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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2020 レースレポート:第5ステージ】ブエルタ初参戦で手にした初区間勝利!ティム・ウェレンス「ブエルタに来るのだってちょっと怖かったんだ」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか表彰台で手を振るティム・ウェレンス
大会2日間で2度の逃げは収穫なし。ただし「トライしなきゃ勝利は手に入らない」と毅然と語っていたティム・ウェレンスは、5日間で3度目の挑戦を、見事に成功へと結びつけた。手にしたご褒美は今年初めての勝利だけではない。山岳ジャージに、所属チームとの契約更新さえついてきた。ついでに言うと愛妻ソフィーさんの25回目の誕生日だった!
「信じられないほど調子が良かった。チームの目標は区間1勝だったから、これほど早い段階で達成できて最高だ。この先の2週間はストレスなく過ごすことができる」(ウェレンス)
2020年ブエルタ・ア・エスパーニャにとって、新型コロナウイルスとの戦いは続く。第5ステージのスタート地ウエスカでは、次週月曜日の同地方の警戒レベル引き上げに伴い、2日前から自治体への出入りが原則的に禁止された。たしかに「職業上の理由」であれば移動は可能とされているが..市当局と開催委員会は、国際会議場前からのスタートと市内のパレードランを取り止めた。スタートエリアを郊外の工場地帯に移動し、無事にステージは走り出した。
開幕からの3日間が総合争いで、4日目がスプリント。ならば5日目は..「普通に考えれば逃げ向きの日だよ」(プリモシュ・ログリッチ)。誰もが思うことは同じ。スタート直後にこうして14人が飛び出した。
ところが思い通りにタイム差は開かない。後に「計画通り」とマイヨ・ロホが認めたとおり、ユンボ・ヴィスマが1人送り込んだせいかもしれない。逃げ遅れたカハルラルとブルゴスBHが、メイン集団前列で猛烈に追走を続けたせいでもある。時速53km近い追いかけっこは1時間半近く続き、いつまでたってもリードは30秒前後で膠着状態のまま。ついに約70km地点で14人は力尽きた。
新しい逃げは約95km地点でできあがる。まずは6人が動き、さらに5人が追いかけた。今度こそ逃げは許容されたようにも見えた。なにしろこの11人はわずか10kmほど走っただけで、楽々と1分半のタイム差を奪ったのだ。
ただやはり問題があった。再びユンボが紛れていたのだ。しかもそれが総合6位・44秒差のセップ・クスだったものだから..メイン集団の総合系チームが見逃すはずなどない!
追走に動いたのは、総合3位リチャル・カラパス擁するイネオス・グレナディアーズだった。5人の隊列を組み上げると、勢力的に集団牽引を始めた。しかも前方では「暫定マイヨ・ロホ」がひらり、ひらり、と時おり楽しそうに加速を打つものだから、ますますイネオスは懸命に追った。
総合争いに巻き込まれる前に、早めに11人から抜け出した選手がいた。それがテイメン・アレンスマンとティム・ウェレンスであり、さらにはギヨーム・マルタンだった。すでに第1の逃げで70km近く前にいたマルタンは、改めてひとりで10km近く追いかけた。そして残り65kmでクスを含むグループがメイン集団に吸収された一方で、3人は目論見通り順調にタイム差を開いていく。
集団を牽引するユンボ・ヴィスマ
その後もイネオスは仕事を続けた。3分半ほどでタイム差を几帳面にコントロールし続けた。ツール・ド・フランスの終わりに史上最強の自転車選手エディ・メルクスから「正直にプロトン制御に励みすぎ」と批判されたユンボ軍団は、おかげで2列目で静かに過ごすことができた。さすがに残り33km、イネオスが作業を放棄したあとは..マイヨ・ロホ保持チームの責任として前を引く以外の選択肢はなかったけれど。
たしかに今ツール総合11位マルタンや、2018年ツール・ド・ラヴニールでアンダー1年目にして総合2位..つまりタデイ・ポガチャルの次点に入った脅威の20歳アレンスマンは、時と場合によっては警戒すべき人物だ。しかし3人の中で最も総合上位のマルタンでさえすでに10分以上遅れている。ユンボには急ぐ理由はなかった。4分半まで差は開いた。
ここでなぜかトタル・ディレクトエネルジーがしびれを切らす。序盤の逃げには1人選手を送り込んだが、2つ目には出遅れた。だから残り25kmでプロトン最前列へ3選手を送り込むと、全速力で牽引に乗り出した。ただし他チームからの援護射撃はゼロ。10kmほどの努力の果てに、トタルはむなしく集団後方へと引き下がった。
残り15kmで2分50秒差。もはやプロトン内で追走を仕掛けるチームは存在せず、この時点で3人の逃げ切り勝利はほぼ確実となった。
「3人ともによく協力しあった」と異口同音に語った3人は、残り2.5kmまできてようやく、ほんの一瞬だけ顔を見合わせた。なにしろ最後の約1kmは上り坂で、しかもラスト500mの勾配は10%を超える。ところが、その後は、清々しいほどに駆け引きは見られなかった。ただ3人は慎重にポジショニングを繰り返した。
「3人ともにほぼ同じレベルだった」(ウェレンス)
「0km地点から逃げたし、さらに2つ目の逃げではひとりで追いかけたから、すでに大いに体力を消耗していた。でも3人ともにかなり疲れているように感じた。だから最後は(駆け引きではなく)脚力で決まると思っていた」(マルタン)
「僕はスプリント力がそれほどないから、早めに仕掛けることにした。だけど彼らは互いに牽制しあうことはなかった」(アレンスマン)
すなわち1kmのアーチをくぐると同時に、最前列アレンスマンがアタックに転じると、一切ためらわずウェレンスは後輪に飛び乗った。マルタンは少し出遅れながらもやはり全力で上った。500mで3人は再びひとつになる。
そこから先はウェレンスが毅然とスピードを上げた。20歳の若者はジリジリと後方へと引き離されていった。さらに残り200mで畳み掛けるようにウェレンスが加速すると、がむしゃらな抵抗の果てに、マルタンもついには力尽きた。正攻法でライバルを突き放したウェレンスは、フィニッシュラインで何度も両手を天高く突き上げた。
「ツール前に大きな落車をして、難しい時期を過ごしてきた。ルクセンブルク一周(9月15日〜19日)で復帰したけど、足の調子を取り戻すにはずいぶんと長い時間を要した。だからブエルタに来るのだってちょっと怖かったんだ。でもこうして区間勝利を手に入れることができて、最高に嬉しい」(ウェレンス)
フィニッシュ後に両手をあげて喜ぶティム・ウェレンス
ジロでも上り坂フィニッシュを2度制した29歳にとって、初めてのブエルタ参戦で手にした、初めての区間勝利だった。また第2ステージの山岳6ptに加えて、この日は登場した3つすべての峠で1位通過・13ptを収集。おかげで山岳賞「青玉」ジャージさえ身にまとった。ちなみに2019年ツールでは第2日目から15日間に渡って「赤玉」を守り続けた経験あり。
区間2位のマルタンは総合タイムを2分19秒縮めたが、第12ステージまで総合3位に踏みとどまったツールとは目標が完全に異なる。「明日(第6ステージ)またタイムを落としても構わない。むしろ来週の逃げに備える」そうだ。
さて、残り15kmからまたしても最前列に立たされたユンボ隊列は、今度ばかりは真剣に先頭を引いた。やはりラスト1kmからの急坂と、3つのカーブを警戒していたからだ。坂道手前では前方へ駆け上がってきたモヴィスターやイスラエル・スタートアップネーションと、熾烈な場所取りをも繰り広げた。
残り500mの右90度カーブを、赤ジャージはするりと内を突き、巧みに前から3番目で抜け出した。その真後ろにいたモヴィスターのホセ・ロハスは、車輪を滑らせて落車してしまう。さらに絡み合うようにイスラエルの総合2位ダニエル・マーティン、さらにはダヴィ・ゴデュ、ゴルカ・イザギレが将棋倒しとなった。集団内にはほんのわずかな分断が生まれた。ログリッチは後ろを振り返らずに、フィニッシュまで全力で踏み続けた。
「スプリントに全力を注いだ。どんな1秒だろうが大切だ。こういったチャンスをつかみ、アドバンテージを得なければならない」(ログリッチ)
ただマーティンにとって幸いなことに、そしてログリッチにとっては少々残念なことに、この区間は「集団スプリントが予定されるフィニシュ」に区分されていた。これが意味することは「最終3km以内でアクシデントに巻き込まれた選手は、そのアクシデントが起こった時点で所属していた他の選手と同じタイムを保証される」であり、「前走者の後輪の後端と後走者の前輪の前端が3秒以下の場合は、両者に同タイムが与えられる」である。
おかげで集団トップでラインを越えたログリッチには、後送者を2秒半近くも引き離したというのに、落車した4人を含む58人と全く同じタイムが与えられた。つまり地面に崩れ落ち少し怖い思いをしただけで、総合2位マーティンには一切の被害はなかった。また総合3位リチャル・カラパスもストップウォッチ上では約5秒半を失ったが、ルール上は1秒も失わなかった。
「僕は大丈夫。ちょっとフラストレーションは感じてる。だってステージで好成績を手に入れられると考えていたからね。明日も脚の調子が良いことを願うし、休息日まではこの総合順位を守りたい」(マーティン)
その「明日」にはヨーロッパは冬時間に変わる。最終峠アラモン・フォルミガルでの敵は距離でも勾配でもライバル選手でもなく、もしかしたら気候かもしれない。標高1787mの山頂の予想気温は4度。強い風が吹きつければ、体感気温は一気にマイナス1度まで下がるそうだ。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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