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マドリードの周回コースに吹き付ける風は、秋の気配を含んでいた。24時間前のマイヨ・ロホ喪失の悲しみを乗り越えて、ジャイアント・アルペシンが、最後にもう一度だけトップスピードで隊列を組んだ。ジョン・デゲンコルブの渾身のロングスパートで、今度こそ、チーム全員の努力が美しく実を結んだ。その背後では、ファビオ・アルが、生まれて初めてのウィニングランを楽しんだ。夕空に、真紅のリーダージャージが、美しく浮かび上がった。
たっぷりと朝寝坊して、さらにはシエスタの時間を終えたころ、最後のステージが始まった。3週間の激戦を潜り抜け、ほんの24時間前まで難関山岳と苦闘してきた158人の勇者たちは、完走した者だけが許されるパレードランへと走り出した。
アダム・ハンセンにとって、マドリード到着とは、2011年ブエルタから始まった4年越しの挑戦の成功だった。ほんの3週間前は、1954年から58年にかけて12回連続でグランツール完走を果たしたベルナルド・ルイスと並び、連続グランツール完走の史上「タイ」記録保持者に過ぎなかった。オーストラリアのタフガイは、この日のフィニッシュラインで、ついに、単独記録保持者となった!とてつもない偉業を賞賛するために、プロトンの仲間たちは、各自のバイクに小さな「13」のプレートをつけた。
新城幸也にとって、スペイン一周の終わりは、日本人として史上初めての3大ツール全出場・全完走を意味した。2009年ツール・ド・フランスに初めて出場し、翌2010年にはジロ・デ・イタリアに挑戦し、そして2015年、ついにブエルタ・ア・エスパーニャも走り切った。
「日本人初めて、うん……、そうなんですよね。でも、これからやってくる若い選手たちには、これを超えていって欲しいです。僕は今、こうして3大ツールを完走しましたから、次の目標は、各ツールでステージ1勝ずつすること。選手としての生涯の中で、これを実現したいですね。まずはこうして出場して、完走して。それを繰り返していくうちに、ステージ優勝が付いてくると思っています。だからこの次は、段階的には、どこかのグランツールでステージ優勝です!」(新城幸也、ゴール後インタビューより)
小さな中世都市から、巨大な首都へとゆっくり向かったプロトンは、周回コースに入るとすぐに真剣勝負へとギアを切り替えた。なにしろ全部で10周回するうちの、2回目のフィニッシュラインには、緑ジャージ用のポイントがかけられている。第20ステージ終了時点で、わずか2pt差でポイント賞2位につけていたアレハンドロ・バルベルデが、逆転首位を狙わないはずはなかった!
モヴィスターは列車を編成し、稀代のオールラウンダーを中間スプリントへ解き放った。しかも列車要員もろともポイント潰しに走った。結果は1位4ptモヴィスター(バルベルデ)、2位2ptモヴィスター(ホセホアキン・ロハス)、3位1ptモヴィスター(フランシスコホセ・ベントソ)。おかげでバルベルデは2pt差で逆転首位に立ち、もはや、これで十分だった。35歳のバルベルデは、4年連続6度目の総合表彰台こそ逃したものの、人生3度目のマイヨ・プントスを持ち帰った。
それから、エスケープ集団が、最後のひと時を華やかに盛り上げた。まずは6人がプロトンを先行した。特に第3ステージ(山岳ポイント発生初日)から最終日まで山岳ジャージを死守し続けたオマール・フライレが、全長5.8kmの周回コースで、素敵な青玉シャツを見せびらかした。今年のジロ最終周回ステージを制したイーリョ・ケイセや、今大会驚異的な単独逃げ切り勝利を手にしたアレクシー・グジャールも、あの日の成功を再現しようと飛び出した。
夕暮れ時がやってくると、メイン集団のスピードはぐんぐん上がっていった。トレックファクトリーレーシングは大会4勝目を狙って、貪欲に列車を組んだ。BMCやランプレ・メリダ、オリカ・グリーンエッジも前方へ競り上がった。なにより、ジャイアント・アルペシンの面々が、前夜の苦い思い出を吹き飛ばすべく、追走作業に精を出した。悲しきマイヨ・ロホ喪失劇の主役トム・デュムランさえも、プロトン最前線に駆け上がると、パーフェクトな牽引を披露した。シベレス広場に最終1周を告げるジャンの音が鳴り響き、集団はひとつになった。
T字の周回コース……つまり3つのヘアピンコーナーと、2つの約90度カーブを含むテクニカルなコースを、ブエルタ一行はとてつもないスピードで走り続けた。ジャイアント隊列は、最後のヘアピンコーナーに先頭で突っ込んだ。発射台2人が先頭を爆走し、完璧なポジションで、デゲンコルブを最終ストレートへと導いた。そして、少々早すぎるほどのタイミングで、リーダーは解き放たれた。待ちすぎたせいで、ことごとく行方を塞がれてしまった過去の失敗を、繰り返さぬように。
「ついに!この勝利を手につかむことができて、本当にうれしい。このために、僕らは21ステージも待たされたんだから」(デゲンコルブ、チーム公式リリースより)
2012年大会は5勝、2014年は4勝をたたき出した。今年も区間勝利を量産すべく、チームリーダーとしてスペイン一周へ乗り込んできた。しかし2015年大会、ここまでのスプリントチャンス5回で手に入ったのは、区間2位が2回、3位が1回……。その代わり、デュムランのマイヨ・ロホを守るため、アシスト役として汗を流してきた。第19ステージの石畳ファイナルでは、パリ〜ルーべ覇者として、完璧なるリードアウト役を務めたことも。
「昨日は僕らにとって暗黒の1日だった。みんな大いに失望した。でも、これがスポーツ、これが人生なのさ。僕らはトムを誇りに思う。チームにとっては過去一番成功したグランツールになったし、自分たちが成し遂げてきたことを誇らしく感じる。大会を最高のやり方で締めくくることができたし、チームのみんなが、この勝利に値するんだ。おかげでポジティヴな気持ちで、家に帰ることができる」(デゲンコルブ、チーム公式リリースより)
第20ステージ前夜に腹痛と下痢に苦しんだデュムランは、6秒差で身にまとっていたマイヨ・ロホを失ったどころか、表彰台からさえ滑り落ちた。初めての、というよりも「予定外の」グランツール総合争いは、6位で幕を閉じた。小さな慰めとして、大会全体を通しての総合敢闘賞に指名された。今年のブエルタを大いに盛り上げた立役者として、マドリードの表彰式に参加することが許された。
5月のミラノに続いて、今年2回目のグランツール総合表彰台に臨んだのは、ファビオ・アルだった。ジロではあくまでも2番手の位置だったけれど、今回はホアキン・ロドリゲスとラファル・マイカを左右に従えて、最も美しい栄光に酔いしれた。顔いっぱいに笑顔が広がった。
「美しいブエルタでした。ブエルタは大好きなレースです。しかも、観客の皆さんのおかげで、この大会はさらに美しいものとなっているのです。本当に感謝します。チームのみんなに、アスタナのすべてのチーム関係者に、この勝利を捧げます。この勝利は彼らのものです。それからプリトに、賞賛の言葉を送ります。ファンタスティックなバトルを繰り広げてくれましたし、素晴らしい区間勝利も手にしています。自らが偉大なるチャンピオンであることを、またしても証明してくれました。それから、ラファにも。世界屈指の強豪が並んだこのブエルタで、この地位に相応しい、素晴らしい走りを見せてくれました。とにかく、この場にいる皆様に、ありがとうの気持ちでいっぱいです。それでは、また、次回に」(アル、優勝演説より)
それにしても、サルデーニャ生まれのヒルクライマーは、どうやら5歳年上のシチリア産オールラウンダーと同様の一歩を踏み出したようだ。ヴィンチェンツォ・ニーバリもまた、初めてのグランツール制覇は、25歳で戦ったブエルタだった。残念ながら、区間勝利がないのも一緒だったけれど(エセキエル・モスケラの失格により、ニーバリは後年ステージ勝利を与えられている)。
2015年のグランツールの戦いは、夜の闇の中で、煌びやかに幕を閉じた。秋の訪れと共に、自転車シーズンの終わりも、ゆっくりと近づいている。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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