」をもらったこと。絶対に無駄にはしたくなかった。下りで合流してきたロッシュは、残念ながら、引いてはくれなかった。そもそも後ろにアルントがいたし、なにより「もう体力がないから無理だ」と断られた。だからBMC時代の2018年にチームメートで、時にテネリフェ島で一緒に合宿を積む仲良しを振り払うと、再び上りを利用して、ベッティオルは単独で前を追いかけた。
「後ろからベッティオルが1人で追いかけてきていることは分かっていた。でも正確なタイム差は分からなかったし、この上りがあとどれくらい続くのかも把握していなかった」(カヴァニャ)
残り7km、とうとうベッティオルが敵をとらえた。と同時に前に出た。すでに20km近く独走してきたフランス人は、ライバルの後輪にどうにか張り付こうともがいた。
「上りで引き離そうと考えた。だって平地までもつれたら、カヴァニャを振り払えるかどうか分からなかったから。だから追い付いた瞬間にアタックを打った。全力で加速した。だって僕が目の前から立ち去っていくのを見れば、彼の気持ち挫くことができるに違いないと考えたから」(ベッティオル)
作戦は大成功。イタリア人の畳み掛けるような加速で、ついにカヴァニャの脚が止まる。本人曰く「精神的に折れてしまった」。ベッティオルの、栄光への独走が始まった。
ガッツポーズで勝利を喜ぶベッティオル
「勝利をつかむのは本当に難しい。自転車が僕らに教えてくれるのは、勝つことより負けることのほうが多いということ。でも、だからこそ、決して諦めてはならないんだ。翌日もまた走り出し、何度も何度も繰り返す強さをもたねばならない。この勝利は、大きな価値を持つ」(ベッティオル)
プロ初勝利、つまりフランドルでの大金星から2年。あれ以降もビッグレースで上位入賞は多数あるものの、勝利が遠かった。そのせいで心無い声を浴びせかけらたこともあったそうだ。それでも決して諦めず、前進を続けてきた27歳が、ついに人生初めてのグランツール区間勝利を手に入れた。
観客を巻き込んでたっぷり楽しんだり、昨年この世を去った代理人「第2の父」と4日前の伊北部のケーブルカー犠牲者に哀悼の意を捧げたりと、たっぷり時間をかけてベッティオルがフィニッシュにたどり着いた17秒後に、後続がラインに飛び込んだ。エリア・ヴィヴィアーニ「発射台」コンソーニが2位に食い込み、ロッシュは3位。「最後の」チャンスを逃したカヴァニャは、24秒遅れだった。
今大会だけで10回目の逃げ切り勝利を許したメインプロトンは、イネオスの7人に引かれて、23分30秒後にようやくステージを走り終えた。
前日の落車に巻き込まれた総合10位ジュリオ・チッコーネ、23位ニック・シュルツ、27位レムコ・エヴェネプールが出走しなかった影響と、逃げたディエゴ・ウリッシが総合29位→20位、ベッティオルが33位→24位と上げたことで、総合順位に多少の動きがなかったわけではない。またエスケープに3人ずつ乗せたDSMは、大量すぎるほどのリードのおかげで、チーム総合成績で5位(1時間02分11秒遅れ)から首位(5分07秒リード)へと浮上している。
ただ、もちろん、個人総合優勝・表彰台射程圏内の順列やタイム差には、一切の変更はなかった。エガン・ベルナルは、コロンビア人としては史上最多となる、10度目のマリア・ローザ表彰式に臨んだ。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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