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「あぁ〜、ユキヤ……!それでも、素晴らしい逃げだったね。それにコルシカではほとんど見られなかった日本の国旗が、今日は、たくさん沿道ではためいていた。私としても嬉しかったよ」
大会委員長クリスティアン・プリュドムは、ゴールの喧騒と戦いの美しさに酔いしれたように、感嘆の言葉を漏らした。なにしろ日本チャンピオンジャージが、記念すべきツール・ド・フランス100回大会で、200km以上にもわたってレースの先頭を走ったのだ。白地に真っ赤な日の丸が、時にはヴァーチャル・イエローになりながら、南仏プロヴァンスの美しい景色の中を駆け抜けた。
「ようやく今日から『本物』のツール・ド・フランスが始まる」。朝のスタート地では、こんな言葉が飛び交った。コルシカ島(=あらゆる意味で今大会最初の大きな難関)を乗り越えて、スタッフや選手の顔にはホッとした表情が浮かんだ。天気も暑すぎず寒すぎず。島までは来られなかった家族や恋人との再会を喜んだり、本土上陸後に一気に数が増えたファンからのおねだりに応えたり、ただヴィラージュでのんびりコーヒーを飲んだり。なんともリラックスした雰囲気がツール一行を包み込んだ。
ゆったりとした気分を切り裂くように、本スタート直後に、6選手が前に飛び出した。トーマス・デヘント、アレクセイ・ルツェンコ、ロメン・シカール、アントニー・ドゥラプラス、そしてチーム ユーロップカーからケヴィン・レザと新城 幸也!そもそもユーロップカーは朝のチームミーティングで、グアドループ系と石垣の島っ子2人――GMベルノドーも「我らチームは肌の色には関係なく、実力ある選手を大切にするのだ」と誇らしく宣言する――に、エスケープに乗るよう命じていた。
「ユキヤとケヴィン、この2人に行くよう指示を出していたんだ。そしたら2人とも行っちゃった!まあ確かに、リーダーの周囲を固める選手がそれだけ減ったわけだから、ちょっとだけ心配にもなったけど。でも、2人とも前でかなりがんばって、良いエスケープになったね」(ユーロップカー、フリカンジェ監督)
逃げは、たったの一踏みで許された。距離の長さゆえか、最大13分近いリードさえ奪った。だから前日までの総合タイム差が最も少なかった新城幸也が(3分42秒)、ずいぶんと長い間、暫定首位を張り続けた。
「いや、マイヨ・ジョーヌのことは全く考えませんでした。だって総合1分差程度ならともかく、3分以上の差をつけて逃げ切るなんて、あり得ませんから」(新城)
山岳ポイントのことも、特に難しく計算する必要はなかったようだ。この日登場する4峠で獲得できる最大ポイントは5pt。チームリーダーのピエール・ローランはすでに10ptを懐に収めているから、赤玉ジャージの地位がすぐに脅かされる心配はない。新城が3番目の峠でポイントを獲りに行った以外は、山頂の通過は比較的静かに執り行われた。
前方集団が騒がしくなったのは、ラスト50kmほどに近づいてから。小さな加速合戦が起こると、前方は2012年ジロ総合3位デヘント、2012年世界選手権U23チャンピオンのルツェンコ、そして新城とレザの4人に絞り込まれた。この時点ではいまだ6分ものタイム差を保っていたし、最後の山岳ポイント=ゴール前30.5kmでも3分以上のリードを有していた。
「この時点では行けるかもしれない、と思った」という新城は、逃げの間中、ずっと「行けるかな、行けないかな、行けるかな……」と考え続けていたそうだ。しかし「ここからの4人のペースが、思うように伸びなかった」し、後方プロトンの追い上げは徐々に激しくなっていく。前夜シャンパンでお祝いしたマイヨ・ジョーヌ擁するオリカ・グリーンエッジや、オメガ&ロット&アルゴスのスプリンター集団が、猛烈なスピードアップを始めていたのだ。いつしか前方は連帯感を失い、抜け駆けアタックが相次いだ。
そして強い向かい風の中、ラスト12km、ついに20歳のルツェンコと、「デヘントは捨ててルツェンコだけをマークしていた」レザだけが、先へと飛び出した。メイン集団とのタイム差は、すでに20秒しか残っていなかった。
「ボクが一番後ろについている時だったんです。ケヴィンは前にいたから、そのまま飛び出していった。そしたらデヘントがブレーキをかけた。だからボクも……。もう30秒を切っていたから、絶対につかまると思ったんです。だから、『もう今日はいいや、次のために力を残そう』って切り替えました」(新城)
こうしてデヘントと新城は、おとなしく後方へと引き下がった。レザとルツェンコは最後まで悪あがきを続けたが、やはり4kmを残したところで夢がついえた。第1ステージ以来輝ける機会を与えられなかったピュアスプリンター軍団の、殺気立った勢いに、飲み込まれていった。
「しょうがないですね。やるべきことはやったし、力も出し切った。でも……、もうちょっと上手くできたかな。不満というよりは、何かもっと違うやり方があったんじゃないか、何かもっとできたんじゃないか、って思うんですよ。だって2人いたんですから。かと言って、ボクらのどちらか片方が引き過ぎたら、残りの2人が引かなくなる。難しいですね。どうしたら一番よかったのか、ちょっと答えが見つけられないですね。ボクはどうすべきだったのか、答えを教えて欲しいです」(新城)
この問いを、チームの監督にぶつけてみた。「うーん……、今日はどうしようもなかったと思うよ。ただ、少しでも逃げ切りの可能性を増やしたかったのなら、4人体制を崩してはならなかった。2人になった時点で、地形や向かい風を考えると、もはや死んだも同じ。つまりアタック合戦などせずに、4人でギリギリまでリレー交替を続けるしか、方法はなかったはずなんだ」(フリカンジェ監督)
「いや、何か手を尽くしても、いずれダメになることは明白だった。今日は逃げ切りは不可能だったのさ。とにかく30秒差になった時点からのアタック、分裂では、遅すぎたことだけは確かだね。今のユキヤがやるべきことは、体力回復に励んで、次に備えること。また逃げるチャンスを与えるよ。もちろん明日は無理だけど」(モッティエ監督)
メイン集団ではゴール前16kmで大集団落車が発生した。おかげでユーロップカーのリーダー、赤玉ローランが、一瞬後ろに置き去りにされた。さらにゴール前500m前後の緩やかな左カーブでも、スプリントの真っ最中に、195人中152人が足止めを食らうというとてつもなく大きな将棋倒しが起こった。またしてもローランが軽く転倒し、むしろ今年こそは表彰台に上りたいユルゲン・ヴァンデンブロックが左ヒザを激しく打ち付けた。
つまりは残る43人で繰り広げられたスプリントを、快適なオメガファルマ列車に乗って、大きなヘルト・ステーグマンの背中に守られて、マーク・カヴェンディッシュが圧倒することになる。第1ステージでの区間勝利&マイヨ・ジョーヌ獲りは失敗したけれど、大会5日目にして無事に100回記念大会での1勝目を記録した。
「いずれにせよ、ボクが勝ちスタートを切ることはほとんどなくて、たいてい第5ステージくらいから勝ち始めるんだからさ。だから、至って標準的な大会序盤を過ごしてきたことになる。ただ今日は、すごくモチベーションが高かった。だって昨日チームは、1秒にも満たないタイム差で2位に終わっていたからね。フラストレーションがたまっていたんだ。これでようやくお祝いができる!」(カヴェンディッシュ)
これすなわちツール通算24勝目で、今大会中のツール区間勝利数史上トップ3入り(25勝アンドレ・ルデュック)も見えてきた。ちなみにツール区間22勝の記録を持つアンドレ・ダリガードが、この日はツール会場に訪れていた。前夜にレキップ紙の企画で対談し、マン島からやって来た若者がツールの歴史に詳しいことにすっかり感心させられてしまった1959年&1961年マイヨ・ヴェールは、カヴの勝利に熱狂し、涙ぐんだ。また、カヴェンディッシュがこの冬に覚えたてのフランス語で、「本物の紳士、ダリガードさんの前で勝つことができて、本当に誇らしい!」とテレビ生中継で語る一幕も!
一方でこの朝、ペーター・サガンもダリガードとの記念撮影を行っていた。いつもの調子で「今日はマイヨ・ヴェール姿で勝ちますよ」と宣言していたが、最終的に区間3位に甘んじた。またエドヴァルド・ボアッソンハーゲンが区間2位。かつて2人揃って「ショーン・ケリーって誰ですか?」と言っていたほどだから、84歳の老人が、若き日は「ランドのグレートハウンド」と呼ばれた人気スプリンターだったことなどは、気にも留めていないのかもしれない。
ようやく本物のツール・ド・フランスが始まった。ゴール後に船で移動する代わりに、延々と続く渋滞の中をジリジリと進むしかない、そんなストレスいっぱいの本土の旅が走り出した。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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