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カオスをかいくぐり、先頭集団に生き残ったのはほんの50人程度だった。ナセル・ブアニも、ペーター・サガンも、ジョン・デゲンコルブもいないスプリントを、ジャスパー・ストゥイヴェンが制した。エステバン・チャベスにとっても簡単な1日ではなかった。落車し、一時はメインプロトンから大きく遅れ、さらにラスト20kmはアシスト無しの状態でアタックの嵐をくぐり抜けた。勇敢に戦い、無事に6回目のマイヨ・ロホ表彰式を迎えた。
「ロードブックを見た限りでは、単なる『移動ステージ』のように思えたのに」(チャベス、ゴール後TVインタビューより)
いやいや、5年ぶりにブエルタに帰ってきた3級峠クレスタ・デル・ガリョの脅威を、多くの関係者たちが知っていたはずだ。なにしろ2001年のカルロス・サストレも、2009年のリーナス・ゲルデマンも、この山を単独先頭でダウンヒル中に落車し、勝機を失っているのだから。また2009年は下りアタックで逃げ切りが決まり、一方で2010年は下りで集団が追いつきスプリンターに勝利の女神が微笑んでいる。しかも、今年は、この面倒な山を2回も上り下りした!
スプリンターvsアタッカーの睨み合いは、スタートと同時に始まった。熾烈な飛び出し合戦を制して、ようやく35km過ぎに6人が逃げに乗った。後方では当然のように、ティンコフ・サクソとジャイアント・アルペシンがタイム差制御に乗り出した。エスケープも、メイン集団も、一息つく暇などなかった。道が下り基調だったこともあって、序盤2時間の走行スピードは時速49kmに達した!
最高4分半ほど開いたタイム差も、スプリンターチームの尽力のおかげで、2分ほどに縮まっていた。延々と続いた長い下りを抜け出し、フィニッシュまでは残り約50kmに迫った。そんな時だった。メイン集団内で、巨大な集団落車が発生した。
大量の選手がなぎ倒された。うち4人が、即時リタイアを余儀なくされた。ステージを取りに行く気まんまんだったナセル・ブアニは、ツール第5ステージの落車リタイアに続いて、志半ばで戦場を去った。同じく7月の第17ステージで、総合3位のまま涙のリタイアをしたティージェイ・ ヴァンガーデレンは、右肩骨折で、痛いシーズンの幕切れを迎えた。そしてこの朝、総合3位として走りだしたダニエル・マーティンは、病院でブエルタを終えた。
そして、不幸にも「落車の起点」とみられるクリス・ボックマンスは(水を飲んでいる最中に、アスファルトの穴にはまり、そのまま地面に激しく叩き落とされた)、一時意識を失うほど頭部に強い衝撃を受けた。チーム公式HPによると、脳の損傷、顔面骨折、肋骨3本骨折、さらに肺に出血が見られるとのこと。意識は一旦回復したものの、その後、人工的な昏睡状態に置かれている。
マイヨ・ロホのチャベスもまた、地面に投げ出された1人だった。幸いにも小さな擦り傷だけで、落車現場を抜けだすことができた。チームメートたちの献身で、メイン集団にも無事に復帰を果たした。ただし、体力を大いに使ったアシストたちは、終盤20kmの攻防に耐える脚を残していなかったのだけれど……。
落車などお構いなしに、ティンコフ・サクソは突進を続けた。なにしろエスケープの残党を、早めに片付けてしまわねばならない。もちろん、逃げ選手もタダでは引き下がらなかった。クレスタ・デル・ガリョへの1度目の上りで、アレックス・ハウズが最後の賭けに出た。単独で飛び出し、下りへと勢いよく飛び込むも、しかし、「先例」にならって下りの第1カーブで自滅してしまった!続いてアンヘル・マドラソルイスが、逃げ距離を引き伸ばしにかかったはいいけれど、やはり下り坂の途中で吸収された。集団は一つになった。
2度目の上りでは、ジャイアント・アルペシンが制御に動いた。スカイやモヴィスターが猛烈な加速に乗り出し、次々とアタックがかかると、総合2位のトム・デュムランが集団先頭に蓋をした。さらにはチームのスプリントリーダーのために、早目の一定リズムを刻んだ。
「ゴールスプリントに持ち込むために全力で引いたんだけど、気がついたらデゲンコルブはいなくなっていた。ちょっと速すぎたのかもしれない。でも、どこで脱落したのかも、どこに行ってしまったのかも、まるで分からないんだ。無意味な仕事をしてしまった」(デュムラン、ゴール後インタビューより)
ちなみに、またしても下り第1カーブで、アタック組のホセホアキン・ロハスが落車した。ムルシアの地元っ子で、道は隅々まで知り尽くしていたはずなのに……。こんな同胞に代わって、同じくこの地方出身のルイスレオン・サンチェスや、やはりムルシア出身のアレハンドロ・バルベルデが、曲がりくねった細道を利用して、猛烈なダウンヒルアタックを展開した。
しかし、あらゆるアタックは、すべて中和された。総合5位バルベルデには、孤軍奮闘のチャベスがきっちり張り付いた。2度目の上りで飛び出し、下りでさらに差をつけた3選手のことは、最後の平地に入ってからペーター・サガン自らが追走を仕掛けた。スピードは恐ろしいほど上がり、プロトンはまるで蛇のように左右にうねった。
「ロット・ソウダルの選手と一緒に、ギャップを詰めようとアタックを仕掛けた。集団が後ろから追いついてきたから、僕は一旦腰を下ろした。また別のロット・ソウダルの選手が前方を引き始めた。10mほど先に行ってしまった彼に追い付くために、再びアタックを打った。追いついた後、彼にそのまま進むよう声をかけて、僕は後輪に入り込んだ。そして左方向に動いた時だった。オートバイが僕をはねたんだ」(サガン、チーム公式リリースより)
区間勝利を争うチャンスも、ポイント賞ジャージを取り戻す機会も、すべてが一瞬にして奪われた。ゴール前8.2km地点で怒号をまき散らすサガンを残して、メイン集団はフィニッシュへと突き進んでいった。代わって前に出てきたトレックと、なぜか相変わらずティンコフが引き続ける集団に、逃げの3人は残り3.5kmで吸収された。サガンと一緒に追走を仕掛けたロット・ソウダルから、アダム・ハンセンがカウンターアタックを試みるも、トレックが責任を持って回収へと走った。そしてラストストレートで、ストゥイヴェンが解き放たれた。
「向かい風は吹いていないと分かっていたから、全力でペダルを踏んだ。ラスト350mで飛び出した。カハルラルの選手(ペイオ・ビルバオ)が少し押してきたけれど、すぐに、僕のほうがパワーがあると悟った。だからひたすらアグレッシブに……、激昂しながら、自らを奮い立てながら、そして『自分には出来る』と自分に言い聞かせながら、突進し続けた。素晴らしい勝利だ」(ストゥイヴェン、チーム公式HPより)
2009年に世界選手権ジュニア部門でアルカンシェルを手に入れたストゥイヴェンは、2010年には、あのサガンが2位にしか入れなかったパリ〜ルーベジュニアを制している。当然ベルギー自転車界から「ボーネンの後継者」と大いに期待されてきた23歳は、人生2度目のグランツールで、見事な初勝利を手に入れた。
「ずっと高いところを目指してきた。高みを目指すことは、時に、失望しか得られないこともある。今年はあまりに不運続きだったから、ようやく結果を出すことができて最高だね。それに初めてのワールドツアー勝利を手にして、本当に素敵だ。すごく、すごく嬉しい」(ストゥイヴェン、チーム公式HPより)
オートバイにはね飛ばされるというショッキングな事故にも関わらず、サガンは無事にフィニッシュラインへとたどり着いた。オーガナイザーのオートバイ「183番」の運転手は大会追放を言い渡され、またサガン自身も侮辱や脅迫に値する発言をしたとして200スイスフラン、さらには自転車競技のイメージを損なう行為があったとして100スイスフランの罰金を課された。所属チームのティンコフ・サクソは、公式リリースにて、落車を引き起こした責任者に対して法的な対応も辞さない構えであることを発表した。またリリースによれば、サガンは左臀部から左足下部にかけて、すり傷と、1度、ないし2度の火傷を負っているとのこと。また左前腕に筋肉内血腫を伴う挫傷も負っている。
「ペーター・サガンがブエルタ・ア・エスパーニャを続けるか否かの決定は、日曜日の朝に下されるだろう」(ティンコフ・サクソ公式リリースより)
もしも続行を決意した場合、勾配19%の激坂を、満身創痍でよじ登らねばならないことになる。集団落車に巻き込まれた選手や、TVの映らないところで下り落車した無数の選手たちにとっても、ひどく厳しい第9ステージが待ち受けている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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