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これほどまでに自転車レースが、「チーム競技」であるということを実感させられた日があっただろうか。2つのチームが、絶対的リーダーのために大きな波を作り出し、望み通りの結果を引き出した。そして1つのチームが、脆さを改めて露呈し、エースに小さな損害を与えた。
「クリス・フルームは、個人としては、とてつもなく強い。でもスカイのチーム自体は弱体化していると感じていた。だからボクらチームが全員一丸になって戦えば、スカイを崩し、リーダーさえも崩せるかもしれないと考えたんだ」(マッテーオ・トザット)
至極単純な移動ステージになっても、おかしくはなかった。起伏はほとんどない平坦ステージ。しかも、前夜トゥールでゴールし、同じトゥールでスタートした一行は、ゆっくりと睡眠を取り、リラックスムードいっぱいでロワール川のほとりを走り始めた。ところがスタート直後に6人がエスケープを始め、タイム差が4分ほどに開いた、そのときだった。
強烈な横風区間に差し掛かったところで、ヘルト・ステーグマンが突如として加速を切った。それを合図に、マーク・カヴェンディッシュ擁するオメガファルマ・クイックステップ全体がスピードを上げた。今大会いまだ1勝しか上げられず、しかも前夜はマルセル・キッテルに辱めを受けた世界最速スプリンターは、フランスでよく言われるところの「トラファルガー作戦(分断作戦)」を敢行した。集団をバラバラに引き裂いて、目障りなライバルたちを早めに蹴落とそうというのだ。
毎春、強風→斜め隊列→分断の動きを自由自在に操ってきたフランドルの誇り高きクラシックスペシャリスト軍団は、軽々と集団を引き千切った。あっという間に3つの固まりが出来上がる。ペーター・サガン、アンドレ・グライペルはひとまず第1集団に留まったが、キッテルが2番目の集団に取り残された!
一方で総合争いの選手たちは、ひとまずは全員、なんとか難を逃れた。ただ分断発生直後、クリス・フルームは、自らの前後左右を心配そうにきょろきょろと見回した。アタック攻勢にアシスト全員が乗り遅れ、マイヨ・ジョーヌが孤立させられてしまった第9ステージの悪夢も一瞬蘇った。ヴァシル・キリエンカが第9ステージ制限タイムアウトで大会を去り、エドヴァルド・ボアッソンハーゲンを前夜に負傷リアイアで失い、ピーター・ケノーとゲラント・トーマスはいまだ傷癒えず、リッチー・ポートは疲労困憊……と弱体化したスカイは、それでも数人をフルームの側へと送り込んだ。
「前日チームメートたちはパーフェクトな走りを見せてくれた。だけどボクが、最後の最後で失敗してしまった。だからできるだけ早く、彼らのために勝ちをとりたかったんだ」(カヴェンディッシュ)
こうしてOPQは、勝利に向かって飽くなき牽引を繰り返した。エスケープ集団はあっという間に飲み込まれた。「俺たちはオランダ人だ。風なら知り尽くしている」(ローレンス・テンダム)と言うベルキン勢も大いに手を貸し、おかげでメイン集団のスピードメーターは上がるばかり。
そんなときに、不幸が起こった。この日の朝に総合2位(3分25秒差)につけていたアレハンドロ・バルベルデが、ゴール前85km地点で、パンクに襲われてしまう。しかも第1集団と第2集団の差はいまだ1分以内だったから、両集団の間にチームカーが入り込む許可は下りていない。つまりバルベルデはチームメートからホイールを借りて、交換するしかなかったのだ。そしてアシスト3人と共にすぐさま再スタートを切るも、ライバル全員がもぐりこんだ第1集団は、非情にも遠ざかっていくばかり。一時は15秒差にまで追い詰めたが……ベルキン隊列はここぞとばかりに勢いを増し、いつしかモヴィスター軍団は力尽きてずるずると後退して行った。
「不運に彩られた1日だった。ずっと前で走っていたのに、運命ががらりと変わってしまった。ベルキンが加速し、ユーロップカーも先頭集団で加速した。ベルキンがスピードを上げた理由は分かるけど、どうしてユーロップカーにその必要があったのか分からない。彼らがまだ総合を追い求めていたなんて知らなかった。でも、これがレースなのさ。今回こそ不運を避けたいと思っていたけれど、いつだって、ボクには何かが降りかかってくる。どうしようもなかった」(バルベルデ)
バルベルデに非難された赤玉姿のピエール・ローランも、その後、まったく同じ状況に陥ることになる。こうしてキッテル&バルベルデ&ローランの追走組は、横風という見えない壁に阻まれて、真っ直ぐな一本道でライバルの背中が遠ざかっていくのをただ眺めているしかなかった。辛い1日を終えたとき、バルベルデは9分54秒を失っていた。総合では2位から12分10秒差の16位へと転がり落ちた。
オメガファルマの作った第一波に続いて、ステージを左右する決定的な第二派を打ったのは、サクソ・ティンコフの面々だ。ゴール前32km、ダニエーレ・ベンナーティの加速に乗じて、青と黄色のジャージが次々前方へと飛び出したのだ!
「周りのチームメートに叫んだんだ。みんな、行こうぜ!トライしよう。俺たちに失うものなんて何もない!って」(マイケル・ロジャース)
「飛び出したあと、1人、1人、周りを確認した。ベンナーティがいる、よし。ロジャースがいる、よし。アルベルトもしっかり来てるぞ、よし。というようにね。決して予定していた動きではない。あの現場で、まさしく瞬間的に、『行こう』って決めたんだ」(ニコラス・ロッシュ)
こんなサクソ・ティンコフの6人(アルベルト・コンタドール、ベンナーティ、ロジャース、ロッシュ、ロマン・クロイツィゲル、トザット)の動きに同調できたのは、わずか7人だけ。カヴと2人のチームメート(シルヴァン・シャヴァネルとニキ・テルプストラ)、ペーター・サガンとアシスト1人(マチェイ・ボドナール)、そしてベルキンの総合3位バウク・モレッマと総合7位ローレンス・テンダム!
背後でもがく黄色いジャージがぼんやりと見えたが、あの瞬間は、側にアシストの姿はなかった。またしてもチーム力を利用できなかったフルームは、グランツール5勝の手練手管の大チャンピオン、アルベルト・コンタドールの謀反にまるでなす術がなかった。スカイと共に、乗り遅れたカデル・エヴァンス擁するBMCやクリストフ・ペローのAg2rも必死で前を追いかけるが、じわり、じわりと差は広がっていくばかり。
「それまではかなり快適に走っていたのに、サクソがアタックを打った瞬間から、ひどく厳しい状況に追い込まれてしまった。脚がきつかった。でも、ボクは一部の選手からはタイムを失ったけれど、同時に、一部の選手からはタイムを稼いだんだ。そして失ったほうに関して言えば、1分以上の損失だった。でもリードは3分以上あったからね!」(フルーム)
正確に言えば、フルームがコンタドール&ロマン・クロイツィゲル&モレマ&テンダムから失ったタイムは1分09秒。当然ながら4人は総合では少しずつ順位を上げ、モレマは総合2位にアップ(2分28秒差)。3位コンタドール2分45秒、4位クロイツィゲル2分48秒、5位テンダム3分01秒と続く。もちろん「白いケニア人」がしっかりと着込んだ大切な黄色いジャージまでいまだ程遠い。それでも本格的な山を前に、サクソ・ティンコフ内は明るいムードに包まれている。たしかに監督勢は「作戦は成功した。ただしこれは、勝利ではないのだ」と繰り返してはいるけれど。
「今日のステージの出来に、本当に満足している。最終盤、周りの選手たちがひどく疲れているのを感じ取った。一方でボクらのチームメートは、力強い走りを見せていた。だからトライすることに決めたんだ。たしかに3分57秒差から2分45秒差に縮められたとは言っても、総合争いにおいては大きな違いはない。でもチームが攻撃的な姿を見せ付けたことに、嬉しさを感じているんだ。ボクらは同じゴールを胸に抱いて、勝利に向かって戦った。チームにとって、素晴らしい1日となった」(コンタドール)
チーム戦を美しく締めくくったのは、真っ先に攻撃を仕掛けたオメガファルマの、カヴェンディッシュだった。スプリントでライバルになりえるサガンも前方に残ってはいたけれど、オメガ3対キャノンデール2という有利な状況のおかげで、極めて戦略的に物事を進めることができた。テルプストラをゴール前1.5kmで前方へ送り出し、サガンの発射台役ボドナールに無駄足を踏ませた。1人になったサガンには、シャヴァネルが揺さぶりをかけた。最後はカヴが、向かい風の中で、ただペダルを強く踏み込むだけでよかった。
「信じられないような1日だった。本当に嬉しいし、チームメートたちのことを誇りに思う。1人も欠かすことなく、彼らは全力を尽くしてくれた。今日のボクは、チームが積み上げてくれた仕事を、ただ仕上げるだけでよかったんだ。ボーイズの全身全霊の走りを目の当たりにした上に、これほど素晴らしい勝利を手に入れられたんだから、本当に、信じられないくらい誇らしいよ」(カヴェンディッシュ)
フィニッシュラインで嬉しそうにお腹をパチンと叩いてから、表彰台、世界各国のテレビ&ラジオ用の囲みインタビュー、ペンメディア用記者会見が終わるまで、実に30分以上、カヴのとろけそうな表情が消えることはなかった。また記念すべきツール通算25勝目で、ついにアンドレ・ルデュックと並ぶ区間勝利獲得数歴代3位タイにランクインした。
「でもボクにとっては25勝全てが、スペシャルな勝利として記憶に刻まれている。だってツール・ド・フランスというのは、世界最大の自転車レースであるだけでなく、世界最大級のスポーツイベントだから。ボクにとっては、大切な意味を持つ。ツールのことを考えただけで、泣き出しそうになってしまうくらいだよ」(カヴェンディッシュ)
開催委員長クリスティアン・プリュドムもまた、笑顔が止まらなかった。
「2つのチームが積極的にステージを動かした。平地で分断が発生し、総合が動いた。私が子供の頃に見たような戦いが、100回記念大会で繰り広げられた。ラジオジャーナリストとして仕事を始めてから今まで、多くのレースを仕事で追いかけてきたが、その中でもダントツで素晴らしいステージだった。満足かって?いやいやとんでもない。それどころか大喜びだよ!」(プリュドム)
ステージで大いに奮闘した証として、敢闘賞はカヴェンディッシュに与えられた。ただし選考委員会はサクソ・ティンコフやオメガファルマ・クイックステップの「チーム」に賞をあげたい、と本気で願ったそうだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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