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99%大集団スプリンターゴール向けのコースだったというのに、1%に賭けた男たちが、逃げ切り勝利を決めた。大当たりを引き当てたのはニコラ・ボエムだった。しかも、総合争いには何の影響も及ぼさないはずのこの日、リッチー・ポートがタイムを大幅に失った。単純なパンクだったはずなのに、チームカーやチームメートたちのちょっとしたケアの遅れが、最終的には2分47秒もの損失につながった。
雲ひとつない青い空と、深い青をたたえたアドリア海が、休養日明けの選手たちを迎え入れた。ひどく厳しかった序盤9日間の戦いの疲れを、しっかりと癒やした188選手が、元気にスタートラインから飛び出していった。
すぐに5人の逃げ集団が出来上がる。オスカル・ガット、ニコラ・ボエム、アレッサンドロ・マラグーティ、マッテオ・ブザート、そしてアラン・マランゴーニという、イタリアの5人衆がエスケープを作り上げた。集団内での意思疎通に問題はなかった。マランゴーニを除けば全員がプロコンチネンタルチーム籍で、できる限り長い間ジャージアピールを行う義務を担っていた。しかも、マラグーティはこの日のゴール地フォルリの生まれで、マランゴーニはフォルリからほんの30kmほど北に上がったルーゴの出身。2人のモチベーションは極めて高く、なにより道の特徴や風向きを完全に理解していた。
5人を見送ったメイン集団では、スプリンターチームが制御権を握った。第1週目にさんざん前線で働いてきたティンコフ・サクソとアスタナは、少々控えめにペダルを回した。代わりにアンドレ・グライペル擁するロット・ソウダルや、ルカ・メズゲッツを勝たせたいジャイアント・アルペシン、そしてジャコモ・ニッツォーロを守るトレックファクトリーレーシングが、とりわけ熱心にタイム差コントロールに務めた。別府史之もステージ半ばから、最前線で牽引作業を続けた。
一時は4分45秒まで開いたタイム差は、ゴール前60kmで、一気に2分半に縮まった。ここで、いくつかのチームが、態度を変えた。
「選手たちに待つよう指示をした。グライペルのチームにプレッシャーをかけて、ゴールスプリント時にグライペルを孤立させようと考えたんだ」(トレック監督アドリアーノ・バッフィ、チーム公式HPより)
ニッツォーロやメズゲッツのアシストたちは、第6ステージでスプリントを制した「ゴリラ」とその仲間たちに、追走の全責任を負わせることにした。マッテオ・ペルッキがステージ半ばで自転車を下りたせいで、IAMはもはやスプリント隊列に協力する必要はなかった。赤ジャージを着込んだエリア・ヴィヴィアーニにも、リッチー・ポートの護衛という大前提がある。ロット・ソウダルは孤軍奮闘に追い込まれた。チーム総出で働いた。そして、ゴール前25kmになっても、タイム差は2分半のままだった。
「振り返ってみると、断言できる。あの決定は、間違いだった。私は間違った決定を下したし、もはやそれを変えることはできない」(バッフィ、チーム公式HPより)
エスケープの仲間たちは、まるでチームタイムトライアルのように、惜しみなく先頭交代に勤しんだ。南からの追い風も、5人の背中を押した。
残り20kmで差は約2分。ボエムは「いけるかもしれない」と信じ始めた。ゴール前13kmで、唯一のグランツール区間勝利経験者のガットがパンクで脱落してしまったけれど、4人になっても結束は変わらなかった。残り10kmで差は1分20秒。歯を食いしばってリレーを続けた。残り5kmで1分。故郷に先頭で突入したマラグーティは、「鳥肌が立ち、アドレナリンが噴出した」(チーム公式HPより)。そして、残り2kmで、50秒……。
「そこから、小競り合いが始まった。そして、真っ先にマランゴーニが加速した。僕はひたすら自分のことだけを考えた。まるで背中には誰も張り付いていないような、そんな走りをした。ただ怖かったのは、僕がマランゴーニを捉えた瞬間に、後ろからカウンターアタックをかけられてしまうこと。でも後方の2人が苦しんでいることに気がついた。だから100%を尽くすと決めた。フィニッシュラインまで全力で走らなきゃならない、と自分に言い聞かせた。だってこんなチャンスは、100回に1回しか訪れないんだから」(ボエム、公式記者会見より)
2014年ジロの第13ステージでは、区間3勝のナセル・ブアニがチームメイトを働かせず、平坦ステージでの大逃げ勝利が実現した。2012年ブエルタの第13ステージでは、すでに4勝をあげていたジョン・デゲンコルプに誰も協力せず、やはりサプライズが演出された。ちなみに、昨年8月、ボエムにとってのプロ入り初優勝も、実は、平坦ステージでの逃げ切り勝利だった。ツアー・オブ・デンマークの最終日に、フラットな、しかも周回コースで、13人のエスケープを成功させている!
「僕はいつだって、監督に命じられた仕事を、しっかりと果たしてきた。そして今日は、僕が、幸運をつかんだ。チームのみんなにお礼を言わなきゃね。だっていつだって僕を信頼してくれたし、励ましてくれたから」(ボエム、公式記者会見より)
200kmの大逃げの果てに、プロ2勝目をつかんだボエムは、赤いポイント賞ジャージさえ身にまとった。スプリント勝利のチャンスを逃したニッツォーロは、18秒遅れのメイン集団内でのスプリントを制した。チームメートと共に精一杯働き、疲れ果てたグライペルは、7位で1日を終えた。
この日の平坦な道は、スプリンターの希望を断ち切っただけでなく、総合争いの選手にまでダメージを与えた。ゴールまで約6kmに迫った道の上で、リッチー・ポートが、パンクの犠牲にあった。不幸なことに、メカトラや落車による遅れが救済される「ラスト3km」には、いまだ入っていなかった。不幸なことに、ホイールをリーダーに差し出してくれるはずのアシストも、チームカー隊列の前から3番目を走っていたはずの監督車も、ポートの側に急いで駆けつけてはくれなかった。しばらくして、前方で待機していたチームメートたちと合流すると、必死にポートは先を急いだ。しかし、失った時間は、大きかった。マリア・ローザ争いのライバル、アルベルト・コンタドールやファビオ・アルのいたメイン集団から、47秒遅れてフィニッシュラインへとたどり着いた。
泣きっ面に蜂。不運は重なるものだ。ゴール後の審判団会議の結果、ポートにペナルティが課されることが発表された。理由は、オリカ・グリーンエッジのサイモン・クラークから、前輪の提供を受けたから。
UCIの罰則ルール12.1.040/8.2が適応された:「他のチームの選手へのイレギュラーなマテリアル補助/ステージレース/違反1回に付き200スイスフラン、ペナルティは2分、5分、10分、4度目の規則違反で大会追放」
ちなみにUCIルール2.3.12でも、以下のように言明してある:「全ての選手間で小さな助け合い、例えば食べ物や飲み物、スパナやアクセサリー類の貸し借りや交換は許可される。ホイールやバイクの貸し借りや交換、もしくは遅れた選手や、事故に遭遇した選手を待つことは、同じチーム内の選手に限ってのみ許される。背中を押す行為はいかなる場合でも禁止であり、レース除外に処す」
オージー同士による、美しき助け合いには違いなかった。しかし、いかに善意の行動であれ、ルールはルール。全ての選手に対して、厳密に適応されねばならない。ポートは2分(と200スイスフラン)のペナルティを喰らった。休養日前は22秒遅れの総合3位だったというのに、休養日翌日には3分09秒遅れの総合12位まで転落してしまった。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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