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サイクル ロードレース コラム 2013年7月15日

ツール・ド・フランス2013 第15ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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2000年のモン・ヴァントゥでは、夭逝の山岳王マルコ・パンターニのアタックに、マイヨ・ジョーヌのランス・アームストロングが合流し、肩と肩をぶつけあいながら山頂まで上り詰めた。結末は、賛否両論あったとはいえども、パンターニが区間を制し、アームストロングが総合争いのリードを確実なものにした。2013年の禿山では、少し違う筋書きが用意されていた。山岳巧者の独走に、マイヨ・ジョーヌが反応し、合流するところまでは同じだったが……。

10日ほど前に通過したばかりの南仏プロヴァンスへと、プロトンが舞い戻ってきた。蝉時雨が降り注ぎ、赤茶けた大地に、ラヴェンダーや向日葵が咲き誇る。フランスが誇る美しき大地を、しかしゆっくりと堪能する暇もなく、選手たちは高速で先を急いだ。

序盤2つの山では、赤玉ポイント争いの選手たちが加速の仕掛け人となった。30km地点ではペーター・サガン、マルケル・イリサール、ピエリック・フェドリゴ、ジェレミー・ロワ、クリストフ・リブロン、アルベルト・ロサダ、シルヴァン・シャヴァネル、ダリル・インペイ、ワウテル・ポエルス、ジュリアン・エルファレスの10選手が飛び出し、52km地点でピエール・ローランとマークス・ブルグハートが後を追いかけ始めると、……さらにメイン集団はスピードをアップすることになる。

「前に行ったメンバーの顔ぶれを見て、『あ、この中ならボクがベストクライマーになれる。行けるぞ』と思った。だから追いかけた。でも前の10人は、ボクを仲間に入れたくなかったみたいだね。それぞれの選手やチームに、それぞれの目標があるから、ボクを待ちたくない人間がいたとしてもおかしくはないんだ。これがレースだよ」(ローラン)

10人にわずか15秒差にまで迫りながら、結局は赤玉ジャージは後方へと弾かれてしまった。メイン集団内のユーロップカーメンバーは、ならば援護射撃=エスケープそのものを飲み込んでしまおうと考えた。猛烈に――バウク・モレッマは「熱に浮かれたように」と表現したが――プロトン先頭の牽引を繰りかえし、おかげでスタートから2時間の走行速度は50.4kmにまで上がった!

結局はローランもブルグハートも、ユーロッパカーも、疲労困憊のまま追走を中止した。ちなみに、「あれだけ仕事をしたけれど、結局は、何も手に入りませんでした」と無念がる新城幸也は、30分23秒遅れで、モン・ヴァントゥ山頂にたった1人でたどり着いた。4度目のツールで余裕さえ感じさせる日本チャンピオンが、242.5kmを走り終えた後に笑顔でコメントする横で、初出場のケヴィン・レザは心身ともに限界を超えていた。ゴール後に泣き崩れてしまったほどだ。

「高速スピードのまま山に突入し、そのままグルペットもものすごい速さで上ったんです。制限タイムは1時間もあるはずなのに……。ボクは空腹を感じたので、無理せず上りました。調子はいいです。休養日明けは、ピエールを山で送り出すために、誰かが一緒に逃げを打つという展開になるでしょう。だからボクもまた、逃げに乗る機会があると思いますよ」(新城幸也)

エルファレスが脱落し、9人に減った前方集団は、予定よりも30分〜1時間ほど早くモン・ヴァントゥの坂道へと突入した。上り直前にシャヴァネルが「革命記念日」勝利を目掛けて飛び出していたが、後方はすでに1分45秒差にまで近づいていた。ユーロッパカーや、その後激しく前を攻め立てたモヴィスターから、スカイがようやくバトンをむしり取ると、メイン集団前方で恐ろしきリズムを刻み始めていた。

山場の第9ステージや、平地の第13ステージで醜態をさらした暗黒軍団は、この日ばかりは、黄色い光を大切に運搬した。麓からは4人のアシストが精を出した。ウィリーで華々しく散っていった(しかし中間ポイントは予定通りに1位通過で、緑ジャージの優位をさらに固めた)サガンを筆頭に、逃げの残党を次々と飲み込んでいった。またミケル・ニエベやヤン・バークランツのカウンターアタックはひとまず見逃したが、ゴール前13km、ナイロ・クインターナが切れ味鋭いアタックを仕掛けると、クリス・フルーム親衛隊は黙ってはいなかった。

「クインターナは山岳巧者だと分かっていたし、総合を脅かす可能性のある選手だから、リードをそれほど与えたくはなかったんだ。だからクインターナが攻撃に転じると、上り始めから牽引を続けてくれたカンスタンティン・シウトソウに代わって、ピーター・ケノーがタイム差制御のための仕事を引き受けた。5kmほど行ってから、リッチー・ポートが強烈な引きに転じた。クインターナに追いつくために。なにより、総合ライバルを振り払うために」(フルーム)

ポート、フルームの攻勢に、ひるまずついていけたのは、アルベルト・コンタドールとロマン・クロイツィゲルただ2人だけ。

「その時だよ。今こそコンタドールを引き千切るために、もう少しだけ力を振り絞る瞬間に違いない、って感じたんだ」(フルーム)

ゴール前7km、マイヨ・ジョーヌ姿のフルームが、単身アタックを仕掛けた。「暴力的」と一部メディアが表現したほど荒々しい飛び出しで、グランツール5勝王者コンタドールをぶった切ると、前方の残る敵へと踊りかかった。

ニエベやバークランツ、シャヴァネルを淡々と追い越して、静かに先頭に立っていたクインターナは、マイヨ・ジョーヌのがむしゃらな勢いに驚かされてしまうことになる。白いケニア人はコロンビア人に追いつくや否や……、まるでスプリンターのように、後輪からダンシングスタイルで飛び出して行ったのだ!ただし、23歳の「ルーチョ・エレラの後継者」は、動じずにマイペースで追いついていった。

「何度もクインターナを引き剥がそうとしたけど、彼はボクの背後から動かなかった。こいつをフィニッシュラインまで引っ張って行かなきゃならないのだろうなぁ、と考えた。『今日は彼が勝つに違いないぞ』とさえ思ったほどだから。でも、ラスト2km、クインターナに脚がないのを見て取った。だからボクは思いきり加速して、できる限りのタイムを奪うことに決めた。だって今日のボクの主要目的は、総合ライバルたちからできる限りの差をつけることだったから」(フルーム)

ツール99回の歴史の中で、この地獄のような禿山で、マイヨ・ジョーヌを身にまとって区間勝利を手に入れたのは1970年大会のエディ・メルクスだけだった。まさに「カニバル(人食い)」のように、フルームも、容赦情けなく勝ちをとりに行った。ラスト1.2kmからの、栄光へのラストスパートだった。

「これまでのキャリアでもダントツで印象的な、そして最も大きな勝利だった。しかも今回は、ツール・ド・フランス100回大会だからね。242kmの果てに、こんなステージを勝てるなんて。沿道にはたくさんの観客が詰めかけ、チームは上りであらん限りの力をボクのために尽くしてくれた。とにかくボクにとっては大きな、とてつもなく大きな勝利だよ」(フルーム)

43年前のエディが、ゴール直後に酸欠で倒れ込んだように、この日のフィニッシュラインで右手を天高く突き上げたフルームは、あまりにも無我夢中で走ったものだから、息も絶え絶えで、酸素スプレーで慌てて呼吸を整えた。今大会2回目の区間優勝表彰式と、8回目のマイヨ・ジョーヌ表彰式、さらに2回目の山岳賞ジャージ授与式の間は、いまだに頭がくらくらとしたままだったそうだ。

置き去りにされたクインターナは、29秒遅れの2位で満足するしかなかった。ただしアレハンドロ・バルベルデの総合獲りに完全に失敗したモヴィスターにとって、若く無口な山男が新人賞ジャージを4日ぶりに取り戻せたのは、大いなる喜びに違いない。

「アタックするタイミングが早すぎた。力尽きてしまった。フルームに追いつかれた直後は、まだ区間勝利は行けるだろうと考えていた。でも、そんな夢想も一瞬で崩れ去ったね……。まだまだボクは勉強の途中だよ」(クインターナ)

1回目の休養日の2日前にフルームが圧倒的な力を見せ付け、「もはやツールは終わったのか?」と人々は嘆いたものだ。2回目の休養日前夜、この思いは確信に変わっている。総合2位モレッマとのタイム差は4分14秒。最終盤に脚が止まり、クロイツィゲルの助けを経てなんとか区間6位・1分40秒遅れでゴールしたコンタドールは、4分25秒と絶望的な遅れを喫している。もちろん、エル・ピストレロは、いまだ敗北宣言を出すつもりはない。

「とにかく『脱帽』だ。これ以上、他に何も言えることはない。フルームはすごく強い。ボクは今までずっと、総合優勝に向かって走ってきた。これが大目標だったんだでも毎日、様々な事態に直面しつつも、彼はさらなるタイム差を奪った。だけど、まだ終わりじゃない。ツールでは、パリまで、一体何が起こるか分からない」(コンタドール)

ところどころ雲に覆われた死の山から、181人の選手たちは、緑豊かな下界へと帰還した。2回目の休養日を終えたら、パリまであとわずか。その前に、選手にとってはひどく不安なことに、例年よりひときわ厳しいアルプス越えが待っている。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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