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【ブエルタ・ア・エスパーニャ2020 レースレポート:第3ステージ】あらゆる犠牲と努力が報われる涙の1勝。ダニエル・マーティン「今日は絶対に勝ちたかった」
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさかダニエル・マーティン
20代前半が遠慮なくどんどん才能を開花させるのが昨今の風潮だ。2020年ブエルタ・ア・エスパーニャもまた例外ではない。しかしこの3日目はベテランがいまだ衰えぬ向上心を披露した。モニュメント2勝のダニエル・マーティンが、まさしくクラシック風の急坂を利用して、鮮やかに勝利をもぎ取った。9年ぶりのブエルタ区間勝利はまた、2年3ヶ月ぶりの勝ち星であり、今季加入したイスラエル・スタートアップネーションの仲間と共に手にした初めての喜びだった。
「チームは素晴らしかった。チームメート1人1人が勝利のために自らの役割を果たしてくれた。だからこうして勝利をもたらすことができて、本当に嬉しい」(マーティン)
土曜日に予定されていたイタリア一周のフランス通過中止に続き、日曜日に待ち望まれていたスペイン一周のフランス入国も、消えてなくなった。仏政府による毎週木曜夕方の定例・新型コロナウイルス関連記者発表により、新たに38県が警戒最大地域に指定された。そこには第6ステージで通過予定だったピレネー・アトランティック県と、フィニッシュ地トゥルマレ峠が位置するオート・ピレネー県も含まれた。開催委員会は両県当局との話し合いを経て、コースの変更を決断。本来であれば1級ポルタレ峠、超級オービスク峠、超級トゥールマレー峠が組み込まれた136.6kmのコースは、3級ペトラルバ峠、2級コテファブロ峠、そして1級アラモン・フォルミガル峠をこなす146.4kmへと姿を変えた。オランダ、フランス、ポルトガルを駆け抜ける予定だった2020年ブエルタ・ア・エスパーニャは、つまりスペイン国内だけで完結する。
開幕から3日連続で、プロトンは丘陵バトルへと放り込まれた。スタートと同時にアリツ・バグエス、マーク・ドノヴァン、ニキ・テルプストラ、トッシュ・ファンデルサンド、ウィリー・スミットが飛び出した。後方メイン集団では総合上位2人が属するユンボ・ヴィスマとイスラエル・スタートアップネイションが、淡々とタイム差コントロールに乗り出した。
ところがステージもちょうど残り100kmを切るころだ。3級峠の全長17kmの長い上りへと差し掛かると、強風が吹き抜ける山道で、ピンクのジャージが黄色い隊列を押しのけた。EFエデュケーションファーストが集団牽引に動き出し、最大4分半開いたタイム差をじわじわと縮めていく。さらに山頂が近づくにつれアスタナも最前線へと競り上がる。山の向こうの遮るもののなにひとつない高原の一本道では、グルパマ・FDJも隊列を組んだ。そのうちにモヴィスターも全員を前方へと配置。おかげでプロトン全体の緊迫感は否応なしに高まっていく。
クライマックスは残り57kmでやってきた。直角カーブを右に折れると、プロトンは西へ進路を取る。するとこれまでの強い向かい風から、強い横風へと変わる!……はずだった。
ところが方向転換の直後に、逃げる5人を猛スピードで吸収したプロトンは、ほんの短い競り合いだけで脚を緩めてしまう。恐れていたほどには風は強くなかった。しかも区間前半のようなむき出しの荒野ではなく、沿道には森が広がっている。分断のチャンスも危険もおそらくない。だから異変を察知した数選手が前方へと飛び出すと、あっさりプロトン最前線は横一列に並んだ。いわゆる「蓋」を閉めてしまった。
かといってプロトンにはそれほどのんびりしている時間もなかった。なにしろ道の果てには山頂フィニッシュが待っている。総合を争う者たちに失敗は絶対に許されないのだ。この日2つ目の逃げ集団背後では、またしてもEFが、早々にユンボから制御権をむしり取った。ポール・ウルスラン、アンヘル・マドラソ、ヴァランタン・フェロン、エクトル・サエスの4人には、最大1分半しか余裕を与えなかった。残り30kmを切るとやはりイスラエルも先頭へ上がる。しばらくすると当然のようにアスタナとモヴィスターも仕事を始め、今度は新たにイネオスも加わった。8.5kmの山道に入るとほぼ同時に、2つ目の逃げ集団もあっけなく飲み込んだ。
深い森の奥に潜む山道で、真っ先に牙を剥いたのはメカトラの魔物だった。前日第2ステージで優勝し、総合10位に浮上したマルク・ソレルは、登坂口の手前でパンクの犠牲となる。もちろん同僚イマノル・エルビティの自転車を借りてすぐに走り出し、しばらく先で改めて自転車を変えて山頂へ急ぐ。しかし猛スピードで上り続けた最前列に最後まで追いつくことができぬまま、45秒差で区間を終えた。
前日まで総合4位につけていたエステバン・チャベスはさらに悲劇的だった。残り5kmでやはりパンクした時、側にいたチームメートはスガブ・グルマイだけ。「ディスクブレーキのせいで自転車からホイールを取り外すことができない。だから彼の自転車に乗ったんだ」と振り返ったチャベスは身長164cm。対するグルマイは175cm。借りたバイクは大きすぎた。ちなみにエルビティとソレルの身長差は3cmのみ。チームカーはおろかニュートラルサポートさえすぐには上がってこられない細い山道で、サイズの適した自転車を受け取るまでに、チャベスは大幅にタイムをロスした。最終的には区間勝者から1分06秒遅れて山頂へ到着した。
魔の手を逃れた先頭集団は、イネオスが積極的に牽引した。しかも残り5.6kmから約1kmに渡って、あのクリス・フルームこそが最前線を牽引した。ツール総合4勝・ブエルタ総合2勝・ジロ総合1勝の大チャンピオンは、2019年クリテリウム・ドゥ・ドーフィネでの大怪我以降、いまだ本来のレベルを取り戻せずにいる。それでも「リッチー」……かつての盟友リッチー・ポートではなく、現チームエースのリチャル=リッチーのために、35歳大ベテランは持てる限りの力を尽くした。
「調子は良かった。今日は位置取りが大きかったように思う。ここ2日間は位置取りに苦労させられてきたから、それが違いを生んだ。おかげでこうして先頭で仕事ができた。間違いなく最終峠はいつもより脚の感触は良かった」(フルーム)
ラスト200mで誰よりも早く加速をきったダニエル・マーティン
とはいえかつての絶対的エースは、山岳アシストとしてはいまだ最後から3番目でしかなく、その後はアンドレイ・アマドールが力を尽くした。7年前に22歳でラングリルを制したケニー・エリッソンドが残り2.7kmでアタックに転じると、イバン・ソーサが回収に向かう番だった。ネグラ湖ではなく……ほんのひとつ山を越えた先のネイラ湖山頂をブルゴス一周で3年連続制した22歳は、恐ろしくスピードを上げ、先頭集団を15人ほどにまで小さく絞り込んだ。
同じ22歳ながら1年後輩(ソーサは今大会の第11ステージで23歳になる)で、つまりあのタデイ・ポガチャルと同じ1998年生まれのクレモン・シャンプッサンが、そんな集団から飛び出した。いくつかの攻防の後、ビッグネームたちが互いに顔を見合わせる隙を鋭く突いた。フランスの最も優秀な若手に贈られる「ヴェロ・ドールU23」を過去2年連続で手にし、この4月にプロ入りしたばかりのクライマーは、「思いっきり楽しもうと思って攻撃した」。勾配が一気に跳ね上がる残り1.2kmで加速を切り、そのまま夢中でペダルを踏んだ。
ただし最終的に24秒遅れの10位で終える新人は、「もしかしたらスプリントまで我慢すべきだったかも」とちょっぴり後悔することになる。先輩たちはすぐさま猛烈な追走を仕掛け、しかし余計な選手たちは振り落としつつ、残り800mでシャンプッサンを飲み込んだ。あいかわらず小さな競り合いは繰り返されたが、残り300mまで来ても、いまだ8人がほぼ横一線で並んでいた。
「下見はしてない。知っているのはデータだけ」とログリッチが出走前に打ち明けたブエルタ初登場の山は、ラスト200mで決した。誰よりも先に加速を切ったマーティンが、勾配10%の急坂をそのまま先頭で駆け上がると、ラインを一番に越えた。
「怪我のせいでツールでは区間を獲ることができなかった。でも今日は絶対に勝ちたいという気持ちが強かった。チームも僕を完璧にサポートしてくれた。だからこの勝利はチームのためでもあり……妻のためでもある。だって子供が生まれてから初めての勝利なんだから。本当にスペシャルだよ」(マーティン)
ドーフィネの第2ステージで落車し、仙骨を骨折したせいで、ツールでは苦しい3週間を過ごしてきた。2年前は双子の出産に立ち会うためブエルタを途中リタイアしたが、今年後半は家族と会えない時間のほうが長かった。新型コロナウイルス禍でどこのチームも経営難にあえぐ中、イスラエル・スタートアップネーションは給料を一切カットせずに選手たちを支えてくれた。あらゆる感情がごちゃまぜになり、ついには涙となって吹き出した。あらゆる犠牲と努力は、この1勝で報われた。
赤いジャージは巧みに2位に滑り込み、青玉カラパスは3位につけた。すなわち3日連続で、まったく同じ3人が、フィニッシュラインへ向けスプリントを争ったことになる。初日はプリモシュ・ログリッチ、リシャル・カラパス、ダニエル・マーティンの順で、2日目は2番目と3番目が入れ替わった。また3人の総合順位に変わりはないが、総合2位マーティンは前日よりも4秒マイヨ・ロホに近づき(5秒差)、3位カラパスは2秒遠ざかった(13秒差)。
ラスト300mまで同一線上にいたはずのエンリク・マスは、爆発力不足で9秒を失った。ほぼ1日中チームを働かせながらも、ヒュー・カーシーは12秒を落とした。ただしチャベスが総合4位から8位へと陥落したため、総合順位はそれぞれ4位32秒差と5位38秒差へとひとつずつ上げた。総合1分以内は総合6位・44秒差のセップ・クスまで。7位フェリックス・グロスチャートナー以下は、大会3日目にして、早くも総合で1分17秒以上の遅れを喫している。
この日の朝、マテイ・モホリッチとティボー・ピノが大会から去った。前者は肩甲骨の複合骨折で、後者はツール第1ステージの落車で痛めた背中がいまだ完全ではなく、いずれも2020シーズンを予定より早めに切り上げた。ドーフィネの最終日前日の落車から、すべての歯車が狂ってしまった……と語る30歳ピノにとっては、グランツール参戦14回で7回目のリタイアとなった。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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