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前日以上に大きな集団が、スタート直後に飛び出した。前日とは違い、アスタナがレースの主導権を奪い取った。若きファビオ・アル擁する水色の列車は、2つの3級峠を戦場に変えた。さらに若きダヴィデ・フォルモロが、恐ろしいスピードで追いかけてくるビッグネームたちを振り払い、130kmを逃げ切った。オリカ・グリーンエッジがチーム内で引き継いできたマリア・ローザは、サイモン・クラークが無事に守り抜いた。リゴベルト・ウランはタイムを失った。
灼熱の太陽が、プロトンを照らしつけた。5月だというのに気温は摂氏30度を超えた。「暑いのは決して苦手ではないんです。でも、急激すぎる気温の上昇に、体がなかなかついていけないのがきついですね」と石橋学は苦笑いした。「前日同様に厳しいコースだけど、今日は最後の上りの勾配がもっときつい。総合順位も大きく変動するかも」と別府史之は予言した。
きつい暑さにも、コースの厳しさにも負けず、とてつもない数の選手が攻撃を試みた。スタートライン前列に並んだ別府もまた、その1人だった。20kmを過ぎて、ようやく29人の大きな塊が出来上がる。その中には、前日同様に、サイモン・クラークとエステバン・チャベスのオリカ山岳コンビの姿があった。山岳ジャージ姿のパベル・コシェトコフも遅れて後を追いかけ、30人目のエスケープ選手となった(結局1ポイントも取れなかったが、ジャージは守った)。
なにより総合大本命の面々は、前方に選手を送り出すことを忘れなかった。ティンコフはロマン・クロイツィゲルを、アスタナはダリオ・カタルドとダヴィデ・マラカルネ、アンドレイ・ゼイツを、スカイはサルヴァトーレ・プッチォとカンスタンティン・シウトソウを。こんな彼らの存在が、後に、アルベルト・コンタドール、ファビオ・アル、リッチー・ポートというリーダーを支えることになる。対してリゴベルト・ウラン擁するエティックス・クイックステップは、誰1人としてエスケープに人員を潜り込めなかった。
先頭集団は、メインプロトンから10分差を奪った後でさえ、アタック合戦を止めようとはしなかった。ようやくゴタゴタが終結したのは、ゴール前20km。ダヴィデ・フォルモロが、たった1人、鮮やかに飛び出して行った。
「僕にとっては初めてのジロで、もちろん初めてのグランツール。初めての3週間のレースだ。つまり、ここには、自分の限界を知るためにやってきた。だから成績は一切考えず、気負わず行くつもりだった。でも、今日は、チャンスが目の前にやってきた」(フォルモロ、公式記者会見より)
メインプロトンは、当初は、逃げ損ねたエティックスが引いていた。ところが、3級トレミネ峠が近づいてくると同時に、アスタナがほぼ全員体制で集団前線へ競りあがる。そして、猛然と、スピードアップを敢行した。
山道に入ると、カザフ列車はさらに唸りを上げた。マリア・ローザのマイケル・マシューズを振り落とし、メイン集団を20人程度にまで小さく絞り込んだ。山を上り終わり、アルがアシスト5人に悠々と囲まれている一方で、ライバルチームの被害は甚大だった。コンタドールはアシスト1人、ポートはアシスト2人、ウランはアシスト0人という惨憺たる状況だった。
アスタナは決して速度を緩めなかった。ゴール前10kmに立ちはだかる3級ビアッサでは、アル自らが動く番だった。すでにアシストは2人にまで減っていた。しかしコンタドールは、最後の補佐役(マイケル・ロジャース)を失ったばかりだ。……だからこそ、アルは飛び出した!
コンタドールとポートはすかさず背中に張り付いた。しかも、逃げの残党は、すぐ目の前にいた。エスケープ内に残っていた頼もしいアシスト(アル=カタルド、コンタドール=クロイツィゲル、ポート=シウトソウ)が、すぐにそれぞれのリーダーの補佐役にまわった。しかし、総合候補の中でウランだけは、アルの動きについていけなかった。助けてくれる仲間も、いなかった。
「厳しい1日だった。アスタナが最初にテンポをあげたときは、ついていくことが出来た。その後も全てがうまく行っていた。でも、最後の上りで、苦しくなってしまった。アルの加速についていけなかった。そこから先は、できる限りタイムを失わぬよう、自分のリズムで上ることに決めた」(ウラン、チーム公式リリースより)
上りで一旦遅れたのはクラークも同じ。前日は130km、この日も130kmを逃げ集団で過ごしたオージーは、最大勾配14%の激坂で、500mの絶望を味わった。
「強豪たちに追いつかれるにしても、山頂になるべく近い地点で追いつかれますように、って祈っていた。幸いなことに、追いつかれたのは、山頂まで500mの地点。でも、この500mが、僕にとってはひどく長かった」(クラーク、公式記者会見より)
しかも、ウランを完全に払いのけようと、アル・コンタドール・ポート集団はさらなる猛スピードでフィニッシュラインへと突っ込んでいく。それでも下りで、クラークは追いついた。
「追いついた後も、彼らにしがみついていくのは、ひどくハードだった。でも、ゴールの先に、マリア・ローザが待っていると分かっていた。普段以上のモチベーションがあった」(クラーク、公式記者会見より)
あまりにも興奮しすぎて、クラークはおちゃめなミスも犯した。メイン集団内のスプリントを制した瞬間、フィニッシュラインで、両手を上げてしまったのだ。しかし22秒前に、本物の勝者が両手を上げていた。22歳のフォルモロが、イタリア自転車界を興奮させる、センセーショナルな独走勝利をつかみとっていた。初グランツールわずか4日目の、見事な区間勝利だった。
ところで2014年イタリア国内選手権では、ヴィンチェンツォ・ニーバリに次ぐ2位に入ったフォルモロだけれど、まだまだメディアにとっては「新顔」だ。おのずと優勝記者会見では「自転車を始めた年齢は?」「憧れの選手は?」「サッカーは見る?」「英語は大丈夫?」なんていう質問が飛び交った。あどけなさの残る顔には似合わず、落ち着いた低めの声で、プロ2年目のフォルモロは丁寧にひとつひとつ答えた。
「自転車は6歳で始めたんだ。家族はみんな自転車の大ファンで、プロこそいないけれど、みんなアマチュアとして自転車に乗っていたよ」「僕の英雄はイヴァン・バッソ。自転車界の発展に大いに尽くした選手だと思う」「好きなサッカー選手はいないけど、地元のキエーヴォを応援してる」「学校でも文法とかを習ったけど、今のチームに入って、単語をたくさん覚えたよ」(フォルモロ、公式記者会見より)
クラークは誇らしそうにピンク色のジャージに着替え、表彰台の上で、改めて両手を突き上げた。2012年ブエルタで山岳賞ジャージを持ち帰ったオージーは、かつて5年間暮らしていたイタリアで(イタリア語も随分と流暢だ)、キャリア最高の栄誉に酔いしれた。また、一緒に逃げたチャベスも最後まで踏ん張り、10秒遅れの総合2位につけている。
「すごくスペシャルな瞬間だね。フィニッシュラインではおもわず感情が溢れてしまった。だってチームにマリア・ローザを留めおくことが出来て、とてつもなく嬉しいんだ。気持ちを抑え切れなかった。昨日の逃げは、スプリントのための布石だった。それは理解していた。すなわち、自分のチャンスを失うという意味だから、少々気分的にはきつかったけど。でも、今日、再び飛び出した。ジャージというご褒美を手にいれた」(クラーク、公式記者会見)
アル、コンタドール、ポートはクラークと同じ12人の小集団でゴールした。コンタドールはクロイツィゲルに次ぐ同タイム総合4位に浮上し、6秒差でアルが総合5位に、20秒差でポートが総合10位につけた。ウランは42秒遅れてフィニッシュし、コンタドールとの差は54秒に開いた。
ゴール直後のアルは、少々不機嫌そうだった。
「今日のチームの働きに、感謝したい。チームメートたちは、最初から最後まで、素晴らしかった。僕もで切る限りの力を尽くした。まだ17ステージ残ってる。気持ちを強く持って、集中し続けなくては」(アル、TVインタビューより)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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