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3週間前にアイルランドから船出したジロ・デ・イタリアが、トリエステの港に帰着した。イタリア空軍曲芸飛行隊フレッチェ・トリコローリと、そして大量のコロンビア国旗が、チャンピオンを乗せたプロトンを華やかに迎え入れた。ベルファストで最初の山岳ポイントを手にしたマーティン・チャリンギが、大会最後の山も先頭で越えた。初日にマリア・ローザで誕生日を祝ったスヴェイン・タフトは、最終日は高速エスケープで観客を沸かせた。そしてラストスプリントは……、チーム ジャイアント・シマノが勝ち取った。開幕スプリントと同じように。3455.5kmの大きな輪が、こうして閉じられた。
晴れた6月最初の日曜日、一行は最後の172kmへと走り出した。マリア・ローザのナイロ・キンタナを支え続けてきたモヴィスター チームが、静かに集団先頭でペダルを回した。序盤の山岳ポイントを除けば、7.2km×8周回の最終サーキットコースに入るまで、なにごともなく穏やかな時間が過ぎて行った。
イタリア併合60周年を祝うトリエステの町に入ると、走行スピードは徐々に上がって行く。そして2周回目の、ゴール前44.5km地点。まるで申し合わせたかのように、タフトとラルスイティング・バクが足並みそろえて飛び出した。いよいよ本物の戦いが始まった。
5周回目のフィニッシュライン=中間ポイントでは、逃げる2人の後方で、赤ジャージのナセル・ブアニが3位通過を果たした。前日までの持ち点251ptに、さらに12ptを積み重ねた。というのも4賞ジャージの中で、いまだポイント賞だけが確定していなかったのだ。総合首位マリア・ローザと新人賞マリア・ビアンカはキンタナが、山岳賞マリア・アッズーラはジュリアン・アレドンドが、すでにしっかりと着込んでいたというのに……。ただし、唯一逆転マリア・ロッサの可能性を有するジャコモ・ニッツォーロ(225pt)は、中間を取りに行かなかった。つまり、たとえイタリア人に区間勝利をさらいとられても、フレンチボクサーは区間11位以上に入りさえすればよい。
「あとはとにかく、安全確保、それをだけを考えた。落車やメカトラをできるだけ回避して、確実に上位ゴールすること。勝利よりも、ジャージを守ることが今日の目標だったから」(ブアニ)
だからFDJ ポワン エフエールは、集団制御には加わらなかった。むしろ、どうしても1勝が欲しいチーム スカイやキャノンデールが、必死の牽引を行った。そうは言っても、本格派スプリント列車が走ったわけでもない。なにしろ198人で走り出したプロトンは、21日間の激戦の後、156人にまで数を減らしていた。全22チーム中、9人無傷で走り終えたのはモヴィスターとトレックファクトリーレーシングだけ。一方で大会前半に区間3勝(チームタイムトライアル&マイケル・マシューズ&ピーター・ウェーニング)とマリア・ローザ7日間でセンセーションを巻き起こしたオリカ・グリーンエッジなどは、タフトとマイケル・ヘップバーンの2人きり!
ラスト3周に入ると、周回コース中盤の小さな丘を利用して、ステファノ・ピラッツィ、ヴァレリオ・アニョーリ、カルロス・キンテロもアタックを仕掛けた。前を行く2人を捕らえたが、スカイの奮闘で、5人全員がラスト2周回で回収された。激坂ゾンコランで悔し涙を流したフランチェスコ・ボンジョルノが、スプリントステージでリベンジを試みたこともあった。そしてゴール前3km、上りでサムエル・サンチェスに引かれたダニエル・オスが、下りで特攻を仕掛けると……、いよいよジャイアント・シマノが本格追走に乗り出した。そして、ゴール前1.2kmで、グルッポ・コンパット。プロトンはひとつの塊となって、大会最後の集団スプリントへと雪崩れ込んで行った。
ラストバトルは、なかなかのカオスだった。誰もがブアニの後輪に入りたがった。ルカ・メズゲッツにタイラー・ファラー、エリア・ヴィヴィアーニが場所取りに夢中になり、軽い幅寄せや、あわや肘打ちという場面さえ見られた。
「最後の5、600mは熱かったね。500mで好ポジションに入れたと思ったのに、左側から選手たちが上がってきた。ラスト350mの時点では、もうダメかと思ったよ。周りを完全に囲まれてしまったから。だけど右側に隙間を見つけた。そこへ突っ込んだ。隙間が閉じてしまわぬよう、ひたすら祈りながら」(メズゲッツ)
幸いにも、門は閉ざされなかった。メズゲッツは上手く前方へとすり抜けると、フィニッシュラインへと先頭で飛び込んだ。3週間前にはマルセル・キッテルの区間2連勝をお膳立てした25歳が、この日は自らがグランツール初勝利をつかみとった。しかも母国スロベニアから、ほんの10kmほどしか離れていない、国境の町トリエステで!
「このジロは、チームみんなで素晴らしいスタートを切って、そして、勝利で締めくくった。本当に嬉しい。今日はスロベニアからたくさんのファンが観戦に来るだろうと思っていたから、すごく勝ちたかった。でも同時に、少しプレッシャーも感じていたんだ。それでも最後はなんとか上手くやってのけたよ!」(メズゲッツ)
ブアニはあらゆる危険を回避して、無理せず4位に滑り込んだ。「区間1勝を目当てに乗り込んできた」というのに、終わってみれば通算3勝に赤ジャージ。フランス人としては、1999年ローラン・ジャラベール以来となるジロ・デ・イタリアのポイント賞受賞だった。4度目のグランツール参戦で、初めての完走も嬉しかった。ちなみにニッツォーロは今大会4度目の区間2位に終わっている。
区間勝者から9秒遅れの集団では、キンタナが、ガッツポーズで喜びを爆発させていた(ちなみに分断のせいで、総合2位リゴベルト・ウランから9秒を失った)。生まれて初めて参加したジロで、24歳の若者が、初めてのグランツールタイトルをつかみとった。なにより母国コロンビアに、史上初めてのマリア・ローザをもたらした。会場に詰め掛けたファンたちと一緒に、隣に立つ同朋ウランと共に、コロンビア国歌を熱唱した。妻のパオラさんが優しく見守る中、愛娘のマリアナちゃんを腕に抱いて。
「とてつもない感動に襲われている。体中を駆け巡るこの思いを、どう表現したらいいのか分からない。たくさんの人々がお祝いに駆けつけてくれた。イタリア人、コロンビア人、そして家族……。本当に素敵だよ。このジロでは多くのことを学んだ。そして、大いに苦しんだ。想像していた以上にね。しかも体調不良のせいで、ボクは100%じゃはなかった。ポテンシャルの60%くらいしか出せなかったように感じているよ」(キンタナ)
新城幸也は自身6度目の、別府史之は4度目のグランツールを走り切った。あらゆる地形でチームのための集団牽引役を務めた別府は、ニッツォーロの区間上位入賞、アレドンドの山岳賞、ロベルト・キセロフスキーの総合10位を見事にお膳立てした。日本チャンピオンは3度の落車にもめげず、ピエール・ローランの総合争いのために最後まで力を尽くした。表彰台の座はイタリアの超新星ファビオ・アールに奪い取られてしまったけれど、開幕時の目標を1つ上回る総合4位に入り、攻撃的ヒルクライマーとしての名声も大いに上げた。
こうして2014年のピンク色の戦いは幕を閉じ、自転車界の関心は早くも真夏の黄色いレースへと移りつつある。たとえばローランはツール出場確定で、ブアニは出場希望で、そしてキンタナは……、2015年にマイヨ・ジョーヌ大本命として乗り込む予定だ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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