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翌日のピレネー入り=今大会初の山頂フィニッシュを控えて、関係者たちの多くは「逃げ切りがあっさり決まり、後方は比較的静かな1日になるだろう」と予言していた。スプリンターたちは、その背後できっちり中間ポイントだけは争うつもりだった。もしも逃げを追いかける一群が現れれば、もちろん、ゴールスプリントも視野に入れて……。ところが、いやいや、どうして。まるでブレーキが壊れてしまったような緑の列車が、野山を爆走して、プロトンのあらゆる目論見を引っくり返したのだ!
南西フランス特有のギラつく太陽の下で、スタート直後に2選手が逃げ出した。たった2人のエスケープではあったけれど、プロトン最年長41歳のイェンス・フォイクトと、この近郊の自転車クラブで長年走ってきたビエル・カドリは、大逃げ力には定評があった。
「エスケープに関しては経験豊かなフォイクトが、積極的にアタックを打つのを見て、『あ、これは行けるな』と確信を持ってついていったんだよ」(カドリ)
またスタートから11km地点で集団落車が起こり、スカイ プロサイクリングの4選手が軽く巻き込まれたこともあって、後方プロトンはペダルを回す足をほんの少し緩めた。こうして2人は最大6分ほどのリードを許され、順調に前方へと突き進んだ。
ところが90kmほど走って、2つ目の山岳(2級)の上りに差し掛かった時のことだ。緑色のキャノンデール軍団が、突如としてメイン集団の先頭へと競りあがり、猛烈に加速ギアを切った。マイヨ・ヴェールをパリまで守ると公言してはばからないペーター・サガンが、チームメートを総動員して、ピュアスプリンターたちを引き千切りにかかったのだ!
前日の落車で少々弱っていたマーク・カヴェンディッシュは、あっという間に置き去りにされた。前日勝者のアンドレ・グライペルや初日マイヨ・ジョーヌのマルセル・キッテルも、抵抗むなしく後方へと吹き飛ばされてしまった。なにより、前方で頑張っていたエスケープの2人が、この予想外のスピードアップの犠牲になった。ゴール前97kmを残して、あっけなく大きな流れに飲み込まれてしまうのだ。
ただ、せめてもの抵抗として、カドリは山岳ジャージを手に入れた。実のところ、2級峠の山頂間際で赤玉姿のピエール・ローランが慌てて飛び出し、3位通過(=ジャージ保守)を狙いに行ったのだが……。カドリのチームメート、ロメン・バルデがギリギリで先攻。わずか1pt差で、ローランが5日間守り続けてきた「マイヨ・ジョーヌに次ぐ人気者ジャージ」を奪い取った。
「今日はジャージを獲りたい、と思って逃げた。獲れたのはバルデのおかげだよ。ボクらのチーム哲学『全員が助け合って走る』が、遺憾なく発揮された瞬間だった思う。この先はボクも、チームメートを同じように助けて行きたい」(カドリ)
やはり全員が助け合って走った……いや、むしろ「みんなは1人のために」を地で行くキャノンデール プロサイクリングの長い長いリードアウトは、まずはゴール前70.5kmで実を結んだ。中間スプリントポイントで、サガンが無事に1位通過。20ptを積み上げて、マイヨ・ヴェール争いのリードをさらに広げた。
その2分半ほど後方では、何とかゴール集団スプリントまでには間に合わせようと、置き去りにされたスプリンターたちを支えるロット・ベリソルやオメガファルマ・クイックステップ、チーム アルゴス・シマノの面々が必死の追走を続けていた。と、その時、別の試みがメイン集団で巻き起こる。
「中間スプリントの直後、キャノンデールのリズムが、ほんの少し弱まったのを感じたんだ。だからトライしてみた。すごく脚の調子が良かったし、ボクは暑いのも得意だから。でも最後の10kmは道が真っ直ぐだったからね……。もうちょっと道が曲がりくねっていたら、上手くいっていたと思うのに」(バークランツ)
やはり終盤のアタックで第2ステージに逃げ切り勝利&マイヨ・ジョーヌを決めたヤン・バークランツに、同じ日に仕掛けたシリル・ゴチエ、さらにはフアンホセ・オロスが、矢のように飛び出していった!3人は協力体制を決して惜しまず、一時はメイン集団から1分近い差をつけた。しかし、キャノンデールだけではなく、今度はオリカ・グリーンエッジも黙ってはいなかった。なにしろバークランツは、アフリカ初マイヨ・ジョーヌのダリル・インペイから総合でわずか33秒遅れでしかないのだから。
こうして、全体的に黄緑色のトレインは、ますますスピードを上げて行く。はるか後ろのピュアスプリンター軍団は、いつまでたっても、どうもがいても、追いつけそうな予感が持てなくなった。そしてゴール前43km。オメガファルマがさじを投げ、アルゴスがペダルを緩め、ついにロットも白旗を上げた。後ろで一心不乱に走っていたアシスト選手たちは、渇いた喉を潤して、それから、のんびりとゴールまで向かうことに決めた。
前の3人はギリギリまで粘った後に、ゴール前2.8kmで吸収された。キャノンデールのスプリントトレインは、すでに115km近く爆走していた。ここまで来て、ジョン・デゲンコルブを残していたアルゴスと、シルヴァン・シャヴァネルで勝負を打つらしいオメガファルマも、それぞれのミニ列車を併走させ始めた。ユネスコ世界遺産に登録されたレンガ色のアルビの市街地を、ゆっくり堪能している暇などないままにプロトンは突き進んでいく。
真っ先に仕掛けたのはデゲンコルブだった。と、そのタイミングで、サガンがすでに最後の一両しか残っていなかった自らの列車から、ライバルの背中にヒョイっと飛び移った!あとは、胸元のチームロゴをここぞとばかりに誇示しながら、今ツール初勝利を祝うだけでよかった。
「チームはファンタスティックな仕事を成し遂げてくれた。当初の狙いは、中間ポイントを獲るために、スプリンターたちを引き離すことだった。これを一旦成功させると、チームメートたちがボクに言ってきたんだ。『こうなったら最後まで行かない手はないんじゃない?』って。だから『もしもみんなに十分な力が残ってるなら、そうするか』って答えた。そして彼らはやってのけた。おかげでボクは勝利を獲りに行くことができたんだ。だからこそ、フィニッシュラインではいつものような奇抜なゴールジェスチャーをせずに、ただキャノンデールのジャージを指で示したんだ。だってこれはボクの勝利ではなくて、チームメートたち全員の勝利だから。彼らなしでは、絶対に勝てなかった。これは彼らの勝利なんだ」(サガン)
もちろんポイントもさらに45ptむしり取って、2位以下に大量94pt差をつけた。翌日の山岳突入を前に、マイヨ・ヴェール争いでも快適な座につけたことになる。落車でエネルギーを消耗したせいで勝てなかったは前ステージは、少々悔しさを隠しきれなかったカヴェンディッシュだが、14分53秒遅れでゴールにたどり着いたこの日は、さっぱりとした表情でこう答えた。
「まあプロトンの半分近くが落っこちてきたからね。ボクらにとって大変な1日になると予想はしていたけれど、結局はみんなにとって大変な1日だったのさ。この先はスプリントゴールだけに集中して行く。たとえばシャンゼリゼゴールみたいなね!」(カヴェンディッシュ)
インペイは2日目のマイヨ・ジョーヌ表彰台を楽しんだ。関係者の多くは、第8ステージの終わりには……別のアフリカ生まれの選手が、この黄色いジャージを身に纏っているのではないかと予想する。もちろん、またしても、予想が外れることだってあり得る。ただ、いよいよ100回記念大会の総合争いが勃発することだけは、揺るがしようのない事実なのだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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