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サイクル ロードレース コラム 2014年7月26日

ツール・ド・フランス2014 第19ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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ピレネーの高い山々は、背後に遠ざかった。パリの石畳が、少しずつ近づいてきた。最終盤に4級峠が1つあるだけの、平坦コース。翌日に「最後の審判」個人タイムトライアルを控える総合争いの選手にとっては、静かな移動ステージに、山をじっと我慢してきたスプリンターにとっては、最終日シャンゼリゼの大集団スプリントの「予行練習」になるはずだった。

ただし、2014年の夏は、選手たちにとことん優しくなかった。開幕から雨に打たれ、低温に震え、急激な気温上昇に体調を崩しつつ、ようやく暑さにもなれてきたと思ったら、再び厚い雨雲がレース上空に戻ってきた。たしかに数日前から、気象台はフランス南西部全体に雷雨・大雨・洪水注意報を出していたから、天気予報は見事に当たった。とてつもないゲリラ豪雨が、レース中のあちらこちらで襲い掛かった。

たとえ最悪の天候だろうが、3週間の終わりでヘトヘトだろうが、いつも通りに、幾人もの選手が果敢にアタックを仕掛けた。だって、果たせなかった目標を叶えるチャンスは、もうこの日しかない。シリル・ゴチエが真っ先に飛び出し、マルティン・エルミガー、レイン・タラマエ、トムイェルト・スラフテル、アルノー・ジェラールが続いた。逃げる5人は、最大3分半ほどのリードをつけた。

ところで、ここまでの18ステージ中計8ステージでエスケープやアタックを試みてきたゴチエと、仏スポーツ日刊紙『レキップ』の計算によるとすでに通算611km逃げているマルティン・エルミガーは、それぞれ2区間ずつステージ敢闘賞を手にしてきた。下馬評によれば、2人は「スーパー敢闘賞」候補としても名前が上げられているという。審判団の心をつかみ、シャンゼリゼの特別な表彰式に招待されるためには、逃げ距離をあと少し伸ばして、熱っぽい奮闘をアピールするしかない!

ちなみに審査団はレース技術委員長(仏)、元選手ローラン・ジャラベール(仏)、ジャーナリスト(仏)、仏スポーツ日刊紙『レキップ』記者(仏)、そして「スーパー敢闘賞スペシャル審査委員」のグレッグ・レモン(米)で構成されている。

しかしながら、この日、最高に夢中になって走ったのはスラフテルだった。逃げのライバルを振り切ると、ゴール前35kmから独走を始めた。土砂降りの雨の中で、濡れたアスファルトの上で、危険を顧みず突進した。昨季のツアー・ダウンアンダー総合覇者にして、今春のパリ〜ニースでは区間2勝をあげた実力者は、スプリンターチーム率いるプロトンが背後から迫ってくるのを感じながらも、スピードを決して緩めなかった。

ゴール前14.5km、ステージ唯一の山岳、4級モンバジヤックの麓で、リードは20秒。この1.3kmの短い上りを、オランダ人は全力で駆け上がった。

「朝のミーティングで、チームから絶対に1人は逃げに入るよう指示された。ぼくが上手く滑り込んだ。1人でさらに前へと飛び出した。だって脚の調子が良かったから。全力で走ったよ。だけど坂道で、プロトンから誰かがアタックして、ボクを追いかけてくるのが見えた」(スラフテル、ミックスゾーンインタビューより)

その人は、青い、ガーミン・シャープのジャージを着ていた。

「チームメートの、ラムナス・ナヴァルダスカスだって気がついた。だから彼に声をかけた。『もしも1人で行けるなら、先に行け!』って。だってぼくらのチームには、どうしても区間勝利が必要だったから」(スラフテル、ミックスゾーンインタビューより)

しっかりとリレーのバトンは引き継がれた。ナヴァルダスカスは、1人で、先へ行った。……ただ面白いことに、スラフテルとナヴァルダスカスの言い分は、少々違うのだ。

「朝のミーティングで、戦術が伝えられた。、ぼくとスラフテルは最後の峠まで集団内で待って、そこからアタックしてレースをかき回すよう指示された。でも、彼は、エスケープに乗っちゃったんだ。ぼくがアタックを打って、追いついた後、スラフテルは強烈に牽引してくれた。そしてぼくを先へと送り出してくれた」(ナヴァルダスカス、公式記者会見より)

タイムトライアル巧者の攻撃に、慌てたのがスプリンターチームだ。たとえばナヴァルダスカスが麓から猛加速したせいで、集団スピードが急速に上がり、スプリント3勝マルセル・キッテルはメインプロトンから脱落した。たとえば「すべてがぼく向けのステージだったのに、1つも勝てなかった」(第12ステージ後インタビュー)と愚痴っていたペーター・サガンは、この日もここまで散々チームを働かせたが、さらに激しく働かざるをえなくなった。

「ほんのコンマ数秒でもタイムを稼ぐために、あらゆる細部に集中した。カーブの軌道をどう取るか。観客の立ち居地からくる、風の影響はどうか。そんなことをね。ジャック・バウアーと同じような終わりを、迎えたくなかったから」(ナヴァルダスカス、公式記者会見より)

たしかに5日前、同じような豪雨の中で、チームメートのジャック・バウアーはゴールライン25m手前で吸収されていた……。

一方でナヴァルダスカスは、下りで一気に20秒ほど稼ぐと、ゴール前5km地点でも20秒程度のリードを保っていた。タイム差がまるで縮まらないのを見て、複数チームがキャノンデールに協力し始めた。ラスト3kmでもいまだ20秒。いよいよオメガファルマ・クイックステップも、前線で猛烈に隊列を走らせた。そう、5日前は、このオメガ列車が、バウアーとの距離を一気に詰める働きをした。

ただし、この日は、トニー・マルティンの姿が先頭にはなかった。全長54kmの個人タイムトライアルステージを翌日に控えて、個人TT世界チャンピオンは、エネルギーを無駄遣いするわけにはいかなかったのだろう!

「自分が出せる限りのハイスピードで、走り続けた。ゴール前25mで吸収されませんように、って祈りながら」(ナヴァルダスカス、公式記者会見より)

幸いにも、ゴール前25mでは、ナヴァルダスカスはすでにウィニングポーズに入っていた。7秒差で追走をかわし、生まれて初めてのツール区間勝利を手に入れた。ガーミン・シャープにとっては今大会初の、祖国リトアニアにとっては史上初の、ツール・ド・フランス区間勝利だった。

追走が失敗したのは、後方で集団落車が発生したせいでもあった。ゴール前2.9km。濡れた路面と、ナーバスな雰囲気に、前から9番目の好位置につけていたサガンが足元を取られた。

「落車の原因はぼくなんだ。ぼくの後ろについていて転んでしまった選手には、本当に申し訳ないことをしてしまった。1日中プロトンの先頭につけていたのは、落車を避けるためでもあったはずなのに、その自分が地面に転がり落ちるなんてね」(サガン、ゴール後TVインタビューより)

3週目を大いにわかせたフランス期待の星、総合5位ロメン・バルデが巻き込まれたため、フィニッシュ地は喧騒に包まれた。総合3位ジャンクリストフ・ペローや7位バウク・モレマ、8位ローレンス・テンダム、9位レオポルド・ケーニッヒもそれぞれに脚止めを食らったが、もちろん「ラスト3kmで落車、メカトラブルなどの理由で遅れた場合、事故時に属していた集団と同じタイムを与える」という救済ルールが発動され、タイムの損失は一切なかった。つまり総合上位の順位変動もなかった。

「3kmアーチを、ほんの100mほど過ぎたところだったのが、不幸中の幸いだった。もしもアーチの100m手前で起こっていたら、果たしてどうなっていたことだろう!?チーム側の要請で、きっと審判団と長い長い会議を持たざるをえなかっただろうね」(ティエリー・グヴヌー、レース委員長、ミックスゾーンインタビューより)

ジャック・バウアーもまた、転んだ。チームメートの区間勝利から9分近く遅れて、フィニッシュラインを越えた。あの日がっくり肩を落としていたニュージーランド人は、ずぶ濡れになった上に、右腰をしこたま打ちつけ、あちこちに切り傷をつくりながらも、仲間の待つチームバスへと大きな笑顔で帰って行った。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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