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14人の仲間たちと逃げ出したヴァシル・キリエンカは、ゴール前40km地点でひとりになった。カラコル峠で、全てを引き離した。完全なる自由を手に入れるために、しばらくは歯を食いしばってペダルを込んだ。最終峠ペニャ・カバルガでの激勾配でも、あらんかぎりの力を振り絞り、顔をゆがめた。それ以外の時は、一定の呼吸リズムを守りながら、淡々とした表情で前へ進んだ。普段のベラルーシ人が、そうしているように。
ひどく細い峠道は、歩いて山を上ってきたファンで埋め尽くされた。大きな声援と暖かな拍手は、サンタンデール湾から吹き上げる海風に乗って、あたりに鳴り響いた。フィニッシュラインの手前までくると、ようやくキリエンカの顔が柔らかくほころんだ。自分を苦しみぬいた峠には、チャーミングなジェスチャーで、投げキッスを贈った。
「キスは妻と子供たちへ。それからこのステージ勝利を、アマチュア時代の監督だったCに捧げたい。ボクのプロ入りを助けてくれた監督だけれど、この7月、帰らぬ人となってしまった」(キリエンカ)
大会3週目の、しかも山頂フィニッシュ。それこそが、キリエンカの大好物だ。2008年ジロでは、冷たい雨が降り続いた第19ステージで、モンテ・ポーラへの独走勝利を決めた。2011年ジロの第20ステージでは、セストリエーレの山頂で、栄光を噛みしめた。人生3度目のグランツール区間勝利も、また、山の上。この夏のツールの第9ステージで味わった、タイムアウト失格の悔しさを、見事に吹き飛ばす勝利だった。
「ひどく勝利が欲しかった。これで念願達成だね。ボクの勝利は全て、同じようにロングエスケープの果てに手に入れたもの。実直なトレーニングと、チームの信頼の賜物なのさ」(キリエンカ)
15人のエスケープに最大10分のリードを許したプロトンは、補給を終えると、テンポを上げ始めた。総合3位アレハンドロ・バルベルデ擁するモヴィスターが、いつもの通り、集団前線に陣取った。逆転優勝への望みをつなげるために、どうしてもボーナスタイムを取っておきたかったからだ。
それにしても、昨季までチームメートだったキリエンカの、半端ない独走力に驚かされたことだろう。だってゴールまで10kmに迫っても、タイム差はいまだ6分も残っていたのだから。
そこで、レディオシャック・レオパードが、突如として主導権を奪い取った。世界屈指の強脚ルーラー、ファビアン・カンチェラーラはこの朝スタート地にやってこなかったけれど……、隊列を組んで猛烈なスピードアップを試みた。
彼らの、目的はひとつ。ゴール前5.9kmから予告なく始まる山道へ――平坦で広い道路から、ふと左折すると、いきなり10%近い勾配に迎え入れられる。しかも、道幅はそれまでの約半分――、28秒差の総合2位につけるクリストファー・ホーナーを、好ポジションで送り込むこと。位置取りを間違えると、全てを一瞬で失ってしまう可能性がある。2010年大会、この山への突入直前に、マイヨ・ロホを着たままイゴール・アントンが落車リタイアに追い込まれた時のように。
峠道に入っても、レディオシャック・トレインの威力は衰えなかった。ヤロスラフ・ポポヴィッチ、マシュー・ブッシュ、ロベルト・キセロフスキーが、順々に41歳11ヶ月のリーダーを牽引した。
「チームはまたしても、ボクのために驚異的な仕事をしてくれた。たとえファビアン(・カンチェラーラ)がいなくたってね。ボクの側には、ファンタスティックな奴らが控えている。信じられないよ!」(ホーナー)
おかげで沖縄生まれの元ヒッピーは、「イージーに、楽しく」山を登った。前日に総合5位へのジャンプアップを成功させたニコラス・ロッシュを連れて、ラファエル・マイカがゴール前3kmで猛烈な加速を見せたとしても、「決してレッドゾーンに突入」したりしなかった。登坂口から存在感を見せ始めていたカチューシャが、3段階アタック(1.ダニエル・モレーノの飛び出し、2.エスケープから落ちてきたアンヘル・ビシオソの牽引、3.ホアキン・ロドリゲスの発射)に出たときも、「脚の調子が驚異的」だったおかげで、すぐさま正しい反応を見せた。
未知の山だったが、そんなことは構いもしなかった。ロドリゲス、そしてマイヨ・ロホのヴィンチェンツォ・ニーバリと三つ巴の戦いに持ち込んだホーナーは、ためらうことなく先頭に立って加速を続けた。他の2人は、アントンが手放したジャージを巡って、2010年にこの山で熾烈な戦いを繰り広げた経験を持つというのに!ちなみにあの日、蜂に刺されてまぶたを腫らしたロドリゲスが山頂を制し、山頂とゴールラインを混同して力を抜いてしまったニーバリは4秒差でマイヨ・ロホを手にした……。
そして最年長の男が、3年前のヒーローたちを、蹴散らかしてしまうことになる。3週目にしてもなお元気いっぱいのホーナーは、20%難勾配の直後、ゴール前800mで強烈な加速をお見舞いした!
「調子が非常に良かったから、ライバルたちからタイム差を奪うつもりだった。でもホーナーが見事すぎるほどの敏捷性を見せ付けた。彼が飛び出していった時、ボクは自分が状況を上手く掌握していると思い込んでいたんだ。でも彼は、ボクを後方へと突き放してしまったよ!」(ニーバリ)
激坂巧者プリトさえ、まったく42歳目前のアメリカ人に、肩を並べることができなかった。フィニッシュラインにたどり着いたときは、大量20秒を失っていた。
「総合順位を上げるためにずっと頑張ってきたけれど、かなり難しくなってきたね。今日はすごく苦しかった。でも、トライしなきゃならなかった。何かをしなきゃならなかった。チームプレーで、遠くからアタックを打ちに行った。でも、ホーナーもニーバリも強かった」(ロドリゲス)
だからニーバリは……この日もゴール前500mで力が抜けてしまったニーバリは、25秒もの遅れを喫した。しかも、とっくの昔に千切れていたバルベルデに追い抜かれ(20秒遅れ)、同じく「トップ5保守が目的」のロッシュにも合流された(25秒遅れ)。もちろん2013ジロ覇者は、この日も、ブエルタ総合首位を讃える表彰式へと臨んだ。ただし、この3日間で大幅に資産を食い潰した。貯金残高は3秒。マドリードまでもあと3日。
「ここから先、もしもホーナーが調子を落とすことがなければ、打ち負かすのはかなり難しいだろう。ホーナーが、間違いなく最強だ。楽天的でなんかいられないよ。でも、ボクは悲観主義者でもない。ボクはこの結果を、客観的に受け止める。ボクはいまだにリーダーの座についているし、今だって自分のチャンスを信じている」(ニーバリ)
第3ステージと第10ステージを制し、それぞれの区間の翌日に、ほんの1日ずつマイヨ・ロホを身にまとってきたホーナーは、かつてないほど、大きなチャンスに近づいている。史上最年長グランツール覇者誕生の可能性が、かつてないほどに膨らんでいる。
「もしボクが3秒差でブエルタを失ったら、とんでもない損失だよね。でも3秒というのは、本当にわずかでしかない。アングリルの区間へ集中して行く。大バトルが繰り広げられるだろう。明日の山よりは、間違いなくボクに向いている。でも、どうにかしたら明日、ボクがジャージを取っているかもしれない。ボクのブエルタ総合優勝の可能性は、現実に存在するものなんだよ」(ホーナー)
総合3位バルベルデは、つまり総合首位との差は1分09秒に縮めたが、2位までの距離は46秒→1分06秒へと遠くなった。総合4位「プリト」ロドリゲスは、表彰台までの1分15秒を縮められぬまま。総合5位の座を確実に固めつつあるロッシュだけが、「今日の出来に満足だ」とコメントする余裕がある。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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