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「これほど難しい戦いが繰り広げられたのは、今まで見たことがない」
多くの選手が、口々にこう漏らした。導火線を敷いたのは、ガーミン・シャープの面々だった。スタートの旗が振り下ろされた瞬間から、火花はパチパチと飛び散った。熾烈なアタック合戦にまぎれて、ジャック・バウアーとデーヴィッド・ミラーがタンデム走行で舞台を用意し、カタルーニャ一周覇者ダニエル・マーティンや2012年ジロ覇者ライダー・ヘシェダルが次々と火を放った。さらにモヴィスター チームが、火炎放射器で辺りを一気に業火の海に変えた。昨夜3位のアレハンドロ・バルベルデと新人賞ナイロ・クインターナを擁するスペインチームは、スイス一周覇者ルイアルベルト・ファリアダコスタやカスティーヤ・イ・レオン覇者ルーベン・プラサ等々を使って、幾度となく波状攻撃を仕掛けた。
被害は甚大だった。この日のプロトンは、6月半ばの大雨で水の底に沈んだ地域を、いくつも通り抜けた。今ステージの全賞金は被害自治体に寄付され、さらに選手のサイン入り各チームジャージ22枚が募金用オークションにかけられることになった。こんな被災地をほんの20kmほど走っただけで、スプリンターたちはあっという間にグルペット地獄へと突き落とされた。前集団があまりにすばしこく消え去って行ったせいで、厳しい制限時間との戦いを強いられた。しかしむしろ、より深刻だったのは、最新科学の粋を搭載したスカイ列車が完全に吹っ飛ばされたこと!
前夜の暗黒軍団は、ひどく圧倒的なやり方で、区間も総合も上位2位を独占していた。「スカイの走りは守備的すぎる。サイクルコンピュータのワット数を見ながら、ただコントロールに努めているだけだ」という批判の声をひっくり返すために、チームマネージャーのデイヴ・ブレイルズフォードは、「今年は攻撃的なチームを作ったんだ」と誇らしげに語ったものだ。しかし、おかげでプロトン内には、とてつもなくアンチ・スカイの気運が高まっていた。
ガーミンとモヴィスターの企てに、多くのチームや選手が相乗りすることで、猛烈な攻撃のうねりが出来上がった。前夜必死に働いたせいで、疲れ切ったスカイ勢は、必死の対応に追われた。と、そこにハプニングが襲い掛かる。比較的平坦な道のりで、前夜最終盤まで好アシストを続けたピーター・ケノーが、落車し、草むらに転がり落ちてしまったのだ!幸いにも擦り傷程度で済んだものの、スカイ陣営の前線が少々動揺し、守りが手薄になった。その間にも、ライバルたちは爆竹のようにポンポンと跳ね返り続けた。
そして、とうとうマイヨ・ジョーヌ自らが、めくるめく逃げを潰しにかからねばならない事態へと追い込まれた。クリス・フルームの周りから、味方の姿が忽然と消えた。ゴールまでいまだ141kmも残っていたというのに。
「昨日チームメートが、マイヨ・ジョーヌ獲りのためにやり遂げてくれた仕事を考えると、彼らが疲れ果てていたのは至って普通のことだよ。彼らだって人間だから、連日のように激務を続けられるわけはないんだ。ただ、1人になっても、ボクはパニックにはならなかった。監督と無線でつながっていたから、孤独を感じなかったのかな」(フルーム)
まるでイラついた様子もなく、宿命を静かに受け入れたフルームは、その後はトイレタイムさえ持てないほど大忙しとなる。ちなみにゴール後、本来のルールならば表彰式→ドーピングコントロールの順番で行われるものなのだが、あまりにもトイレに行きたかったものだから……特例を許してもらって真っ先に尿採取用の検査室に駆け込んだほど!
さて、スカイアシスト勢の集団復帰を避けるために、とりわけ総合2位のリッチー・ポートが追いついてくるのを阻むために、ライバルチームたちは高速リズムを刻んだ。ガーミンやモヴィスターだけでなく、アルベルト・コンタドール擁するチーム サクソ・ティンコフも、積極的に集団を牽引した。その間にも、大小のアタック乱れ打ちが止むことはなかった。特に前方で存在感を示したのが、赤玉ジャージ姿(本来の1位はフルーム)のピエール・ローランだ。スタートから60km近くで、何度目かの加速を切ると、ヘシェダルやトーマス・デヘント、バルト・デクレルク、ロマン・バルデを引き連れて、ようやく小さな逃げ集団を作り上げた。
ただし彼らの試みも、背後で絶え間なく起こる小噴火のせいで、決して長くは続かないのだ。ツール史上屈指のヒルクライマー「トレドの鷲」フェデリコ・バアモンテスから、山岳ジャージを授与される名誉をローランがつかみとったその後に(ただし3つ目の峠はデヘントに、4つ目の峠は後ろから勢い良く飛び出してきた2012年ブエルタ山岳王サイモン・クラークに、それぞれ首位通過をかすめ取られてしまったが)、ゴール前40km前後で逃げ選手たちは次々と回収されて行くのだった。
ラスト60km地点から、フランス共和国大統領が、大会委員長カーに帯同していた。オランド氏は自転車よりも実はサッカーが大好きなのだが、この日ばかりは、スタート直後に放たれた炎がどこまで燃え上がってしまうのだろう……と、わくわくと戦いを眺めていた。ところが、一旦ひとつになったメイン集団は、モヴィスターが相変わらず恐ろしい勢いで牽引し続ける以外、どうにも打つ手がなくなってしまったようだ。最終峠の1級ウルケット・ダンシザンの上りでクインターナが4度加速を仕掛け、4度ともマイヨ・ジョーヌ自らが穴を埋めた。
「だって最後の山の頂は、ゴールから遠すぎたから(30.5km)。フルームに攻撃を仕掛けて突き放そうにも、どうにも難しかった。だからこそ今日は誰も大きく仕掛けたくなかったし、他の日に改めて攻撃する方を選んだんだと思う。ボク自身は、昨日よりもかなり調子が良かった。そもそもグランツールでボクの調子が最高潮に達するのは3週目。勝利を信じてる」(コンタドール)
「それでも、ボク自身はすごく満足してる。だって総合2位でピレネーを抜け出せたんだから。それに、スカイをバラバラに分解した。今日、ボクらは、あのチームの限界を見せつけた。ただし、フルームの弱点は見つけられなかった」(バルベルデ)
こうしてモヴィスターもサクソ・ティンコフも、またメイン集団内に複数選手を送り込んでいたベルキン プロサイクリングチームも、ポートを完全に表彰台圏内から引きずり下ろすことだけで満足するしかなかった。タスマニアっ子は区間勝者から17分59秒遅れで、メイン集団の面々からは17分39秒遅れでゴールへたどり着いた。こうして前夜の総合2位が抜けた分、第8ステージの総合3位〜8位までが、タイム差もそのままに、そっくり1つずつ順位を上げた。ただ総合9位のホアキン・ロドリゲスは、この日も9位のままだった。というのも総合13位だったマーティンが、見事なる花火でガーミンの特攻デーを締めくくると共に、総合8位にジャンプアップしたから。
ゴール前35km、上りを利用してマーティンが飛び出した。ヤコブ・フグルサングも賭けに乗った。協力し合いながら、後方からの執拗な追い上げを振り切って、2人でのスプリント合戦へと持ち込んだ。今年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを制したアイルランド人に、ゴール前勝負は、一日の長があった。
「スプリントには自信があった。最後のカーブに先頭で突入すればボクが勝てる、そう確信していた。ボクは年齢と経験を重ねて、ついに円熟の時期を迎えられたと思っている。それにカタルーニャとリエージュを勝ったことで、チームからの全幅の信頼も勝ち得たのさ」(マーティン)
168.5kmを4時間43分03秒という超高速でマーティンが駆け抜けた。タイムリミットは36分48秒に定められた。しょっぱなから苦しめられたスプリンターたちも、2日連続の絶不調で心が折れたフランス期待の星ティボー・ピノも、みな無事に制限時間以内にフィニッシュラインにたどり着いた。ただ1人だけ……フルームの頼れる山岳アシスト役であるはずのヴァシル・キリエンカが、37分58秒で到着し、このままツールから去る羽目になってしまった。
「今まで戦ってきたレースの中で、最も厳しい1日だった。リッチーが総合2位から陥落したのは、戦術面では大きな不利になる。上位2位を独占していれば、ボクらは有利に物事を進められるし、他チームに大きなプレッシャーをかけられたはずだからね。この先は、別のやり方で戦っていかなければならない」(フルーム)
大荒れだったピレネーを抜け出して、選手たちはフランス北部へとひとっ飛び。想像以上に激しかったツール1週目の疲れを、大西洋岸で、ゆっくりと癒す。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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