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トスカーナの丘陵地帯を駆け抜けたジロ一行が、またしても雨に襲われた。濡れた路面と限られた視界の中で、混沌とした戦いが巻き起こった。フィニッシュラインでは2人が空に両手を突き上げ、2人の優勝本命が喘ぎ苦しんだ。結局のところ、勝ったのは1人で、タイムを失ったのも1人だったけれど。
170kmのアップダウンコースは、そもそも大逃げ向きにできていた。前日の長距離個人タイムトライアルで全力疾走した総合勢たちは、それほど厳しい追走は仕掛けてはこないはずだった。当然ながら、スプリンターチームが列車を編成するはずもない。スタート直後に12人の選手が飛び出すと、大きなチャンスに向かって先を急ぎ始めた。
ところが前方集団は、思ったようにタイム差を広げられたわけでもなかった。というのも前方集団には、総合で5分42秒遅れのフアンマヌエル・ガラーテが滑り込んでいた。ジロで総合一桁台の成績を過去3度も収めている強豪クライマーに、総合勢たちは、決して多すぎるアドバンテージを与えてはならない。後方のメインプロトンでは、昨夜マリア・ローザを手に入れたヴィンチェンツォ・ニーバリと、彼を護衛するアスタナ勢が、慎重にタイム差コントロールに務めた。
前方にいた他の11人にとっても、ガラーテの存在は、少々厄介だったはずだ。ステージのちょうど中ほどにある2級峠の上りで、山岳ポイント争いをきっかけに、早くも集団は小さく絞り込まれた。山岳賞5位のロビンソン・チャラプドがアタックを仕掛け、山岳賞3位ステファノ・ピラッジィが後を追う。やはり先頭集団に滑り込んでいた山岳ジャージ姿のジョヴァンニ・ヴィスコンティが、動けずにいる間に、ピラッジィとチャラプドはそのまま前方へと走り去った。そこに、マキシム・ベルコフが、静かに追いついた。
一気に4分の1にまで縮小した先頭集団で、山岳ポイントなどまるで考えていなかったのは、ベルコフだけだったに違いない。だからピラッジィとチャラプドには、続く1級峠でも仁義なき戦いを勝手に繰り広げさせておいた。ちょっとくらい遅れても、無駄な力を使わぬよう一定リズムを刻んだ。「だって雨なら、ボクは下りで差をつけられると分かっていたから」と、28歳のロシア人は冷静だった。そして2度の山頂バトルで力尽きた新山岳賞ピラッジィと宿敵チャラプドが、ペダルを漕ぐ足をほんの少し緩めると……、そのまま一人旅へと飛び込んだ。ゴールまで続く50kmという長い距離を、恐れはしなかった。
「ボクは本来、タイムトライアルスペシャリストだ。でもロードブックを見て、今日は逃げ切りが決まるに違いないと思った。だから、昨日のTTでは、体力を温存することに決めたんだ」
ちょうど前日の個人タイムトライアルほどの距離を、ベルコフはたった1人で走り切った。雨に打たれながら、さらに山を2つ乗り越えて、麗しき古都フィレンツェへと先頭でたどり着いた。プロ入り前の2007年には23以下のヨーロッパ個人TTチャンピオンとなり、2009年にプロ入りしてからは3つのチームタイムトライアルを手にしてきた。ただし個人的な勝ち星をつかみとったのは、プロになってから、正真正銘初めての経験だった!
「でも、最後まで、勝てるかどうか分からなかったんだ。だって後ろがひどく猛スピードで追いかけてきていたから。とにかく自分のベストを尽くした。ラスト2kmは、脚が痙攣したほどだよ」
背後の脅威とは、エスケープ集団の残党、ハリンソン・パンタソやトビアス・ルドビグソンだけではない。有力勢さえも、凄まじい勢いで突進していた。先頭集団が3人に縮小してからは、タイム差も8分近くまで開いていたというのに……。
「ウィギンスが遅れていたなんて、知らなかったんだ」とニーバリが言ったように、雨の下りでウィギンスが遅れ始めたことが、猛加速の引き金となったわけではない。
2日前に濡れたカーブで落車した2012年ツール覇者は、1級峠からのダウンヒルで、どうしてもスピードを出せなかった。2010年ツール覇者アンディ・シュレクと同じように、恐怖心を抱いてしまったのかもしれない。ちょうど同じ頃、アスタナの選手が1人後方で落車し、監督陣はその対処に忙しく動きまわっていた。そのせいでプロトン屈指の下り巧者ヴィンチェンツォ・ニーバリ――ただし3年前に雨のトスカーナで、下り落車がきっかけでマリア・ローザを失った経験もある――には、ウィギンスの苦悩はまるで伝わっていなかった。MTB出身で悪路には慣れっこのカデル・エヴァンスやライダー・ヘシェダルが、積極的にアシストたちに前を引かせ始めたことで、ようやく、背後で何が起こっているのかに気がついたほどだった。
ウィギンスにとっては幸いだった!しかも彼の脚だって、完全に止まってしまったわけではない。一時はライバル集団に1分もの差を付けられてしまったけれど、チームメート5人の協力のおかげで、安全に、しかし確実に前との距離を縮めて行った。ちなみに2日前と違って、今回はセルジオルイス・エナオモントーヤとリゴベルト・ウランが後ろに呼び戻されることはなかった。総合トップ10圏内に居座る2人のコロンビア人は、ライバルたちと一緒に走り続けた。
無事にウィギンスが合流したメイン集団に、本気の加速のきっかけが訪れたのは、ゴール前12kmの小さな4級峠だった。なんてことはない上りで、ディフェンディングチャンピオンのヘシェダルが苦しみ始めたのだ。果たして理由はなんだったのか?「病気ではない。ただ雨と寒さ、昨日のタイムトライアルでの努力が、一緒くたになって体に襲い掛かってしまったのかもしれないね」と、チーム監督の談話も推測の域を出ない。
今度はミケーレ・スカルポーニ擁するランプレ・メリダが、すぐに隊列を組んで本格的な加速を仕掛けた。ヘシェダルを少しでも引き離そうと他のチームも協力を惜しまず、すなわち前方へもぐんぐん接近して行った。
「ステージを勝つために、アタックをかけたんだよ」。こんな風に語るカルロスアルベルト・ベタンクールが、最後の4級峠で渾身のアタックを仕掛けたとき、確かにベルコフはいまだフィニッシュラインにはたどり着いていなかった。しかしエスケープの12人中、11人は自らの手で順々に回収していった。その11人目こそが、同じコロンビア出身のパンタソだ。そして「無線が壊れていたんだ」と言うベタンクールは、1つ年上の先輩を必死で追い抜くと、ゴールラインで大喜びをして見せた。ロシア人が歓喜のゴールジェスチャーをたっぷり披露してから、44秒後のことだった。
総合トップ10選手は、ただ1人を除いて、全員が1分03秒後にフィニッシュラインを越えた。昨夜は総合6位に付けていたヘシェダルが、それから1分06秒後に、疲れた顔でやってきた。1年前のマリア・ローザは、総合11位・3分11秒差にまで転がり落ちてしまった。
「ウィギンスとヘシェダルはタイムを失った。それでも彼らが、エヴァンスやスカルポーニと並んで、ボクのメインライバルであることに変わりはない。ジロの第1部は終わった。ボクらのチームは非常に上手くやり過ごしたし、満足しても良いと思う。ただしジロはまだ長い。誰にでも調子の悪い1日が訪れる可能性がある。特に昨日のウィギンスは非常に強かった。メカトラにも関わらず、ステージを勝つ勢いだったんだから」(ニーバリ)
約1週間前にナポリをスタートした207人のプロトンから、10人がすでに大会を去った。翌日は1回目の休養日。雨続きで疲れた体を、選手たちは静かに癒す。ちょうど1週間後にプロトンが立ち向かうガリビエの山頂は、この日、最高でもマイナス3度までしか気温が上がらず、雪が散らついた。約2週間後に通過するステルヴィオ峠も、いまだ深い雪の中である。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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