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【Cycle*2021 フレッシュ・ワロンヌ:レビュー】現役世界チャンピオンのアラフィリップが3度目の大会制覇「もう1度ここで勝ちたいと本気で願っていた」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかフィニッシュ後に苦悶の表情を浮かべるアラフィリップ
これぞクラシックの醍醐味。定型の美。フレッシュ・ワロンヌの審判の地「ユイの壁」は、単なる時の勢いだけではなく、挑む者に熟達をも求めるのだ。初心者プリモシュ・ログリッチの早駆けに冷静に対応したジュリアン・アラフィリップは、自身3度目の大会勝利を手に入れ、背後では史上最多5度の優勝を誇るアレハンドロ・バルベルデが8度目の表彰台に登った。また女子はアンナ・ファンデルブレッヘンが7連覇という大偉業を達成し、男女世界チャンピオンがユイの征服者となった。
史上屈指のユイ専門家、アラフィリップとバルベルデが欠場した昨季、たしかに22歳マルク・ヒルシが初体験をあっさり勝利に結びつけた。ユイの壁がフィニッシュ地となった1985年以来だけを見れば、初出場・初優勝の快挙を成し遂げたただ1人の選手となった。しかし残念ながら、この春は、タイトル保守どころか出場さえ叶わなかった。大会前日のPCR検査で所属のUAEチーム・エミレーツ内から2人のCovid−19陽性者が出たため、開催国ベルギー側から出場中止を言い渡されたからだ。
つまり予定より1チーム・7人少なく、ゼッケン1番のいないプロトンが、2021年版「パンチャーたちの世界選手権」へと走り出した。レースの大半はいわゆるセオリー通りに進んだ。序盤に8選手が逃げ出し、後方メイン集団では優勝候補を擁するチームがコントロールに勤しんだ。全部で3回あるユイ登坂の2回目から、レースはじわじわと動き出す。相次ぐ「ジャブ」に、高まっていく緊迫感。もちろん最後のユイに突入する直前に、逃げは1人残らず吸収された。
アラフィリップにとっても、すべてが予定調和だった。レース中盤には、時としてメイン集団後方に潜む虹色ジャージが目撃されることあったが、「仲間に1日中守られて、おかげで体力温存できた」。序盤から働きすぎて後半はほぼ孤軍奮闘を強いられたバルベルデや、終盤のジャブ応酬でアシストを消耗させてしまったログリッチに対して、ウルフパックは最後のユイ突入のその時までエースを完璧にサポートし続けた。
「チームメートのおかげで、僕は必要な時に、必要な場所にいられた。フラムルージュ直前には、(ミッケルフレーリク)ホノレが僕を最前列まで連れて行ってくれた。しかもそのまま彼は前進を続けたから、他チームはテンポを上げる必要に迫られたというわけ」(アラフィリップ)
かつて少々早く仕掛けすぎた男たち、マイケル・ウッズやダヴィド・ゴデュ擁するイスラエル・スタートアップネイションやグルパマ・FDJ、もしくは最後の伸びが足りなかった男ブノワ・コスヌフロワのAG2Rシトロエンも、終盤にチーム一丸となり仕事に取り組んだ。
ユイの壁
さらには壁の中盤まで先頭に4人も残していたイネオス・グレナディアーズから、かつて……やはり早めに仕掛けて3位の経験を持つミハウ・クフィアトコフスキが、先頭でユイを上り続けた。ただ英国軍には不測の事態が発生していた。1週間前のブラバンツ・ペイルでプロ初優勝を飾り(ちなみにディフェンディングチャンピオンのアラフィリップは「体力回復」のため、あえてタイトル防衛に向かわなかった)、3日前のアムステル・ゴールドレースはハンドルを投げあった末のフォトフィニッシュで2位に泣いたトーマス・ピドコックが、レース最終盤で地面に転がり落ちてしまったのだ。
残り350mで……いや、むしろいまだに350mも残した時点でログリッチが思い切って前に飛び出した時、真っ先に追いかける姿勢を示したのがこのピドコックだった。ただ落車からの集団復帰にさすがの21歳も体力を消耗したのか、あくまで示せたのは「姿勢」に過ぎなかった(最終的に6位)。
一方のアラフィリップは、自らの意思で、すぐには動かなかった。初出場2015年と2016年はバルベルデの残り150mの加速に反応し2位、2018年と2019年は早めに仕掛けた選手を250mから追いかけ、一旦とらえた後に後輪で休んでから再発進……というやり方で1位。つまりフレンチパンチャーにとって、ログラ先行はまさに理想的な形だった。
「ログリッチを誰も追いかけないことを確認しつつ、自分自身の力配分だけに集中したんだ。あまり早く追いかけすぎる必要はない、と分かっていたからね」(アラフィリップ)
勝手知ったるユイの壁で、アラフィリップはいつもの残り250m地点で加速した。残り100mでまんまとログラの背中に入り込み、目論見通りに残り50mで追い越した。
「自分にプレッシャーのようなものをかけて臨んだ。もう1度ここで勝ちたいと本気で願っていた。世界チャンピオンジャージで勝つことができて、最高の気分だよ」(アラフィリップ)
半年前のリエージュでは腕を早く上げすぎて……ハンドルを投げたログリッチにぎりぎりで差された苦い経験もあるが、今回は「(手を上げぬよう)テープで腕をハンドルに固定しようか悩んだよ(笑)。でも今日はその必要がなかったね」と笑い飛ばしたほど、余裕のあるフィニッシュだった。世界チャンピオンジャージを思う存分全世界にアピールしつつ、出場した3大会連続で、ユイのてっぺんを征服した。
男子の現役世界チャンピオンがフレッシュ・ワロンヌを制するのは、2010年カデル・エヴァンス以来11年ぶり。ちなみにあの年はあのアルベルト・コンタドールが早く仕掛けすぎて(3度目の出場だったのだが)、世界チャンプにぎりぎりで追い抜かれていた。
「もしかしたら早く仕掛けすぎたのかもしれないし、もしかしたら、仕掛けるのが遅すぎたのかもしれない。ただ言えるのは、今日の僕は、勝てるほど強くなかったということ」(ログリッチ)
果たしてログリッチが仕掛けるのは早すぎたのか。それではフィニッシュ手前何メートルから仕掛けるべきだったのか。その答えは、ログラ本人が、来年以降の試行錯誤で出していくのだろう。
とっくの昔に熟練の域に達したバルベルデは、さすが、アラフィリップの加速に上手く反応した。41歳の誕生日の4日前に、自身初の3位(1位5回、2位2回)に食い込んだ。時の流れに華麗に逆らい続ける大ベテランは、シーズン前の宣言によれば、これが人生最後のフレッシュ・ワロンヌ。ただユイの壁の加速タイミングなら完璧に把握しているバルベルデも、自分のキャリアに関しては、もしかしたらフライングをしてしまったのかもしれない。
「今はすこぶる調子が良いんだよ。だから今後どうするかも、あと1年走るかどうかも、まだ分からないんだ」(バルベルデ)
また日本人選手としては4年ぶりに、中根英登がフレッシュ・ワロンヌに参戦。序盤のアタック合戦で落車に巻き込まれたが、チームリーダーたちのための仕事をこなし、12分01秒遅れの110位で走り終えている。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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