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かつてないほどの接戦は、ヒルクライマーたちの総反撃で、ドラマチックに終わりを迎えた。6秒差をひっくり返すために、ファビオ・アルとアスタナは、見事な戦術ゲームを繰り広げた。かれこれ3週間に渡って堅固な守りを敷き続けてきたトム・デュムランとジャイアント・アルペシンは、最後の最後で、崩れ落ちた。マイヨ・ロホはアルの手に渡り、デュムランは総合6位へと陥落した。
新城幸也が逃げた。チーム監督からの指示が出た。すごく調子が上がってきているのに、もう1度トライしないなんてもったいない……、本人もそう考えた。スタート直後に、他の10人と共に飛び出した。後方からさらに30人近い塊が追いかけてきたけれど、幸いにもジャイアント隊列からは逃げを許可された。マドリード到着の前日に、今大会2度目のエスケープへと、乗り出した。
1980年にヨープ・ズートメルクがツール・ド・フランスを制して以来の、オランダ人グランツール総合優勝へ向かって、ジャイアント隊列はまずは静かなる集団制御に勤しんだ。前日同様、できる限り急がずに。しかし、前日とは違って、不穏な空気が漂っていた。なにしろ、前方にはライバルチームの駒が、大勢滑り込んでいた。アスタナ2人、モヴィスター4人、カチューシャ2人、ティンコフ・サクソ1人。一方のオランダ隊列は9人全員が、デュムランの周囲を固めた。逃げ集団には最大13分ほどのリードを与えた。
1級峠をひたすら上ったり下りたりするだけの、ひどく難しいステージだった。2つ目の1級峠の山頂間近で、11人の先頭集団から、するするっとルーベン・プラサが抜け出した。「だって、まだ、ゴールまでとんでもなく遠かったから……」と、新城幸也がゴール後に語ったとおり、いまだに山が2つ半と、110kmという長距離が残っていた。誰も動こうとはしなかった。プラサはたった1人で冒険に乗り出した。7月のツール・ド・フランス第16ステージで、マンス峠からガップへの下りフィニッシュへと、単独で突き進んで行ったように。
「ゴールまで110km以上も残してアタックするというのは、かなりいかれた挑戦だということは分かっていた。でも、調子が、あまりにも良かった。コースを熟知していたし、自分にぴったりのステージで勝利を手に入れたかった。だから温存してきたエネルギーを爆発させた」(プラサ、チーム公式リリースより)
残された10人は、延々と付かず離れず追いかけてきた29人と合流した。プラサのリードが2分程度に広がると、2つ目と3つ目の山の間では、数多くの「ブリッジ」が試みられた。ところが、ジョヴァンニ・ヴィスコンティやアレッサンドロ・デマルキといった逃げ巧者が、どんなに猛烈に追い立てても、35歳ベテランの影さえ捕まえることができなかった。
「僕はパーフェクトなシーズンを過ごしている。チームメートやチーム、そして、すべてのファンたちにお礼を言いたい」(プラサ、チーム公式リリースより)
驚異的な脚を披露して、プラサはフィニッシュラインまで先頭で駆け抜けた。2005年ブエルタの第20ステージから、ちょうど10年ぶりとなる、地元スペイン一周での勝利だった。もちろん、2015年だけで、グランツール2勝を手に入れた。
エスケープ集団のはるか後ろで、マイヨ・ロホ集団は、比較的平和に歩みを続けていた。ルイ・メインティスの総合10位を守るために、途中からは、MTNクベカが集団牽引を買って出た。もしも、このまま何事も起こらなければ、デュムランのマイヨ・ロホ確定まであと60km……。
「今日の鍵は、3番目の山。4つの1級峠の中で、もっとも勾配の厳しい山だからね」(ステファノ・ザニーニ、アスタナ監督、スタート前インタビューより)
それはまた、自らのチームが攻撃に転じるという、はっきりとした宣言でもあった。3週間前に9人で走り出したアスタナは、ヴィンチェンツォ・ニーバリの第2ステージ失格、パオロ・ティラロンゴの第3ステージ負傷による途中棄権、アレッサンドロ・ヴァノッティの第19ステージ落車(「今日は歩くことさえきつかったのに」byアル、公式記者会見より)により、実質6人体制だった。そんな数的不利を跳ね飛ばして、3番目の山の麓で、今大会最後の大作戦へと走り出した。
ダリオ・カタルドとディエゴ・ローザの刻んだテンポは強烈だった。集団はあっという間に小さく絞り込まれていった。ジャイアントのアシストたちも、それまでの努力むなしく、揃って後方へと押しやられた。ミケル・ランダの加速がうなった。デュムランは苦しんだ。いや、あらゆる総合トップ10選手が、苦しんだ。前夜の奮闘がたたり、アレハンドロ・バルベルデは完全に脱落した。
「アルベルト・コンタドールが、僕のアイドルなんだ。そして彼は、いつだって、今だって、とてつもなく遠くからアタックを打ってきた」(アル、公式記者会見より)
ゴールまで50kmあまり。アル本人がアタックに転じた。前日のような小さなアタックを、繰り返したのではない。渾身の、大きなアタックを、ただ一発だけ打ち込んだ。
「最初の加速で、すでに、ギャップを縮めるのが苦しくなっていた。限界ぎりぎりだった。そして、アルが飛び出した。終わりだった」(デュムラン、チーム公式HPより)
大きな体躯の赤ジャージが、ついに、陥落した。そこまで後輪にじっと張り付いていたライバルたちも、転覆する船から逃げ出す小動物のように、単体で次々と前方へと逃れていった。デュムランの隣に残ったのは、ミケル・ニエベただ1人だけ。山頂では、すでに20秒の差をつけられていた。
3つ目の山の上りで、デュムランが脱落したのだとしたら、下りで、完全に止めを刺された。24歳のルーラーは、それでも、落ち着いて、追走を始めた。すぐにタイム差は、9秒にまで縮んだ。あと、ほんの少しで、アルやその他ライバルたちの尻尾を捕らえられるはずだった。
「あまりテクニカルな下りではなかったのが残念だ。もっと技術的なダウンヒルだったら、きっと前に戻れたのに。それに、谷間に入ると、アスタナのアシスト3人が、牽引を始めた。終わりだ、と悟った」(デュムラン、チーム公式HPより)
逃げ集団に滑り込んでいたルイスレオン・サンチェスとアンドレイ・ゼイツが、最高のタイミングで――デュムランにとっては最悪のタイミングで――、アルの一団を待っていた。下り巧者の「LL」が引き始めると、瞬く間に差は押し広げられた。わずか5kmほど走っただけで、9秒差は、1分差にまで拡大した。6秒差で守ってきたマイヨ・ロホは、完全に、アルにむしりとられた。
「もしも、前に1人、アシストを送り込んでいたら、もしも、1人でもアシストが残っていたら……、彼は救われたかもしれないのにね」(ロドリゲス、公式記者会見より)
さらに5kmほど先で、ホアキン・ロドリゲスに、総合2位の座を譲り渡した。最終峠では、アル集団からラファル・マイカとナイロ・キンタナが飛び出していき、総合3位と4位の座も奪われた。アルやロドリゲスと最後まで共に走ったエステバン・チャベスに、わずか16秒差で、総合5位入りの可能性さえ潰された。つまり総合6位となった赤いジャージは、アル集団から1分52秒遅れでフィニッシュラインを越えた。「もはや勝ち目はない、と思った後はファブリス(ジャンデボス)のために残る力を使いました」と語る新城幸也も、疲れ果てたデュムランの背後で、1日を終えた。
「デュムランのことは残念に思うよ。彼は強かった。最初のステージから、強さが見て取れた。均整の取れた選手で、素晴らしいブエルタを実現させた。頭角をぐいぐい現してきた。彼がこのブエルタで成し遂げたことを、心から称賛するよ」(アル、公式記者会見より)
そう語るアルは、2014年ジロで、一気に頭角を現した。難関山頂フィニッシュを勝ち取り、総合3位に躍り出た。昨年のブエルタでは、区間2勝に総合5位と、実力を再確認してみせた。2015年はさらにステップアップして、ジロ総合2位、そしてブエルタ総合優勝へ――。
「自分が成し遂げたことを、まだ上手く理解していないんだ。ただ周りの全ての人たちが、僕を高いところまで引き上げてくれた。この勝利をつかんだのは、彼らであって、僕個人じゃないんだよ。とにかく、このリーダージャージを着ることができて、幸せに思う」(アル、公式記者会見より)
2015年ブエルタの総合の戦いは、終わりを告げた。史上初めての「1990年生まれ」グランツールチャンピオンは、真紅の衣を身にまとい、マドリードへの凱旋パレードを行う。総合2位ロドリゲスは人生5度目の、3位マイカは生まれて初めてのグランツール総合表彰台へと上る。もちろん山岳賞ジャージはオマール・フライレで確定しているし、複合賞は「プリト」でほぼ確定だろう。
あとは、マドリードのど真ん中で、今大会最後の集団スプリントを華やかに繰り広げるだけ。失意のジャイアント・アルペシンが、きっと、ジョン・デゲンコルブのためにもう1度トレインを組み上げるのだろう。4年連続の総合表彰台乗りを逃したバルベルデも、なんとか緑のポイント賞ジャージを着て表彰式に出席するために、ラストスプリントに打ってでるに違いない。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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