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アルプスには雪が降り続いていた。コース終盤に待ち構えていたはずの1級セストリエーレ峠の通行は、取りやめられた。上りよりも、むしろ下りの危険性――滑りやすい路面、低温、霧による視界の悪さ――を鑑みての、開催委員会の決定だった。選手たちの安全重視が最優先され、1988年の大雪の中でのガヴィア登坂や、1956年の「伝説」のモンテ・ボンドーネが再現されることはなかった。山肌を迂回するせいでステージ距離は156kmから182kmに延長された。区間の行方は最終バルドネッキア登坂一発勝負に委ねられた。
見渡す限り山ばかりの、最終週が始まった。スタート地には4選手が姿を現さず、3人がステージ半ばに大会を去った。特に85km地点の落車のせいで、第4ステージ勝者エンリコ・バッタリン(肋骨2本骨折、外傷性気胸)と、ヴィンチェンツォ・ニーバリのアシスト役アレッサンドロ・ヴァノッティ(肩峰鎖骨脱臼)が、共に病院でレースを終えた。幸いにも制限時間アウトに泣かされた選手はいなかった。2日連続で見事なスプリントの脚を見せつけたマーク・カヴェンディッシュも、22分31秒遅れで、凍えるような山の上に無事にたどり着いた。
行方に苦難が待ち受けていることを知りながら、スタートから7km地点で4選手が飛び出した。第3ステージ勝者ルーカ・パオリーニ、前日23歳の誕生日を迎えたばかりのソンニ・コロブレッリ、この日ばかりはカヴのために働かなくてもよいマッテオ・トレンティン、そして「寒さなんて関係なかった。アタックしたかっただけ!」と言い放ったダニエーレ・ピエトロポッリは、プロトンに最大10分ほどのタイム差をつけて逃げ続けた。雨の中を突っ走り、雪の降る最終峠に突入した時点でも、いまだに4分50秒のリードを有していた。
この日唯一の、しかも距離さえ8.5kmときわめて短い勝負地へ向けて、総合有力選手たちは恐ろしいスピードで飛ばしていた。特にブラドレー・ウィギンスを失い、代わりにリゴベルト・ウランを新リーダーに抱くスカイ軍勢が、凄まじいリズムを刻んだ。最後のあがきを続ける前方との差は瞬く間に縮まって行き、同時に、メイン集団の後方からは次々と有力者が脱落して行った。ロバート・ヘーシンク(前日の時点で総合4位、2分12秒遅れ)が千切れ、ミケーレ・スカルポーニ(同総5位、2分13秒遅れ)は凍えてペダルがこげなくなり……。
しかしゴール前4.5kmにディエゴ・ローザがアタックを仕掛けると、黒と白の世界は、一気にカラフルに変わる。「ばら色」の攻撃に、イタリアントリコローレを身をまとうフランコ・ペッリツォッティが追随した。蛍光イエローのダニーロ・ディルーカは、メイン集団をおなじみの気迫で牽引した。さらにはピンクジャージのニーバリ自らが、……ひどい低温にも関わらず半袖のジャージで気合十分の総合トップが、ゴール前1.8kmで猛加速を切った!
総合2位のカデル・エヴァンスは瞬時に反応するも、ついていく脚はなかった。一方、2010年ツールでこのオーストラリア人の山岳アシストを務めたマウロ・サンタンブロジオと、2位常連カルロスアルベルト・べタンクールだけは、シチリアっ子の畳み掛けるような加速に必死でしがみ付いた。「シャーク」は逃げ惑う哀れな4選手を飲み込み、さらに獰猛にスピードを上げる。
「今日は数々のアタックが巻き起こった。スカイもウランを飛び出させようと策を企てていた。厳しい1日だった。雨と寒さに1日中苦しめられた。そしてようやく雨が止んだと思ったら、今度は雪が襲い掛かってきた。今日はまさに野生動物のためのステージだったのさ!」(ニーバリ)
ラスト700mまで近づいたところで、ようやくサンタンブロジオに、先頭交代に入る余裕ができた。何度も後ろを振り返り、ライバルたちの動向を探るマリア・ローザの関心事が、総合タイム差を広げることならば、ヴィーニファンティーニのエースの狙いはたた1つ。区間勝利を手にすること。そのためにはベタンクールを引き剥がさねばならない。できる限り加速し続けたい2人の、利益が一致した。
「サンタンブロジオは非常に力強かった。それにタイム差を引き離すために、ボクを助けてくれた。彼のチームも大いに仕事をしていた。だから、いい終わり方になったと思うよ」(ニーバリ)
雪交じりのフィニッシュラインに2人は揃ってやってきた。何か特別に言葉を交わす必要も、スプリントを争う必要もなかった。ただそれぞれが、それぞれの望みを、静かに達成した。
「ボクら2人ともに上手くやったね。でも、いまだに信じられないよ。ジロには区間を勝つためにやって来た。この勝利のおかげで、厳しいトレーニングと様々な犠牲が報われた。1日中ひどい天候だったけれど、幸運にもボクには素晴らしいチームがついていた。ボクのために、逃げ集団とのタイム差を必死でコントロールしてくれたんだから」(サンタンブロジオ)
生まれて初めてのジロ区間勝利をつかみとったサンタンブロジオは、ボーナスタイム20秒を手に入れたおかげで……総合でも6位から4位に浮上した!しかも表彰台まで、つまり総合3位ウランまでわずかと1秒差に迫っている。
ちょうど1週間マリア・ローザを守ったニーバリは、サンタンブロジオ以外のあらゆる選手からタイムを稼ぐことに成功した。特に2位エヴァンスとの差を41秒→1分26秒、ウランとの差を2分12秒→2分46秒に突き放した。寒さに苦しめられたスカルポーニは順位こそ総合5位と変わらぬものの、タイム差を見れば首位から2分13秒→3分53秒、表彰台までは9秒→1分07秒と大きく後退した。ヘーシンクは総合4位から11位へと転がり落ちた。
多くの選手たちを苦しめた寒さは、第15ステージでも選手たちを待ち受けている。積雪と雪崩の危険性があるため、ばら色のレースは、ガリビエの一番てっぺんまで上り詰めることは断念した。予定されていたゴールの約4.25km手前、つまり標高2295mにあるマルコ・パンターニの記念碑の前に、フィニッシュラインは引きな直される。それでも金曜日にサヴォワ県庁が出した「イタリア・フランス国境のモン・セニ通過、ならびにガリビエ登坂は中止せよ」という勧告に比べれば、はるかにましなのだ!もちろん天候によっては、いまだに変更の可能性を秘めている。天気予報は雪。山頂付近の日中の最高気温はマイナス3度と予想されている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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