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誇りを取り戻すために、ファビオ・アルは飛び出した。この20日間、自分を支え続けてきてくれたチームメートやスタッフの信頼に応えるために、疲れた体に鞭を打った。山の上に雄叫びが鳴り響いた。経験豊かなアルベルト・コンタドールは、あえてアルを追わない決断を下し、状況制御しつつマリア・ローザをしっかりと守った。
フィニッシュラインへと続く最終ストレートの先には、マッターホルンの「角」が聳え立っていた。名峰での栄光を勝ち取ろうと、多くの選手がアタックを仕掛けた。しかも行く手には3級峠が1つ+1級峠が3つ。山岳賞の青いジャージ狙いも残り2日となり、可能性を追いかける者たちがポイント収集に走り出た。スタートから34km地点で9人が飛び出し、メイン集団には4分半ほどのリードを奪った。
逃げ切り勝利に関しては、誰一人として目標を達成できなかった。ゴール前40kmの、2つ目の1級峠に脚を踏み入れると同時に、ジョヴァンニ・ヴィスコンティが独走を始めた。ただし2013年ジロに、大雪のガリビエ峠まで逃げ切ったような、そんな快挙の再現はならなかった。ゴール前11kmで逃げには終止符が打たれた。
一方のマリア・アッズーラ争いに関しては、ヴィスコンティがしっかりと手に入れた。実は前日まで山岳賞4位につけていたカルロスアルベルト・ベタンクールも、逃げに入っていたのだけれど……、1つ目の1級峠であっさりと前線から脱落してしまった。前ステージ終了時点で1pt差2位につけていたベナト・インサウスティは、メインプロトン内でポイント収集に勤しんだのだけど……、終わってみればチームメートに青いジャージを奪われていた。
「このジャージは僕にとって、小さな償いのようなものかな。いや、きっと、『小さな』ではないね。だってジロの最終盤でマリア・アッズーラを着るというのは、重要な意味を持つ。これまでたくさんの努力を重ね、多くの山を先頭で越えてきた証拠なんだ」(ヴィスコンティ、チーム公式HPより)
ヴィスコンティは独走で1級峠×2を先頭通過したおかげで、山岳賞6位から一気に首位までジャンプアップ。2位のステフェン・クルイスウィクを16pt、インサウスティを18pt上回った。もちろん、第20ステージは、チーマ・コッピ45pt+3級7pt=最大52ptを獲得できる。データ上では一応、5位のベタンクール(75pt)まで逆転可能だ。
後方のメイン集団では、アスタナが水色の列車を走らせていた。たしかに、第16ステージのモルティローロや、第18ステージのオローニョのような、ドラマチックな動きは見られなかった。しかし、今大会すでに幾度となく繰り返してきたように、黙々と先頭で集団を小さくしていった。最終峠の麓まで6人で隊列を組み、特にコンタドールの周りから徐々にアシストを引き剥がしていった。
ヴィスコンティを吸収した直後だった。カンスタンティン・シウトソウが仕掛けたアタックが引き金となったかのように、総合2位ミケル・ランダが加速を切った。コンタドールは当然のごとく、すぐに後輪に飛び乗った。ライダー・ヘシェダル、アル、クルイスウィク、そしてリゴベルト・ウランも合流し、小さな先頭集団を作り上げた。
続くアルの加速に真っ先に反応したのは、コンタドールではなく……ヘシェダルだった。2012年ジロ総合覇者は、1週目の分断でタイムを大幅に失い、2週目は落車に巻き込まれた。総合優勝の望みはあっけなく遠ざかった。連日のように大逃げにトライしたけれど、区間勝利にも手が届かなかった。前日はコンタドールと協力して先を逃げ、幸いにも、総合順位を1つ上げた(9位)。ただし、史上初のカナダ人グランツール王者は、「トップ10なんかで満足できるはずがない」と語っていた。
ゴール前8.5km、もっと上を目指すために、ヘシェダルは集団から抜け出した。そこから約1km先で、再びアルも加速した。今大会ほんの1日だけマリア・ローザを身にまとった24歳は、白い新人賞ジャージ姿で、がむしゃらに飛び出していった。
コンタドールは、やはり、アルを追わなかった。第16ステージの終わりに総合2位から3位へと陥落し、すでに6分05秒も遅れていたイタリアの星を、自由に先へと行かせた。代わりに5分15秒遅れの総合2位ミケル・ランダの背中に、文字通りぴたりと張り付いた。
「タイム差が近いランダだけを警戒した。最終盤に戦術的決定を下さなければならなかった。ランダとアルが、最終峠で、交互にアタックを仕掛けてくる可能性があったから。もちろん僕だって区間を勝ちたかったさ。でも、選手たちに、ステージ勝利とマリア・ローザのどちらが欲しいかって聞いてごらんよ。みんなマリア・ローザって答えるだろうから」(コンタドール、チーム公式リリースより)
ライバルの監視から解き放たれたアルは、ヘシェダルに合流し、そしてゴール前6km、1人で前に飛び出した。敵をふり払うために、2度、3度、執拗に加速を繰り返した。2014年ジロでモンテカンピオーネを、2014年ブエルタでサンミゲル・デ・アララルとモンテ・カストロベと、いずれも山頂フィニッシュを手に入れてきた若きヒルクライマーは、新たな登頂に向かって漕ぎ出した。
「ラスト7kmは、モルティローロステージのラスト50kmと同じくらい、苦しい試練だったよ。でも、これぞ、このスポーツの姿なんだ。このスポーツは苦しみの上に成り立っている。あらゆる種類の考えが、僕の頭の中をよぎった。でも、悪い考えに影響されてはならないことくらい、これまでの経験で分かっていた」(アル、公式記者会見より)
スイス国境近くの、フランス語圏のイタリアの山々を、アルはまるで「地元」のようによく理解していた。この一帯で行われるU23レース、ジロ・デッラ・ヴァレ・ダオスタ・モン・ブランには若き日に3度参加した。20歳で総合4位に、21歳と22歳では総合優勝を果たした。それに、苦しみの先には、歓喜が訪れることも。幸いにも、28秒差の独走ゴールだったから、山頂では喜びの感情を身振り手振りで表現する時間がたっぷりあった。
「この勝利は、なんだか特別な味わいがするね。だって数日間すごく調子が悪くて、なんとかやり過ごした後に訪れた、予測もしていなかった勝利だから。ただし、この勝利で、満足し切ってしまうことはない。このジロを最後まで走りたい。それから休養を取って、それから、次の目標に向かって準備を始めるんだ」(アル、公式記者会見より)
この勝利でアルは、総合2位の座さえも取り戻した。というのも、コンタドールはランダを監視したまま、追走はほぼスカイ(ミケル・ニエベが総合6位レオポルド・ケーニッヒを牽引した)に任せておいたから。ウランが単独で先に行ってしまったけれど、3週間前の総合優勝本命で、今では総合16位の男を、追いかける理由など一切なかったから。こうしてコンタドールはアルから1分18秒差でフィニッシュラインを越え、つまりランダはアルから1分18秒を失った。4分37秒差でアルが総合2位で、5分15秒差でランダが総合3位。コンタドールにとって、安泰すぎるほどのタイム差であることには、変わりはなかった。
「難しい1日をまたしても上手くやり過ごすことが出来て、本当に嬉しいよ。明日はすごく素敵なステージだね。上りは非常に難しい。もしかしたら、今日の上りよりも、ハードかもしれない。僕の仕事は、あらゆるアタックを耐え切ること。そして、もしかしたら、僕がアタックを仕掛ける日になるかもしれない」(コンタドール、チーム公式リリースより)
ヘシェダルは9位からさらに2つ順位を上げて総合7位へ。ケーニッヒは6位から総合5位へステップアップ。総合5位から9位までは、いまだ2分06秒差でひしめき合っている。マリア・ローザと表彰台の両脇の顔ぶれは、もはや「ほぼ」動かしようがないけれど……、総合トップ10内の順列付けは、第20ステージのセストリエーレ山頂で確定する。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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