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【ジロ・デ・イタリア2021 レースレポート:第16ステージ】ライバルの努力も希望も打ち砕く王者の一撃!エガン・ベルナル「今日はなにかスペシャルなことがしたかった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかマリア・ローザ
無限にも思える待ち時間の終わりに、ばら色の王がたった1人で帰ってきた。あらゆる難関を振り払い、22kmの勇敢なる独走を成功させたエガン・ベルナルが、今ジロ区間2勝目をつかみ取った。フィニッシュラインでマリア・ローザを輝かせ、大会2度目の休息日の前日、総合2位以下の差をさらに大きく広げた。
「僕らは毎日ステージを勝てるわけではないし、しかも、マリア・ローザを着てステージを常に勝てるわけでもない。だからこのジャージを見せつけたかったし、ジャージに敬意を表したかったんだ」(ベルナル)
2021年ジロ・デ・イタリアのクイーンステージは、少し装いを変えた。本来ならば、ステージ距離は全長212kmと恐ろしいほど長く、しかも後半に標高2000mを超える3つの峠がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
ただしこの日の朝、降雪や低温の悪天候の予報を受け、CPAプロサイクリスト協会の働きかけにより選手側と開催側で話し合いがもたれた。結論はコース変更。スタート地とフィニッシュ地は変わらないが、標高2239mの大会最高標高地点ポルドイ峠を含む2峠が削られ、コース全長は153kmに短縮された。フィニッシュ手前17.6kmの標高2233mジャウ峠が、代わりに「チーマコッピ」に命名された。
それでも選手たちにとって、地獄のようなステージであることに変わりはなかった。
「コントロールが難しくなるぞ、と思った。だってステージが短くなれば、序盤から飛び出しを試みる選手が増えるし、脚がフレッシュなまま最終峠を迎える選手も増えるから」(ベルナル)
ベルナルの読み通り、土砂降りの雨の中、スタート直後の1級峠で22人の大きな逃げが飛び出した。山岳ポイントをさらに積み上げたい山岳賞首位ジョフリー・ブシャールはもちろん、なんと総合でわずか7分50秒遅れのダニエル・マーティンを筆頭に、8分32秒差ジョアン・アルメイダ、9分52秒差ダヴィデ・フォルモロが滑り込んでいた。しかもグランツール総合優勝4回の大チャンピオン、ヴィンツェンツォ・ニバリさえ、前日に肋骨を痛めたにも関わらず……逃げに飛び乗った!
ブシャールが山頂で望み通りに18ptを回収し、少なくとも2回目の休息日を青ジャージで過ごすことを確定させた直後の、ダウンヒルでさらに展開は加速する。ニバリ、フォルモロ、アルメイダの3人が、ゴルカ・イザギレ、アントニオ・ペドレロ、アマヌエル・ゲブレイグザブハイアーと共に前へと抜け出したのだ。濡れて滑りやすくなった路面を利用して、他の逃げ選手たちとの距離を瞬く間に開いた。
はるか後方ではイネオス・グレナディアーズが、いつも通りに黙々と牽引作業に勤しんだ。前日は17分も逃げ集団に与えたマリア・ローザ親衛隊だが、さすがに強豪揃いの6人に、大きなタイム差を許すことはできない。差が最大6分にまで開いたところで、少しずつきっちりと縮めていった。
「僕らはレースをしに来ている。だから長ければ長いなりに、短ければ短いなりに、やるべきことをやっただけ」(ベルナル)
ところがステージが残り50kmを切り、差が4分半程度に減った時点で、EFエデュケーション・NIPPOが集団制御権をむしり取る。ジャウ峠へ向け少しずつ登り始めていた道で、総合5位ヒュー・カーシーを背負い、走行リズムを急激に上げる。前方6人との距離を急速に縮めつつ、メイン集団から弱者を次々と蹴落としていく。
まずは残り35km前後。いまだジャウ峠の「正式な」登坂口にたどり着く前に、総合7位レムコ・エヴェネプールの集団脱落が確認された。21歳の神童は、昨8月の大落車からの9ヶ月ぶりの復帰レースにして、生まれて初めてのグランツールで、センセーションは巻き起こせなかった。最終的にはこの日だけで24分05秒失い、総合19位へと一気に陥落。当夜の時点では、本人は「最後までジロを走りたい」と表明している。
残り30km前後では、総合4位アレクサンドル・ウラソフが失態を犯した。雨具を脱いでいる最中に袖がホイールに挟まり一旦停止。チームカーから慌ててメカニックが飛び出してきて無事に解決するも、再び走り出したころには「かなり離されていた」。
EFの猛烈な作業のおかげで、残り27km、真のジャウ登坂が始まる頃にはメイン集団は8人にまで小さくなった。22歳グランツール初参戦のサイモン・カーの凄まじい牽引に、踏みとどまれたのは総合ひと桁台の強者だけ。その中で、真っ先に苦しみだしたのが、総合2位サイモン・イェーツだった。ゾンコランでは鮮やかな加速を見せた元ブエルタ総合覇者が、じりじりと後退を始めた。
この時点ですでに前方のリードは2分差に縮まっていた。ニバリのために最後の力を尽くした同僚ゲブレイグザブハイアーはすでに後退し、イザギレは高速ダウンヒル中に軌道を誤りヒヤリとさせられた直後に、ウラソフ救済のために前線から姿を消した。前に踏みとどまった4人からは、フォルモロが渾身の力を振り絞り独走を始め、続いてペドレロが先頭を奪い返し……。
鋭い眼光で自転車を走らせるベルナル
しかし豪雨の中で逃げ続けた強者たちの希望も、メイン集団を粉々に破壊したEFの努力も、王者の一発ですべて無に帰した。残り22km、ベルナルが大きなアタックを打ち込む。
「今日はなにかスペシャルなことがしたかった。僕の復活を見せつけたかった。ステージ中ずっとチームは僕を信じ続けてくれたから、僕はただ飛び出して、それを成し遂げるだけでよかった。そう、なにかスペシャルなことをね」(ベルナル)
カーシーはすぐに反応を見せ、「調子がすごく良かった」と口を揃える2人、カルーゾとバルデも穴を埋めようと努力した。「反射的にアタックに飛びつかない」と固く決意していたチッコーネは、その通りマイペースを貫いた。いずれにせよ誰もマリア・ローザの背中をとらえることはできなかった。
ほんの1kmほど先で軽々と逃げの生き残りをすべて追い抜くと、ベルナルはそのまま単独で山を駆け上がった。標高2600mに位置するジパキラの町で大きくなり、この春も3月中旬のティレーノ〜アドリアティコ終了後に里帰りし、高地トレーニングを続けたコロンビア人にとって、標高2233mなどなんの苦でもなかった。
しかも登りで大きくライバルたちを突き放し……山頂でカルーゾに45秒、ロマン・バルデに1分13秒のタイム差をつけていたおかげで、17.5kmのダウンヒルは心静かにこなすことができた。十分にリードをつけていたおかげで、フィニッシュラインに駆け込む前には、雨具を脱ぎ、きちんと丸めてジャージの背中に詰め込む余裕さえあった。美しいマリア・ローザ姿で、ベルナルはウィニングフォトに収まった。
ベルナルから27秒後、バルデとカルーゾがフィニッシュラインに飛び込んだ。「自分の大好きな走りをするために寒い日を待っていた」という前者は「すごく楽しかった!」と満面の笑みを見せ、「最後に残った集団内ではベルナルを除き僕が一番強かった」と後者は自信を強めた。
またチッコーネは1分18秒差、カーシーは1分19秒差、アルメイダは1分21秒差でそれぞれに奮闘を締めくくった。ベルナル加速の直前までは、ライバル集団からほんの15秒ほど後ろを走っていたウラソフは、最終的に2分11秒遅れで1日を終了。山頂通過時点ですでに2分40秒の遅れを喫していたイェーツは、フィニッシュラインでは2分37秒遅れだった。
マリア・ローザを誇らしく見せつけるベルナル
ベルナルは8回目のマリア・ローザ表彰式を楽しみ、その8日間でエヴェネプール→ウラソフ→イェーツと入れ替わってきた総合2位の座には、新たにカルーゾが飛び込んだ。人生14回目のグランツールを戦い、2015年ジロでは総合8位の経験を持つ33歳は、生まれて初めてグランツール上から2番目の位置につける。昨ジロでもペイヨ・ビルバオの総合争いを支えた新城幸也にとっては、忙しくも充実した3週目がやって来る。
最終峠でライバル数人を振り払った甲斐あって、カーシーは3位浮上。ウラソフは4位の差を堅守し、イェーツは5位に陥落した。今ステージ好走のバルデは総合7位にジャンプアップ。首位とは5分02秒差とすでに遅れは大きいが、総合3位までは1分22秒差。「表彰台ならまだ狙える」と意気込む。
そして2度目の休息日を前に、ベルナルの総合2位以下に対するリードは、1分33秒から2分24秒へと広がった。
「現時点では素晴らしいポジションにつけている。約2分半のリードがあるから、たとえ『バッドデー』に襲われても、状況に対応できるのではないかと考えてる」(ベルナル)
たしかに近年のグランツールは比較的僅差の争いが多く、ジロでも最終的な総合タイムが2分以上開いたのは2014年が最後。ただ2018年大会ではクリス・フルームが第19ステージに3分22秒遅れからの大逆転を成功させているし、昨大会の第15ステージ終了時点では、後の総合覇者テイオ・ゲイガンハートは2分57秒遅れだったことも忘れてはならない。
残念ながら2012年ジロ第20ステージのとてつもない大逃げで総合表彰台乗りを成功させたトーマス・デヘントは、膝の痛みを理由に、この日の朝に大会を去った。今回は1度も逃げに乗れなかった。もはや2人しか残されていないロット・スーダルは、「3人の成績」で争うチーム総合順位の対象外となってしまった。またフルームの大逆転劇の日には、ティボー・ピノのために必死に追走作業を担った(そしてトム・デュムランに罵られた)セバスティアン・ライヒェンバッハは、前日の落車が原因で自転車を降りた。
大会3週目には3度の山頂フィニッシュと、最終日タイムトライアルが待っている。まだまだジロは、サプライズを隠し持っているに違いない。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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