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イタリア入りした選手たちは、自主的に休養日をあと半日延長した。112kmの極めて短いステージの、大半は、何事も起こらなかった。アイルランドからの長距離移動と、まるでアイルランドからついてきたような雨雲。カーブの多い市街地サーキットコースと、濡れてひどく滑りやすい道路……。大会4日目の、平坦な道には、危険がぎっしりと詰まっていた。誰1人飛び出さなかった。ただマリア・ローザのマイケル・マシューズ擁するオリカ・グリーンエッジが、集団に蓋をするように道幅一杯に広がって、ゆっくりとペダルを回した。
2009年ジロの第9ステージ、ミラノの周回コースでも、プロトンは自主ニュートラリゼーションを強行したことがある。5年前のプロトンは、レース中に一旦立ち止まった。マリア・ローザを着たダニーロ・ディルーカが、マイクを持ち、ファンや開催委員会の前で事情を説明した。トラムの線路、路上駐車、対向車とすれ違う箇所など、落車の危険が多すぎる等々……。
今回はマイクを持つ選手はいなかった。開催委員長マウロ・ヴェーニ自らが、チーム監督や選手と接触を持った。またプロトンの真意を問うために、オートバイに乗ったレゴラトーレ(レギュレーター、レース調整係)が、何度もプロトンに送り込まれた。マルコ・ヴェーロが――2010年に現役を引退した元選手で、なにより長年アレッサンドロ・ペタッキのアシスト役を務めていた――、ルーカ・パオリーニやカデル・エヴァンス、ベルンハルト・アイゼルといったベテランたちと話し合いを持った。
「南イタリアの道路は、雨が降ると、ひどく滑りやすくなる。ニュートラル走行は、プロトンの総意だったんだ。希望は、最終周回の前に、タイム計測が行われること。途中でレース中止を訴えた選手もいたけど、それは、さすがにやりすぎだからね」(パオリーニ)
雨が上がり、市街地周回コースに入ったプロトンは、一旦は加速を始める。しかし、またしても雨粒が落ちてくると、オリカのルーク・ダーブリッジが両手を上げて「T」マーク。タイム、すなわち一時中断を意味するジェスチャーを合図に、オリカが再び集団に蓋をした。ゴール前55km。止まるべきなのか、動くべきなのか。選手たちのフラストレーションは爆発寸前だった。
ゴール前40km。ようやく開催委員会は、選手・チーム側の意向を受け入れることに決めた。無線で全チームカーに、本日限りの特別ルールが伝えられた。全部で8周回あるうちの7周目終了時点(ゴール前8.3km)で、タイム計測を行うこと。ゴール順位は本来のフィニッシュラインで争われるが、ボーナスタイムは一切発生しないこと。
プロトン側も、これで納得したようだ。オリカは横一列フォーメーションから、縦一列へと形を変え、集団牽引を始めた。宙に浮いた赤ジャージを巡って、残り4周回目に設置された中間ポイントでは、小さなスプリントさえ起こった。
……なにしろこの日のレースには、第2・第3ステージを連続でさらい取ったマルセル・キッテルが、不在だった。理由は、高熱。チーム側の発表によると、第3ステージ終了時点ですでに調子を崩していたという。「こんなに素敵なレースから、立ち去らなければならないなんて、本当にがっかりだ」とツイッターに書き残し、現役最速スプリンターは戦線を離れた。予定よりもかなり早く、アイルランド→イタリア経由で、ドイツの自宅へと帰っていった。
すなわち、キッテル以外の選手に、区間勝利を手にするチャンスがやって来た。だから、マリア・ローザを守りたいマシューズや、この先にマリア・ローザが欲しい総合争いの強豪たちが、タイム計測後に静かに隊列を離れると、多くのスプリンターチームが一気に前方へと詰め掛けた。しかも、大多数にとって好都合なことに、ナセル・ブアニが前方から姿を消していた。パリ〜ニースで2年連続区間勝利をさらったフレンチスプリンターは、ラスト15km地点のメカトラブルで、足止めを喰らったのだ。チームメートの協力と、チームカーの風除けとで、ブアニは必死の追走を行った。長い長い努力の果てに、ゴール前3.5km、なんとか集団前方に復帰した。
そして、恐れていた、落車が起こった。ゴール前2.5km、右への大きなカーブで、数選手が地面へと倒れ込んだ。まるでスケートリンクのように、選手や自転車が路面を滑った。いくつものスプリント列車が分断した。難を逃れ、順調に先を続けたのは、ジャイアントの4人とトレックファクトリーレーシングの2人だけ!
「最後の周回はひどく滑りやすかった。ボク自身も、2、3度、滑って転びそうになった。目の前で大落車が起こったときは、左になんとか大きく避けて、落車は免れた。幸いにも、ボクの前にはチームメートが残っていた。その彼の助けを借りて、もう1度、前に追いつくこうと試みたんだ。ラスト1km地点でも、まだ、40〜50mは、埋めなきゃならない差が残っていた」(ブアニ)
しつこく追いかけてきた邪魔者を、振り払おうと、ジャイアントはとてつもなく長いスプリントを試みた。普段はキッテルの最終発射台を務め、3大ツール全てで勝利に導いてきたトム・フェーレルスが、ゴール前600mで飛び出したのだ。
「どうせ、失うものなんて、何もなかったんだ。パンクもした。全力で追走もした。体力もほとんど使い切った。だからここで負けようが、ボクにとっては、恥じるべきことなんてなかった。だったら残っている体力を全部出し切ろう、最後まで加速し続けよう、と心を決めた。勝てたらそれはそれでいいし、負けても問題ないや、と思ってね」(ブアニ)
2日前にはキッテルが驚異的なラストスパートを見せたが、この日は、ブアニが恐るべき追い上げを成功させた。打たれ強いボクサーは、最後に逆転の一発をぶちこんだ。初めてのグランツール区間勝利だった。赤いジャージも、ブアニが鮮やかに手に入れた。イタリアの地でイタリアスプリンターがいつも以上に奮闘したが、区間2→3→5位と好成績を並べてきたヴィヴィアーニは2pt差、3→9→2位のジャコモ・ニッツォーロは9pt差で肩を落とした。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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