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紺碧の海岸線から走りだし、エメラルドグリーンの丘陵地帯を抜け、岩肌むき出しの厳しい難峠を越えたら、ターコイズブルーがプロトンの眼前に広がる。2つの海のレース。イタリア半島西のティレニア海岸から、東アドリア海岸までの、美しく、過酷な旅。
「パリ〜ニースとの日程重複をどうにかできないものか」。こんなふうに開催委員会が訴えていたのは、わずか数年前のことだった。あちらの太陽へと向かうレースは、こちらより3日早く開幕するし、しかもツール・ド・フランス大本営の主催だ。そのせいで以前は、たしかに、選手やメディアの関心はフランスへと流れる傾向にあった。「両大会の日程をずらせば、お互いにとって有利となるはずだ」という元開催委員長の言葉には、「そうすれば、もっとこちらへの注目度が上がるのに……」という本音が隠されていたに違いない。
だが幸いなことに、イタリアに追い風が吹いてきた。やはり2011年に、ローマ神話の海の神ネプチューンの持ち物であった「三叉の銛」が、海底で発見され、引き上げられ、ティレーノ〜アドリアティコ勝者のシンボルとなったおかげだろうか……!?
というのは単なる話題づくりとして、本当のきっかけは、平坦ステージの多い「ミラノ〜サンレモの前哨戦」的レースから、2011年に、難関山岳を織り交ぜた「ミニ・グランツール」へとスタイルを一新したこと。効果は抜群だった。特に2013年は総合優勝ヴィンチェンツォ ニーバリ、2位クリス フルーム、3位アルベルト コンタドール、2014年は総合首位コンタドール、2位ナイロ キンタナ、3位ロマン クロイツィゲルと、まさしくグランツール並の顔ぶれが表彰台を彩った。
すべき第50回大会を迎える2015年も、とてつもなく出場メンバーは豪華だ。キンタナ(ジロ)、ニーバリ(ツール)、コンタドール(ブエルタ)という2014年グランツール覇者が勢揃い。そこに2013年ツール覇者のフルームも加わって、まさしく現プロトンのグランツール「トップ4」がスタート地に集結する。イヴァン バッソ、ミケーレ スカルポーニ、ライダー ヘシェダルとジロ・デ・イタリア総合優勝経験を持つベテランや、リゴベルト ウラン、ホアキン ロドリゲスという表彰台経験者もやってくる。
果てにはフランス自転車界希望の星であるはずのティボー ピノやピエール ローランさえ、自国のパリ〜ニースではなく、あえてイタリア入りを選んだ。「だって難しい山岳ステージを、真の強豪たちと戦いたいから」(ローラン)。つまり2015年ジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランスの前哨戦が、3月のティレーノ〜アドリアティコで繰り広げられることになる!
もちろん、開催委員会は、閉幕直後に行われるミラノ〜サンレモのことも忘れてはいない。マーク カヴェンディッシュ、ファビアン カンチェッラーラ、ゲラルド ツィオレク、フィリッポ ポッツァートと「クラシチッシマ=クラシックの中のクラシック」の過去の勝者も軒並み参戦。ついでにペーター サガンやズデネク シュティバルも加わって、春一番のモニュメントクラシックへ向けた最後の実践練習を繰り広げるはずだ。
ティレニア海岸のチームタイムトライアルで始まって、アドリア海岸の個人タイムトライアルで締めくくり。初日は海水浴場リド・ディ・カマイオーレの、真っ直ぐな海岸道路を往復する。ちなみに2015年は3大ツールすべてにチームタイムトライアルが組み込まれているから(ジロ17.6km、ツール28km、ブエルタ7.4km)、初日の全長22.7kmの団体戦もまた、ビッグリーダーたちが今大会を選んだ理由のひとつ。……の予定だったが、開幕2日前、悪天候による道路事情の悪化が原因で、チームタイムトライアルは急遽中止。5.7kmの個人タイムトライアルに入れ替えられた。最終日の舞台は、1967年から変わらず、サン・ベネデット・デル・トロント。今年は全長10kmのビーチラインTTが用意されている。
水平線の眺めもいいけれど、イタリアは、陸地の風景もため息が出るほど素晴らしい。海を離れて内陸へと切り込んでいくと、世界遺産級の建築物や城壁に囲まれた中世都市、山の上にそびえ立つ廃城等々が、コースのあちこちに散りばめられている。たとえば第3ステージゴール地のアレッツォは旧石器時代の遺跡さえ残っており、フィニッシュラインへと誘う坂道は、サン・ドナート聖堂へと続く細い路地の石畳道。目の前の丘に建つのは、トスカーナ一帯に君臨したメディチ家の城塞だ。それに名もなき小さな村や町だって、それぞれに古い歴史を隠し持っている。
リーダージャージ争奪戦は、大会4日目に本格化する。ラスト25kmで、クリスピエロ峠(登坂距離4.2km、平均勾配6.7%、最大15%)を2回上って下りる第4ステージは、相次ぐアタックと、高速チェイスで、スリリングな展開となること間違いなし!山頂からフィニッシュまでは6kmの下り後で、ラスト500mが4%の上り坂。上り強者であるだけでなく、下り巧者であらねばならない。
一方で翌日第5ステージはいわゆる「本格派」の難関山岳ステージ。ステージ前半には3つの起伏が待ち受け、標高1675mテルミニッロ峠での山頂フィニッシュで締めくくられる。全長16.4kmの山道は、平均勾配7.2%、最大12%。ローマから100kmの距離にあり「ローマの山」とも呼ばれるテルミニッロ山は、ジロ・デ・イタリアで過去9回のステージフィニッシュを受け入れてきた。しかもこの山を制した9人中3人(1937・1938・1939年)が同年にマリア・ローザを勝ち取っているから、今年のジロ行きを宣言しているコンタドールやウランは、この山で勝って幸運を味方につけておきたいところ!別の3人(1936・1997・2003年)がジロ総合2位で終わっていることは、この際、目をつぶろう……。
とにかく、なにやら逆説的ではあるけれど、このテルミニッロを大いに沸かせた山男こそが、海の青をイメージしたリーダージャージ「マリア・アッズーラ」と海神のトリデンテを持ち帰ることになる。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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