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サイクル ロードレース コラム 2014年5月28日

ジロ・デ・イタリア2014 第16ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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ドロミテの谷間から天を見上げると、真っ白の厚い雲が、剣先のような尖った頂群をすっぽりと覆い隠していた。細かい雨は、標高が上がるに連れて、雪に変わっていく。肌を刺すような冷気が、休養日明けのプロトンを、否応なしに痛めつけた。2014年ジロの最標高地点、2758mのステルヴィオ峠は、気温は氷点下まで下った。そして山頂まで5kmほど手前で、レース無線が流れた。下りに入ったら、オーガナイザーのインレースオートバイが、赤旗を掲げて、プロトンの前方を走ること。アタックが巻き起こり、危険な状況が発生するのを避けるためであること――。

一部のチーム監督は「レースのニュートラリゼーション」だと理解した。ジロ・デ・イタリアのツイッター公式アカウントも、ニュートラリゼーションを告げた(後に誤報であったとツイートした)。多くの選手が山頂で脚を止め、防寒具を着込んだり、補給食を食べたり。これが、後の成績を、大きく左右した。

前日の休養日から、色々な憶測と議論が飛び交っていた。中止?短縮?それとも断行?ちょうど1年前は、まったく同じ道程が予定されていた第19ステージが、コース全体に降り続く大雪のせいで中止された。しかし今回は、雨と、霧と、ステルヴィオ山頂付近に細かい雪が降っていただけ。「道は十分に通行可能だ」と、開催委員長は予定通りにステージを行うと発表した。マリア・ローザ擁するオメガファルマ・クイックステップのゼネラルマネージャー、パトリック・ルフェヴェルは、不吉な予感を抱いたのだろうか。幾度もツイッターで毒を吐いた。

「マウロ・ヴェーニ(開催委員長)よ、恥を知れ」「果たしてこれが現代自転車レースだろうか?」「一体いつまで同僚たちが全てを受け入れてくれることやら」(ルフェヴェルのツイッターより)

こんな日だからこそ、とびきり勇敢な者たちは、大胆に仕掛けた。青ジャージ姿のジュリアン・アレドンドは、ガヴィア山頂へ向けて、必死でアタックを打った。標高2618mの山頂からの、25kmを超えるダウンヒルでは、さらなる抜け駆けが相次いだ。ほんの3日前に、僅差で区間勝利を逃したダリオ・カタルドも、もう1度チャンスをつかもうと前方へ飛び出した。エスケープ仲間はいつしか9人に増え、揃ってステルヴィオへと挑みかかった。そして山頂まで3km。体にたたきつける吹雪を振り払うように、カタルドが単独アタック。最標高地点「チーマ・コッピ」の先頭通過の栄光を手に入れると、そのまま、たったひとりで、やはり25km近い下りへと突っ込んで行った。

マリア・ローザ集団も、遅れて山頂へとやって来た。脚を止める選手がいた一方で、大急ぎで下っていく選手たちも存在した。雪雲の中から、ひとつの塊が、勢いよく谷間に姿を現した。ピエール・ローランとロメン・シカール、ライダー・ヘシェダル、マッテーオ・ラボッティーニ、そしてナイロ・キンタナとアシストのゴルカ・イサギーレインサウスティ!

「下りがニュートラルになるなんていう話は、ボクは一切知らなかったし、そんなオートバイは見なかった。それから、ある程度のスピードを保って、山から下り始めた。アタックしたわけじゃない。ただローランとヘシェダルについて行っただけなんだ。麓に着いたとき、初めて、ボクらが6人になっていたことに気がついた」(キンタナ)

総合首位リゴベルト・ウランは後方に取り残された。他の総合ライバルたちもまた、いまだ霧の中。ステルヴィオを下り切った時点で、6人はマリア・ローザ集団に早くも2分差をつけていた。総合5位(2分40秒遅れ)キンタナと総合8位(4分47秒遅れ)ローランの利害は、つまり完全に一致した。後方とのタイム差をもっと開こうと、それぞれのアシストを思い切り働かせた。ガヴィアから逃げ出していた選手たちに追いつき、追い越した。ドメニコ・ポッツォヴィーボの「もしも」に備えて長い逃げを打っていたAG2R・ラ・モンディアルの2人組を飲み込み、ついにゴール前18km、カタルドの独走にも終止符を打った。

キンタナ、ローラン、そして総合11位ヘシェダルが、最終峠を黙々と上り続けた。牽引の大部分は昨ツール総合2位のコロンビア人が務めた。2011年ツール新人賞のフランス人はときどき前を引いた。2年前にジロ総合優勝に輝いたカナダ人は、大きな体を小さく丸めて、必死に2人についていった。はるか後ろの「マリア・ローザ集団」は、協調体制が取れぬまま、じわじわとタイムを失っていくばかり。ゴール前8km、ついにキンタナが「暫定マリア・ローザ」の位置に立った。

「下りより、むしろ最終峠で差を開いたんだよ。ローランも協力してくれた。ボク自身は自分のリズムで上ったけれど、それでも、最大限を尽くしたよ」(キンタナ)

総合首位の座に立っただけでなく、王者にふさわしい山頂フィニッシュ勝利も、キンタナは積極的に探しに行った。ゴール前5kmの勾配12.4%ゾーンでは、ローランを置き去りにした。ラスト1kmの勾配14%ゾーンでは、ついにヘシェダルも突き放した。ゼイゼイと肩で息をしながら執念でついてくる大男を、軽やかなダンシングスタイルで、ひらりと振り払った。初めてのツール参加で、山頂フィニッシュ1勝&総合2位&山岳賞&新人賞をさらい獲った24歳は、初めてのジロ参加で山頂フィニッシュ1勝とマリア・ローザ着用権を手に入れた。

「今シーズン最初から、去年のツール総合2位が単なる偶然ではないことを、ボクは証明し続けてきた。それに3週間のステージレースを戦う実力をつけるために、さらにハードなトレーニングを続けてきた。このジロには、表彰台に上るために、やって来た。そして今、こうしてマリア・ローザを身にまとった」(キンタナ)

ウランは4分11秒遅れで、フィニッシュラインにたどり着いた。ウィルコ・ケルデルマン(3分32秒遅れ)やドメニコ・ポッツォヴィーボ(3分37秒遅れ)、ファビオ・アール(3分40秒遅れ)、ラファル・マイカ(4分08秒)は、ピンク色のジャージを着た男を捨てて次々と飛び立って行った。一緒に最後まで走ったのは、昨年までチームメートだったセルジオの弟、セバスティアン・エナオだけだった。またウランより前にピンクジャージを着ていたカデル・エヴァンスは、4分48秒遅れで辛い1日を終えた。

139kmの短いステージで、総合上位の順番は大きく入れ替わった。首位の座を失ったウランは、それでも1分41秒遅れでダントツ2位の座に留まった。エヴァンスは2位から3位の座へ後退。ローランは8位から4位へと大幅なジャンプアップを成功させ、総合首位とのタイム差も4分47秒→3分26秒へと短縮した。ちなみに3位から5位マイカ(3位↓)、6位アール(4位↓)までは、キンタナから3分21秒〜3分34秒差で、つまり15秒差に4選手がひしめいている。またポッツォヴィーボとケルデルマンは1つずつ後退して、それぞれ3分49秒差の7位と4分06秒差の8位。ヘシェダルはトップ10入りを果たし、首位との差を6分44秒→4分16秒に縮めたのはもちろん、表彰台までも55秒差へと近づいた!

オメガファルマのゼネラルマネージャー、ルフェヴェルはゴール後も毒を吐いた。

「何年も前から、開催委員たちは、こんなひどい環境の中で、選手たちを走らせ続けてきた。ホント、虫けら以下の扱いだよ。こんな状況を続けて良い訳がない。命がかかっているんだから。そしてウランは、ここでジロを失った」(ルフェヴェル)

テレビやインターネット上で議論が加熱する中、夜遅く、開催委員会から正式な声明が出された。

「本日のステージ中にチーム監督に伝達されたラジオ無線音源を分析した結果、ジロ・デ・イタリア開催委員長は、レース無線が不正確な情報を伝えていたことを明らかにした。本来の意図は、ステルヴィオの下りの最初のゾーン(最初の6つのヘアピンカーブ、約1500m)で、選手たちの安全を確保することであった。ただしレース無線もジロ開催委員会も、下りのいずれかのゾーンでニュートラリゼーションが行われる可能性があるとは、一切口にしていない」

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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