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サイクル ロードレース コラム 2015年7月10日

ツール・ド・フランス2015 第6ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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幸運と不運はいつでも隣り合わせにいる。マイヨ・ジョーヌ表彰式後のテレビインタビューで、動かぬ肩をかばいながら、トニー・マルティンはこんな風に我が身の数奇な運命を言い表した。チームメートのゼネック・スティバールが勝利へと突っ走っていったはるか後ろで、黄色い自転車に乗って、5人のチームメートに支えられながらフィニッシュラインを越えた。総合首位の座は失わなかった。しかし、マルティンの2015年ツール・ド・フランスは、ここで終わった。

恐れられていた海風は、幸いにも「そよ風」程度だった。連日苦行に耐えてきたプロトンは、爽やかな大気の中で、ようやくリラックスする時間を過ごすことができた。スタートから5km地点で、ペーリ・ケムヌール、ダニエル・テクレハイマノ、ケネス・ヴァンビルセンが逃げ出すと、メイン集団は3人にあっさり12分半以上のタイム差を与えた。序盤3時間は36.9km/hというのんびりリズムで、サイクリングを楽しんだ。

ここまでの5日間、エスケープはなんの成果もあげられずにきた。グランツール第1週目、おなじみの日替わり山岳ジャージ合戦は封印され、大逃げのいわば特権である「敢闘賞」でさえ、第3ステージにヤン・バルタがもらったっきり。だからこそ、この日の3人は、何かを持ち帰るために大いに奮闘した。

行く先には4級峠(1位通過1pt)が3つ。もしも3つ全部で1位通過することができれば、2ptの「プリト」ホアキン・ロドリゲスを抜いて、夕方にはマイヨ・ア・ポワ授賞式に出席することが出来る!このジャージを追い求めたのが、クリテリウム・デュ・ドーフィネで赤地に白玉ジャージを身にまとったテクレハイマノだった。1つめの峠は、他の2人をまんまと出しぬいた。2つめは、ヴァンビルセンとハンドルを投げるほどのスプリントを競いあった。そして3つめは、脚をうずうずさせる他の2人を説得して、1位通過を勝ち取った。今年誕生40周年を迎えた白地に赤玉のジャージが、こうして史上初めて、エリトリア人の手に渡った。また、ツール初参戦のMTNクベカにとっては、初めての副賞ジャージ獲得だ。

ヴァンビルセンは大胆にも、単独で突っ走ることを選んだ。チームリーダー、ナセル・ブアニは落車で棄権し、総合リーダーのダニエル・ナバーロも落車ですでに多くのタイムを失った。だからコフィディスの「アシスト」選手たちには、おもわぬ自由行動が許された。ゴール前15km、シューズのクロージャーを密かに締め直すと、2人の隙を付いて矢のように飛び出した。わずか30秒しかリードは残っていなかったけれど、全力で踏み続けた。必死に粘った。しかし、残り3km地点で、巨大な集団に飲み込まれた。

そして肝心の敢闘賞は、第2ステージと第4ステージに続く3度目のエスケープを試みたケムヌールに与えられた。465km近く逃げてようやく、である。

ロット・ソウダルやジャイアント・アルペシンのタイム差コントロールのもと、静かに走り続けてきたメイン集団は、ゴール前46kmの中間スプリントの接近と共にじわじわとスピードを増して行った。BMCやモヴィスターも隊列を組んだ。もちろん、マイヨ・ジョーヌ擁するエティックス・クイックステップは、前方で常に抜かりなく状況を制御した。心配された4級峠からの下りも、細く曲がりくねった道も、プロトンは問題なく切り抜けた。あとはゴール前1.5kmからの、全長850m・勾配7%の急坂で、思い切り勝負だけに集中すればよいはずだった。

ラスト1kmのアーチをくぐり抜けた瞬間だった。トニー・マルティンは前から12番目を走っていた。ふと、目の前を走るブライアン・コカールの後輪に、軽く接触した。体が大きく揺れ、右隣のワレン・バルギルと衝突した。その勢いで前転する形で投げ出された。地面に座り込んだマイヨ・ジョーヌは、複数のチームメートが見守る中、沈痛な面持ちで左腕を抑えていた。

「何が起こったのか、正確には覚えていないんだ。チームは僕を好ポジションへと上げてくれた。最後の1kmに入ると、もはや誰1人として高速で走り続けるエネルギーを残していなかった。全てがスローダウンして、誰もが待ちの姿勢に入って。そして僕は落車した。比較的スピードが遅めだったから、全体重が左肩にのしかかった。すぐに、何かが壊れたな、と感じたよ」(マルティン、チーム公式リリースより)

その一方で、チームメートの1人が、集団の最前列に飛び出した。上り坂で苦しんだマーク・レンショーに代わって、マーク・カヴェンディッシュの牽引役を務めていたゼネック・スティバールが、ひどくおおぶりなダンシングスタイルでアタックを仕掛けた。

「カヴを前に引き上げるために牽引していたんだけど、彼が少し苦しんでいるのが見えた。その時点で僕は、ヴァンアーヴェルマート、サガン、クリストフの背後を走っていた。彼らにはアシストが残っていなかった。そこで思いついたんだ。今もしも僕が行けば、僕とのギャップを縮めに走る選手が必ずいるはずだし、その選手はスプリントを落とすに違いない、と。もしくは、誰も追いかけてこないかもしれない、とも。だから一か八かで、僕は全力を振り絞った」(スティバール、チーム公式リリースより)

2番目の読みが、ズバリ当たった。取り残されたスプリンターたちは、誰も追走の責任を果たそうとはしなかった。「本日の優勝候補」ペーター・サガンの斜め後ろにひっついて、様子見を繰り返すだけ。その間に、悠々とスティバールは天に両手を突き上げた。シクロクロス世界選手権で3勝をもぎ取ってきた強者の、ツール・ド・フランス初の区間勝利だった。

「気持ちが入り交じっている。区間優勝はしたけれど、マルティンが落車した。表彰式の前に彼に会った時、彼はただ僕を祝福してくれた。そして『この瞬間を楽しんで』って言ってくれた。怪我の状態がどの程度なのか、一言も言わなかった。それでも、ツール・ド・フランスで区間を勝てたことについては、素晴らしい気分だよ。シクロクロス世界選手権で初めて優勝した時と同じくらい素敵だ」(スティバール、公式記者会見より)

2秒遅れでたどり着いた15人程度の小集団スプリントは、前評判通りにサガンが制した。区間2位3回、区間3位1回と、どうも勝てないけれど、めっぽう安定感のある走りで、ポイント賞でも首位のアンドレ・グライペルからわずか3pt差に急接近した。また上ってからのフィニッシュではあっても、正確なる上りフィニッシュではなかったため、「最終3kmで落車やメカトラブルのせいでタイムを失った選手には、アクシデントの時点で所属していた集団と同じゴールタイムを与える」という救済ルールが適応された。つまりマルティンが落車した時点で先頭集団にいた122選手には、実際のゴールタイムに関わらず、スティバールから+2秒差が記録された。

またマルティンの災難に巻き込まれて、地面に倒れこんだのは4人。バルギル、ヴィンチェンツォ・ニーバリ、ティージェイ・ヴァンガーデレン、ナイロ・キンタナと、いずれも総合表彰台候補ばかりだった。さらにクリス・フルームもニーバリと接触したが、ぎりぎりでバランスを立てなおした。幸いにして、誰1人として大きな怪我は負わなかった。バルギルは「腰と肩に打ち身ができたけれど、大丈夫」(ゴール後インタビューより)、ニーバリは「脚と肩を軽く痛めた程度」(ゴール後インタビューより)、キンタナは右肘を痛めたが「表面的な怪我」(チーム公式HPより)、フルームは右膝に軽く血がにじんだだけで済んだとのこと。

転んだ本人は、軽い怪我では済まなかった。ゴール直後に移動レントゲン設備で精密検査をした結果、左鎖骨の骨折が認められた。すぐに祖国ドイツのハンブルグに飛び、外科手術を受けることが決まった。左肩が動かせないという理由で、真新しいマイヨ・ジョーヌをあらかじめ舞台裏で着込んで臨んだ表彰式が、マルティンにとっては2015年ツールとのお別れセレモニーとなってしまった。

「まるで映画のようだ。感情のジェットコースターに乗っているみたい。そして今、僕は本当に悲しい。チームはジャージを守るために全てを尽くしてくれたし、あと数日は守るチャンスがあったはずだから。これがツール・ド・フランスさ。本当に走り続けたかった。でも僕のレースは終わった。簡単に受け入れられることじゃないよね。本当に戦い続けたかった」(マルティン、チーム公式リリースより)

ファビアン・カンチェラーラも3日目にマイヨ・ジョーヌ姿で落車し、そのまま大会を去っていった。マルティンは正式なるマイヨ・ジョーヌのまま、翌第7ステージをDNS(不出走)となる。少々呪われた黄色いジャージは、丸1日、ツールのプロトンから姿を消すことになる。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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