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雨がプロトンを分断した。濡れた下りがダウンヒラーの脚を奪った。スカイとBMCがレースの主導権を奪い合い、カチューシャは見事な献身で火を消し止めた。伝統のゴール地ヴィア・ローマでは、26人のゴールスプリントが繰り広げられた。表彰台で天を仰ぎ、感激の涙を流したのは、ジャイアント・アルペシンのジョン デゲンコルブだった。
293kmの長距離戦が動き出したのは、残り60kmを切ってから。序盤に逃げ出した11人に一時は10分以上の差を許し、後方プロトンは黙々と一定リズムでペダルをこぎ続けた。雨や寒さの中で体力を無駄に消耗してしまわぬよう、本物の勝負の時をひたすらじっと待ちつづけた。眼前にリグリア海への眺めが広がり、「3つの頭」トレ・カピが徐々に近づいてくると、多くの選手たちががそわそわと雨具を脱ぎだした。それが合図だった。エティックス・クイックステップが先頭でペースを上げ、ティンコフ・サクソが引き始め、スカイが隊列を組み上げる。スピードは一気に上がり、タイム差は急速に減り、メイン集団は後方から細かく千切れ始めた。
3つ目のカポ、カポ・ベルタの下りでは、集団の前方がばっさり割れた。前からルーク ロウ、ゲラント トーマス、ベン スウィフト、サルヴァトーレ プッチォの順番で、スカイ列車がダウンヒルを先導している、ちょうどその時だった。4番目のプッチォが、カーブでつるり。濡れたアスファルトへと横倒しになり、背後の選手が次々と巻き込まれた。
前から3人、つまりロウ・トーマス・スウィフトは、チラリ、と後ろを振り向いた。すぐに前方へと向き直ると……、そのまま突進を始めてしまった!フィニッシュまでいまだ残り35km。スカイトリオはまるでチームタイムトライアルのように、一心にペダルを回し続けた。
「プッチォとスタナードという大切な選手を落車で失ったけれど、引き換えに我々チームは好ポジションへと躍り出た。もしも最後まで運が味方してくれたら、『G』(ゲラント・トーマス)は勝利を争える立場につけていたはずだった。もしも、ルーカ パオリーニが、全速力で彼を捕まえにこなければ……」(スカイ監督ダリオ・チオーニ、チーム公式HPより)
まずはロウが猛烈に牽引役を務めた。前を行くエスケープの残党を次々と捕らえ、追い抜いた。ゴール前30kmを切り、勝負峠チプレッサに入ると、トーマスとスウィフトだけが先を急いだ。
マーク カヴェンディッシュのためにどうにかゴールスプリントに持ち込みたいエティックスが、必死の追走を行ったせいで、上りの途中で、スカイの2人はメーン集団に強制的に引きずり戻されてしまう。朝からの逃げもすべてきれいに吸収された。それでもスカイは、全力疾走をやめようとはしなかった。集団内にまぎれていたラーシュペッテル ノルダーグが、すかさず先頭に姿を現すと、トーマスとスウィフトを背後に従えハイスピードで山を駆け上った。集団は細長く伸び、ついには一列棒状となった。最後尾ではディフェンディングチャンピオンのアレクサンドル クリストフが、苦しげにしがみついていた。
チプレッサからの下りを極めて慎重に、しかし高速でクリアすると、直後に、集団からBMCのダニエル オスが飛び出した。すると「G」も呼応するように、再びスピードアップ。ゴールまで16km、オスとトーマスは、2人して先を急ぎ始めた。
チプレッサの上りで、すでにBMCは、フレフ ヴァンアーヴェルマートに攻撃参加させていた。オスが先に行った後は、追走集団の前方にすかさず4人配置した。ペーター サガン擁するティンコフの加速要求を上手くいなしつつ、レース制御に勤しんだ。オスとトーマスのリードは、ゴール前13kmで、30秒にまで広がった。ついに我慢のできなくなったトレックが、ファビアン カンチェラーラを好位置に送り込むために、追走の音頭を取り出した。ゴール前10km、タイム差は20秒。ヴィンチェンツォ ニーバリのアスタナもスピードを上げた。最後の勝負地、ポッジオの坂道には、17秒差で突っ込んだ。
ここでカチューシャがついに腰を上げた。3人で集団前方へと競りあがると、ぐいぐいと差を縮めにかかった。特にルーカ パオリーニが、クリストフを背負って、驚異的な脚を披露した。トーマスもまた、驚異的だった。残り7.7km、3秒差にまで詰められたところで、最後の反撃に打って出る。トラックのチーム追抜で五輪金メダル2つ、世界選アルカンシェル3枚を有するエリートルーラーは、再び差を15秒にまでこじ開けた。38歳のベテランヒップスターは、慌てることなく、ダンシングスタイルでテンポを刻み続けた。
役目を終えたオスと入れ違いで、BMCはフィリップ ジルベールがアタックを仕掛け、山頂付近でヴァンアーヴェルマートも動いた。サガンも自ら反応し、オリカ・グリーンエッジのマイケル マシューズもいよいよ攻撃モードに切り替えた。そしてポッジオのテクニカルな下りへ――。
トーマスの幾度にもわたる奮闘に、ここで終止符が打たれた。ヴァンアーヴェルマート率いる細長い集団に、あえなく飲み込まれていった。何人かの有力候補は、高速ダウンヒルに失敗し、やはり勝負を争える位置に留まれなかった。ヘアピンカーブでジルベールが地面に転がり落ちた。「ポッジオの下りは僕向き!」と嬉々として語っていた世界王者ミカル クヴィアトコウスキーと、この日すでに何度か加速を仕掛けていた元シクロクロス世界王者ゼネック スティバール、さらには2013年大会覇者ゲラルド チオレックをことごとく巻き込んで。
「僕の落車に巻き込まれてしまった選手たちには、本当に申し訳ないことをした。スポーツというのは残酷だね。僕はボアッソンハーゲンのすぐ後ろで下っていた。彼が少しカーブで膨らんだから、僕も彼の動きに合わせたんだ。ブレーキを効かせた瞬間、車輪が横滑りした。そのまま地面に転がり落ちた。続けてかなり大量の選手たちが、同じように、転んだ」(ジルベール、ゴール後TVインタビューより)
幾多の試練を潜り抜け、7時間の長丁場を耐え続けた約30人の小さな集団が、サンレモの街へとたどり着いた。雨に悩まされたプロトンの頭上には、春の太陽が顔を出していた。すでに十分すぎるほど働いたパオリーニが、最後まできっちりと任務を遂行した。するすると前方へと進み出ると、この日最後のカーブを先頭で曲がり、ヴィア・ローマへと滑り込んだ。フィニッシュライン200mまで最後の力を振り絞ると、1年前と同じように、リーダーのクリストフを解き放った。
「少し仕掛けるのが早すぎたんだと思う。あと50m待ってから、スプリントに入るべきだったのかもしれない。でも、僕には、あれしか選択肢は無かった。だって自然と先頭に押し出された形になったわけだから。今日のルーカは、ポッジオでもラストでも、本当に素晴らしい仕事をしてくれた。あれ以上は要求できないほどだった。正直に言うとほんの一瞬、勝った、って思ったんだけど」(クリストフ、チーム公式HPより)
1年前のルンゴマーレと違ったのは、ヴィア・ローマはほんの軽い上り基調だったこと。すでにチプレッサの上りで苦しめられていたクリストフは、左斜め後ろから猛スピードで迫ってくる影を、振り払うことが出来なかった。あと、50m。
「フィニッシュライン50mの地点では、クリストフを倒すのはもう無理かもしれない、と考えていたんだ。だって彼は本当にハイスピードでスプリントを切ったからね。それでも最後まで自分を信じ続けた。あの時点ではパワーでもスピードでも叶わなかったのに、ほんのライン直前でクリストフが事切れた。こうして僕が一番にラインを越えたんだ」(デゲンコルブ、レース公式記者会見より)
リラックスして、冷静に。ポッジオまではひたすら「脚をためること」だけを頭の中で繰り返し唱え続けた。集団前方から遠すぎず、かといって集団後方に近すぎず、適度なポジションを保つことを心がけた。293kmじっと息を潜めてきたジョン デゲンコルブは、最後の数メートルで、突如として最前線へと躍り出た。キャリアで一番美しく、最も威厳の高い勝利を、「バランス感覚」でつかみとった。所属チームのジャイアント・アルペシンにとっては、2005年チーム創設以来となる、初めての「モニュメント」勝利だった。
失速クリストフは2位に終わった。マシューズはサガンとハンドルを投げ合った末に、3位に食い込んだ。意欲的に攻めたスカイはスウィフトの13位が、BMCはヴァンアーヴェルマートの19位が最高位だった。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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