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サイクル ロードレース コラム 2015年8月31日

【ブエルタ・ア・エスパーニャ2015】第9ステージレースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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見ている方でさえ思わず歯を食いしばるような激勾配で、カウンターアタックの応酬が繰り広げられた。ツール・ド・フランス覇者クリス・フルームと、激坂ハンターのホアキン・ロドリゲスを振り払って、トム・デュムランが区間と総合のダブル獲得を成し遂げた。マイヨ・ロホを長らく守ってきたエステバン・チャベスは総合3位に後退し、区間3位の「プリト」が総合2位に浮上した。2日前はハンガーノックに苦しんだフルームも、総合トップ10圏内に返り咲いた。

前日の傷跡は深かった。開催委員のオートバイに跳ね飛ばされ、左半身を痛めたペーター・サガンは、この朝に大会を離れた。前ステージ覇者のジャスパー・ストゥイヴェンも、実はラスト50km地点の集団落車で左舟状骨を折っていたことが判明し、リタイアを決めた。今ステージの35km地点でも、大きな集団落車が襲いかかった。アレハンドロ・バルベルデ、ファビオ・アル、ドメニコ・ポッツォヴィーボ、サムエル・サンチェス……等々が地面に崩れ落ちた。幸いにも、各チームの総合リーダー級が、この日の戦いを放棄することはなかった。

スタート直後に、14選手の逃げが出来上がった。山岳ジャージ姿のオマール・フライレが、終盤の2級峠を先頭通過しようと奮闘した。前線に3人送り込んだエティクス・クイックステップは、逃げ切りをかけて交互にアタックを仕掛けた。またツールではフルームの名アシストとして、さらには第18ステージまで自らも総合4位と好走を続けてきたゲラント・トーマスの存在が、逃げ集団内で危険な香りを漂わせていた。

ただし、この日2回通過するプッチュ・リョレンサ峠は、とびきりの激坂として知られていた。しかも勾配表には最大19%と記されていたが、本当のところは、ラスト500mのヘアピンカーブ部分は勾配26%にまで達するのだ!つまり現役プロトンではピカイチの激坂巧者であるロドリゲスが、この山に狙いをつけないはずはなかった。だからチームメートを総動員して、追走作業に勤しんだ。最終盤にはマイヨ・ロホ擁するオリカ・グリーンエッジや、アルを好位置で発射したいアスタナの協力も得られた。おかげでラスト4km、壁の麓で、無事に全てのエスケープを回収し終わった。

坂道で真っ先に主導権を奪いとったのは、しかし、モヴィスターだった。先のツールを総合3位で終えたバルベルデが一番に仕掛けた。ラファル・マイカやアル等々が必死で食らいつくと、代わってツール総合2位のナイロ・キンタナが飛び出した。ライバル勢がたっぷり努力して、どうにかコロンビアのヒルクライマーへと追いつくと、またしてもバルベルデがひらりと上方へと躍り出た。

まるで、7月のツールで見られたような、ダブルリーダーによる波状攻撃だった。しかもフランスでは、アルプスまで来てようやく実を結んだ2人の連携プレーだったが、この日は早くも7月の王者が遅れ始めて……。ところが、モヴィスターの積極性も、フルームの苦しみも、今ステージに限っては単に一時的なものでしかなかった。

「言い訳をするのは好きじゃないけれど、落車の後、どんどん状態は悪くなっていった。途中棄権さえ考えた。肩がひどく痛かった。まるでナイフが刺さっているような痛みだった」(バルベルデ、チーム公式HPより)

「僕にとっては今大会で最も難しい上りフィニッシュのひとつだった。距離が短く、勾配がひどくキツイ。だから出来る限り自分の位置を守りに行くこと。それが僕にとって最も大切だった」(キンタナ、チーム公式HPより)

つまりモヴィスターコンビにとっては、言ってみれば苦し紛れのアタックだった。ゴール前3kmで、2人の猛攻は打ち止めになる。代わってデュムランが積極策に移行した。総合有力勢たちが少し息をついたゴール前2.7km、果敢に加速を仕掛けた。

「僕の作戦は、勾配の低い場所でアタックを仕掛けて、勾配のキツイ場所ではしがみつくことだった」(デュムラン、チーム公式リリースより)

たしかに、最初の攻撃は、勾配6%前後のゾーンだった。ところが幾人もが追走を仕掛け、特に10秒差のマイヨ・ロホを守りたいチャベスが集団を引き連れて戻ってくると、デュムランは再び速度を増した。勾配がキツイ場所に差し掛かろうが、構わなかった。2度、3度と執拗に加速を続けた。他の選手たちが顔を見合わせ、チャベスや総合3位ニコラス・ロッシュばかりに追走の責任を押し付けたのも、オランダ人にとっては幸いした。

「ひどく厳しいレースだった。坂道のせいだけでなく、デュムランのせいでね。僕らみんな、びっくりさせられてしまった。デュムランにはほとほと驚かされた」(ロドリゲス、チーム公式HPより)

びっくりさせられただけでなく、山道序盤のアタック対応で、みな少々疲れていたのかもしれない。むしろ、追走の主導を取ったのは、「山の上の方で力を発揮するために、山の下の方では守備的に走り、体力温存に務めた」(チーム公式HPより)とゴール後に真実を打ち明けたフルームだった!

おなじみの高速くるくる回転→瞬間移動……の威力こそ弱まっていたけれど、7月のマイヨ・ジョーヌの加速は、メイン集団にかなりの打撃を与えた。マイヨ・ロホのチャベスやジロ総合2位のアル、さらにツールで表彰台を分けあったキンタナやバルベルデ、昨ツール山岳賞マイカは必死でしがみつくも、じわじわと距離を離されていった。珍しくダンシングさえして加速したフルームに、最終的について行けたのは、ただロドリゲス1人だけだった。

そしてフィニッシュライン手前500mで、3者は合流を果たす。ツール覇者と、激坂ハンターと、タイムトライアルスペシャリストの、奇妙な三つ巴が実現した。

「フルームとロドリゲスが追いついてきて、もう終わりだ、と思った。こんなもんさ、糞ったれだ、今日もまたダメなのか、ってね」(デュムラン、公式記者会見より)

ロドリゲスがアタックし、距離を開け、フルームが追いかけた。デュムランは必死に張り付いた。続いてフルームが加速し、単独先頭となった。プリトが追いかけた。デュムランはひたすら後輪に入り込んだ。

「でも彼らだって、僕に追い付くために、とてつもない力を振り絞ったであろう知っていた。だから僕はもう、遠慮もためらいもなく、あらゆる力をペダルに込めた。2人共、疲れているはずだと思っていたから。僕にはほんのちょっとだけエネルギーが残っていたから、それを全て解き放った」(デュムラン、公式記者会見より)

フィニッシュまで75mで、フルームの背中をとらえ、そして追い抜いた。この夏、ツール・ド・フランス初日の短距離タイムトライアル勝利を期待されていたデュムランが、激坂フィニッシュで、生まれて初めてのグランツール区間優勝をもぎ取った。しかも第5ステージに思わぬ分断でマイヨ・ロホを手に入れ、わずか1日で手放しているが、今度こそ自らの意思と脚とで美しきリーダージャージを身にまとった。

「まったく想像もしていなかった事態だよ。ブエルタに来る前には、総合の野心なんて抱いていなかった。それが今では、総合首位に立っている。このまま総合トップで突っ走り続けるというのは、馬鹿げた望みだと思うけど、とにかくこの先どうなるか見て行きたいね」(デュムラン、公式記者会見より)

これまでも1週間程度のステージレースでは、しばしば総合上位に食い込む実力を披露してきた。今年のツール・ド・スイスでは、総合3位で終えている。24歳のデュムランが、2012年ツール覇者ブラドレー・ウィギンスと同じ道を歩んでいくのかどうかは、この先のお楽しみ……。とりあえず何事もなければ、2日後の休養日は、マイヨ・ロホのまま過ごすことが出来るかもしれない。

なにしろ総合2位のロドリゲスは57秒遅れ、最後の1kmだけで約1分もの遅れを喫し、3位に後退したチャベスは59秒遅れでつけている。また総合5位アルは1分13秒差、6位バルベルデと7位キンタナは1分17秒差、8位フルームは1分18秒差、9位マイカは1分47秒差と、まだまだデュムランのリードは大きい。休養日前日=第10ステージの危険箇所は、(まるで当てにならない)ロードブックで見る限り、ゴール前17kmの2級峠ひとつだけだ。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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