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ルーベン・プラサがツール初勝利をもぎ取り、ペーター・サガンが今大会5回目の区間2位に終わり、ヴィンチェンツォ・ニーバリが誇り高き独走を見せた背後で、戦慄が走った。マンス峠からの下りで、悪夢再び――。道の外に大きく放り出されたゲラント・トーマスは、幸いにも、ほぼ無傷でフィニッシュラインへたどり着いた。失ったのはわずか38秒だけで、総合6位の座も守った。
スタートから1時間の走行時速53.6km……!ついに大会3週目に突入した169人の生き残りたちは、とてつもない速さで走り出した。明日は休養日だし、ひどい暑さにもそろそろ慣れてきた。コースはひたすら登り基調だったけれど、かといって大きな難関峠は存在しない。ずっと追い求めてきたステージ優勝を、手元に引き寄せるチャンスだった。ほぼヨーイドンで12人が飛び出し、さらに12人が夢中で後を追った。
第1集団にはペーター・サガンが3日連続のエスケープへと走り出していた。本日の勝者プラサもまた、第1集団組だった。一方の第2集団には、5回目のエスケープに挑むピエールリュック・ペリコンや、グランツール12大会連続完走を目指すアダム・ハンセンが加わった。なにより過去のロングエスケープの成果がマイヨ・ジョーヌ10日間×2回という、現役屈指の逃げ職人トマ・ヴォクレールの姿があった。
スカイ率いるメイン集団はしばらくは制御に務めたけれど、最終的には2つの集団を見送ることに決めた。しかし同じ人数で構成された2つのグループは、そこから延々90kmにも渡って壮大なる追いかけっこを繰り広げた。
「とてつもない『力比べ』って感じだった。チームタイムトライアル並の速度で、90kmも走り続けた。今日は逃げが決まる日だ、と確信して飛び出したはいいけれど、あの追走で恐ろしくエネルギーを消耗しちゃったよ」(ヴォクレール、ゴール後インタビューより)
どちらの1ダースも簡単には譲らなかった。しかし赤ゼッケンのマイヨ・ヴェールが順調に中間スプリントで1位通過を果たし、20ptを悠々と手に入れると、少しだけ第1集団は歩みを緩めた。ステージも折り返し地点に差し掛かる頃に、後ろから11人(1人脱落した)が追い上げを成功させ、ようやく2つの集団は1つに融け合った。
メインプロトンは前の23人に、完全なる自由行動を許した。逃げれば逃げるほど、面白いようにギャップは開いていく。本日の最大タイム差は、なんとゴール前15kmの20分15秒!エスケープグループで最も総合上位につけているのはハリンソン・パンタノの34分44秒だったから、マイヨ・ジョーヌが脅かされる恐れは一切なかった。そんな23人は、きっちりゴール前50kmから、区間勝利の戦いを始めた。小さな飛び出しと、追走と、お見合い。ハンセンが単独でアタックを仕掛け、その後を追ってマルコ・ハラーが抜け出しても、残り21人は様子見に終始した。というよりむしろ、エスケープ内の誰もが、ペーター・サガンに追走の責任を押し付けようとしていた。
「大きな集団のままで最後まで行きたくはなかったし、行ってはならなかった。だって、集団ゴールになって、スプリント勝負になったら、始めから勝負は見えてる。サガンに勝てっこないもん!」(ヴォクレール、ゴール後インタビューより)
最終マンス峠の上りでハンセンとハラーが捕らえられ、入れ替わるようにプラサが飛び出した後も、状況は変わらなかった。スペインのルーラーが細い山道を一心不乱に突き進む一方で、後方では、誰もがじっとサガンの出方ばかりを伺っていた。
「みんなが僕のことばかり見ていたし、僕がアタックを仕掛けると、みんなが張り付いてきた。誰も仕事を引き受けようとはしなかった。だから、僕が、レースをこじ開けようと試みた」(サガン、ミックスゾーンインタビューより)
マウンテンバイクで鍛えたハンドル捌きを駆使して、サガンは全速力でダウンヒルへと飛び込んだ。2003年の暑い日に、この峠からの下りで、ホセバ・ベロキは溶けたアスファルトにホイールをとられた。2011年の雨の日は、濡れそぼった細かいヘアピンカーブの連続に、アンディ・シュレクは尻込みした。前者は大腿骨を骨折し、後者は大きくタイムを失った。そんな、まるで呪われたような道を、恐れることはなかった。
「だって僕は、ビッグボールの持ち主だから!」(サガン、ミックスゾーンインタビューより)
サガンにとって残念なことに、そしてプラサにとって幸いなことに、山頂での1分差は、12km先のフィニッシュラインではちょうど半分にしか縮まなかった。2005年ブエルタでグランツール区間初優勝を手に入れた35歳が、10年後に、生まれて初めてのツール・ド・フランスのステージの栄光をもぎ取った。
「35歳のほうが、25歳の時よりも、ずいぶんと勝利のありがたみを実感できるものだね。僕にとって最初で最後のグランツール勝利は、2005年のブエルタで、しかもタイムトライアルだった。ラインレースでの勝利は、また一味違う。ツールで勝つと言うのは、いつだってすごく難しいことだけど、今日は全ての歯車がかみ合った。僕には脚があったし、ファイティングスピリッツも満タンだった。本当にスペシャルな気分だよ!」(プラサ、公式記者会見より)
キャリア22回目の勝利の喜びをプラサがしみじみと噛みしめたのだとしたら、キャリア6年目ですでに80勝以上を叩き出してきたサガンは、今大会5度目の2位をおどけて笑い飛ばした。マイヨ・ヴェール用ポイントをゴールでさらに17pt積み上げて、89pt差のダントツ首位を突っ走る25歳は、インタビュー会場で「アイ・ラヴ・ユー、クリス!」とフルームに絡んだり、「ゴールジェスチャーの意味は?」と聞かれると「ウルフ・オブ・ウォール・ストリートに出てくる歌だよ(でマシュー・マコノヒーがレストランで歌う)」と、ジェスチャーを繰り返しながら鼻歌を20秒ほど歌ったり。あちこちで爆笑の渦が巻き起こったのは言うまでもない。
静かに走ってきたマイヨ・ジョーヌ集団は、マンス峠に入った瞬間から、短いバトルへと突入した。アルベルト・コンタドールが真っ先に加速し、アレハンドロ・バルベルデもアタックを見せた。しかし登り最終盤で、唯一の飛び出しを決めたのは、すでに総合で8分差以上の遅れを喫しているヴィンチェンツォ・ニーバリだった!
山への突入前に、チームメートたちに「ここで何かしなきゃ。どんなわずかなチャンスでも、タイムを縮めるためにはトライする」とディフェンディングチャンピオンは宣言していたという。山頂での13秒のリードを懐に、得意のダウンヒルでさらにリードを開きにかかった。
総合8位のニーバリと、マンス峠の登坂口で一気に脱落した9位トニー・ギャロパンを除く総合トップ12、つまり10選手も下りでスピードを緩めようとはしなかった。あまりにも急いでいたせいだろうか。蛇のようにうねった細い下り坂を、普通なら一列棒状で行くべきところなのに、道幅いっぱいに広がったまま下ってしまった。そんな混雑状態の中、ティージェイ・ヴァンガーデレンがワレン・バルギルと軽く接触した。バルギルの後輪ブレーキのレバーが効かなくなった。ブレーキがかけられないフレンチライダーは、左側にいたトーマスと激しくぶつかった。そして英国人は……、道の外へと弾き飛ばされた!
ヘリコプターからのテレビ映像は、衝撃的だった。トーマスは道路脇の電柱に頭部から激突し、沿道の観客の脇を抜けて、草むらへと転がっていく姿が確認された。マイヨ・ジョーヌのフルームは、つい数秒前まで併走していたチームメートの事故を、チーム無線で知らされた。
「連絡を受けてすぐ、周りの選手たちにそのことを伝えようとした。落車が起こったから、ここから先は落ち着いて下ろう、って言いたかったんだ。でもフィニッシュはほんの数キロ先に迫っていたし、ライバル達はハードなレースを好んだようだった」(フルーム、公式記者会見より)
そのハードなレースを好んだ面々は、ニーバリとの最終的なタイム差をなんとか28秒差に食い止めた。「海峡のサメ」は総合8位のまま変動はなかったし、総合首位まで7分49秒差、表彰台圏内までは4分17秒差といまだ遠い。しかし休養日明けのアルプス4連戦で、ついに反撃に出る準備が整ったことを、ライバル達にはっきりと知らしめた。
さらに38秒後、トーマスがゴールへとたどり着いた。安堵のため息と喜びの声があちこちから漏れ聞こえ、テレビカメラやジャーナリストたちが奇跡の生還者の周りに殺到した。ところが本人は相変わらずクールな様子で、ブラックジョークさえ飛ばすほど、頭は明晰だった。
「柱に頭をぶつけたけど、大丈夫だったよ。観客が僕を道まで引き上げてくれた。ドクターからはいろいろと質問された。あなたの名前は何ですか?って聞かれたから、『僕はクリス・フルームです』って答えたんだ」(トーマス、ゴール後インタビューより)
トーマスもまた総合6位の座を守った。ギャロパンが9位から11位に陥落し、バウケ・モレマとバルギルが1つずつ総合順位を上げた以外は、一切の変動はなかった。ナイロ・キンタナは3分10秒差の総合2位で、ティージェイ・ヴァンガーデレンは3分32秒差の総合3位で、アレハンドロ・バルベルデは4分02秒差の総合4位で、そしてアルベルト・コンタドールは4分23秒差の総合5位で、大会2回目の休養日を過ごすことになる。
「あとシャンゼリゼまで、実質4つしかステージはないんだね。シャンゼリゼが待ち遠しいけれど、まだ戦いは終わっていないんだ。今日もあらゆるチームがアタックを試みてきた。休養日からパリまでは、連日こういったシナリオが繰り広げられるのだろう。僕もチームも、パリまで、今日と同じようにしっかりと戦っていきたいね」(フルーム、ミックスゾーンインタビューより)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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