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「アルプスでは毎日アタックする」と宣言したティボー・ピノは、最後のチャンスでステージ優勝をもぎ取った。アルプ・デュエズ史上30番目の山頂先頭通過者となり、ご褒美として、9番カーブのプレートに自らの名前を記す権利を手に入れた。「もっと遠くからアタックする」との宣言通り、モヴィスターの2人は見事な攻撃精神を発揮した。体調不良に苦しむクリス・フルームに、連携プレーで揺さぶりをかけた。ナイロ・キンタナがマイヨ・ジョーヌを1分12秒差にまで追い詰めた。
「アタックというのは、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。でも明日はパリ帰還という最後の日に、うまくいった。待った甲斐があった」(ピノ、公式記者会見より)
21のヘアピンカーブのあちこちでは、壮大なるパーティーが繰り広げられていた。オレンジ色の一団は、いつものように、7番目のカーブで大音量を上げていた。もう少し上のほうでは、黄・青・赤のコロンビア国旗が静かにはためいていた。ノルウェーコーナーやポーランドコーナー、英国コーナーも、小さいけれど、それぞれに存在感を放っていた。ピレネーで覇権を握って以来、観客たちから時に嫌がらせを受けてきたマイヨ・ジョーヌは、とてつもない群集の中に山に飛び込んでいくことが「少しだけ怖い」と前夜の記者会見で告白していた。
たった110.5kmの短距離走だった。ピノの勝利は、スタート直後に、アレクサンドル・ジェニエがアタックをかけた瞬間から築き上げられていった。他の3選手と共に逃げ出したジェニエは、超級クロワ・ド・フェール峠の終盤で、さらに単独で飛び出した。アルプ・デュエズの中盤まで、先頭でひたすら粘り続けた。
「ひどく難しいツールだった。でも僕はあきらめなかったし、チームも僕を決して見捨てなかった。最終週も常に戦い続けた。今日だってジェニエが前にいて、後押し役を務めてくれた」(ピノ、公式記者会見より)
モヴィスターの攻撃も、やはり、アシスト役の仕事が起点となった。そうはいっても、クロワ・ド・フェール峠の終盤で最初に仕掛けたのは、「ダブルリーダー」で総合3位のアレハンドロ・バルベルデなのだが!さらに2kmほど進んだ先で、続いて総合2位キンタナがアタックに転じた。
「フィニッシュから遠い地点でアタックを打って、フルームを孤立させようという作戦だった。でもクロワ・ド・フェールでは大きなリードが奪えなかった。だから最終峠で全力を尽くすしかなくなった」(キンタナ、チーム公式リリースより)
たしかに、ゴールまで60kmを残しての攻撃は、成功はしなかった。モヴィスターの波状攻撃で総合勢は一旦ばらけるも、下りで全員が再びひとつにまとまった。しかし、いくつかの手がかりは得た。前日までなら、キンタナの加速には自ら対応してきたフルームが、この時はチームメートに穴を埋めさせたこと。総合5位アルベルト・コンタドールが、真っ先に脱落したこと。
ピノも一瞬だけ遅れを取った。ところが、いつの間にか、マイヨ・ジョーヌ集団へと復帰した。しかも、オワザン谷へのダウンヒルの最中に、ピノは小さなカウンターアタック集団さえ作り上げた。ジェニエから遅れること約2分、メイン集団に先んじること約2分、2015年ツール・ド・フランス最後の山へと突っ込んでいった。
ツールが誇る伝統峠の中でも、とりわけファンの人口密度が高い九十九折をこなしていくうちに、ピノはいつしかライダー・ヘシェダルと2人きりになっていた。ゴール前9kmでチームメートのジェニエと合流を果たした後も、しつこさには定評のあるカナダ人は、FDJコンビにくっついてきた。そんな中で、ジェニエは最後の力を振りしぼった。年下のリーダーに、全てを託すために。
「ティボーが追いついてきたときに、今こそがその時だ、と感じた。急激過ぎるスピードアップを避けつつ、少しだけテンポを刻んだ。それから、彼はたったひとりで、山頂へと飛び出して行った」(ジェニエ、ゴール後TVインタビューより)
昨大会総合3位の25歳は、ゴール前6.5kmで2012年ジロ・デ・イタリア総合覇者を振り切ると、単独で群衆の中へと切り込んでいった。「サッカースタジアムよりすごい!」「鳥肌がたった」「危険なほどの人ごみだった」「でも、観客たちのものすごい声援に、背中を押された」とアルプ・デュエズならではの体験をたっぷり堪能し、ついには山頂で勝利の雄たけびを上げた。
「ひどく難しい大会だったけれど、良い形で締めくくることができた。とにかく今回のツールは毎日が闘争で、多くのことを学んだ。なによりポジティブな点は、自分のキャパシティが増えたと実感できたこと。僕のこの先のキャリアにおいて、今回のツールは、大切な分岐点となるだろう」(ピノ、公式記者会見より)
<それにしても、過去8回オランダ選手が勝利を手にしてきたことから「オランダ人の山」とも呼ばれるアルプ・デュエズだが、このところすっかり「フランス人の山」と化している。2011年ピエール・ローラン、2013年クリストフ・リブロン、2015年ティボー・ピノと3大会連続で、フランス選手が母国フランスに栄光をもたらした。
ただ、今回は、あわや「コロンビア人の山」となるところだった。アルプの登坂口に入ると、1度目とは逆の順番で、つまりキンタナの加速でモヴィスターは攻撃を再開した。企みが吸収されると、今度はバルベルデがアタック。さらには、それほど間をおかず、キンタナが再びペダルを強く踏み込んだ。総合2位と3位とはすぐさま合流した。特に大ベテランのバルベルデが、若きチームメートの逆転優勝の可能性にかけて、積極的に牽引作業を引き受けた。もちろん、この加速が、自らの総合3位の座の保守につながることも分かっていた。
少々皮肉なことに、ちょうど登坂口でキンタナが加速した時、ニーバリはパンクの犠牲にあった。前日マイヨ・ジョーヌのメカトラの最中にアタックを打ち、フルームから「アンチスポーツマンシップ」となじられながらも、区間勝利と総合4位の座を勝ち取った張本人だ!他人にした事は自分に返ってくると言うけれど……、このパンクのせいで、ニーバリはマイヨ・ジョーヌ集団から置いてけぼりにされた。アシスト3人が必死に引き上げたが、2度と追いつくことはできなかった。
またバルベルデとキンタナのタンデム加速が始まると、コンタドールがついていけなくなった。ジロ&ツールの同一年ダブル優勝を狙ってツールに乗り込んだはいいけれど、実際はジロでのアスタナとの激戦が予想以上に身体にダメージを与え、疲労が完全に癒しきれてはいなかったことを告白した。ニーバリとコンタドールは同時にフィニッシュラインへと姿を現した。総合トップ3からはとてつもなくタイムを失ったけれど、幸いなことに、それぞれに総合4位と5位の座は守りきった。
ついていけなかったのは、フルームも同じだった。追わなかったのではなく、追えなかった。アシストにさえ先を追わせなかった。ワウテル・ポエルスとリッチー・ポートという、2人の忠実なるアシストは、ただフルームの前を淡々と一定リズムで引き続けた。リーダーが脱落しない程度に、かといってキンタナに距離を開けられすぎてしまわぬように、慎重にコントロールに務めた。
「2回目の休養日から、ちょっと気管支炎気味で、咳も出ていた。大会最終盤に入って、プロトンの半分くらいが風邪を引いたり、ウィルスにやられたりしてた。僕もここ数日間は少し調子を落としていた」(フルーム、公式記者会見より)
それにしても、フルームとアルプ・デュエズは、どうも相性が悪い。ちょうど2年前は、この山でハンガーノックアウトになった。キンタナ&ホアキン・ロドリゲスが遠ざかっていく後方で、ポートに引かれ、なんとかマイヨ・ジョーヌを守りきった。今回はキンタナ&バルベルデのタンデム攻撃にさらされ、続いてカウンターアタックで前方待機していたウィナー・アナコナがキンタナを引き、一方のバルベルデはフルームの背中に張り付いてひたすら監視役……、という居心地の悪い状況の中を、やはりポートの背中を見ながらやりすごした。
「頭の中には色々な考えが湧き上がってきた。『さらに状況が悪化していったら?』なんて考えたし、チームメートの後輪についていくことさえやっとだった。限界ぎりぎりだった。110.5kmしかないステージが、まるで300kmもの長さに感じられた。アルプ・デュエズで何度も死にかけた」(フルーム、公式記者会見より)
3週間かけて十分すぎるほど確保していたタイム差が、最後にはフルームを救った。48時間前まで、キンタナに対するリードは3分10秒。24時間前には貯金を2分38秒差にまで減らした。この日は新たに57秒を奪い取られるも、マイヨ・ジョーヌにはいまだ1分12秒の余裕があった。いや、そもそも暴風吹き荒れた第2ステージの終わりには、フルームとキンタナの間には早くも1分39秒のタイム差が存在していたのだ。「結局のところ、僕らは1週目にツールを失ったんだね」とキンタナが語ったように。
伝説的アルプ・デュエズの山の上で、2015年ツール・ド・フランスの総合争いは決した。フルームは2年ぶり2度目のマイヨ・ジョーヌに王手をかけ、2年前と同じように、総合2位&白いジャージはキンタナの手に入った。ブエルタなら2009年総合優勝を含む6度の総合表彰台を経験しているバルベルデは、35歳にして初めてのツール総合表彰台に嬉し涙を流した。マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュは初受賞フルームで、マイヨ・ヴェールは4年連続のペーター・サガンですでに確定した。
残す予定行事は、パリでの華麗なるスプリントフィニッシュを迎えるだけ。……天気予報は残念ながら雨。もしかしたら、パヴェ仕立てのシャンゼリゼを全8周回する前に、「タイム計測・総合順位確定」というシャンゼリゼ特別ルールが発動されるのかもしれない。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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