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9.8kmの個人タイムトライアルが、2016年ジロ・デ・イタリアの最初のマリア・ローザの持ち主を決定した。涼しげな水をたたえた運河沿いの道や、緑に彩られた並木道を、出場198選手中最も速く駆け抜けたのはトム・デュムランだった。「祖国オランダで、開幕タイムトライアルが争われるからこそ、ジロ出場を希望したんだ」と開幕前に語っていたTT巧者が、ウィレム・アレクサンダー国王の目の前で、若き王者となった。
まるで初夏のような陽気と、ピンク色の熱気が、北の大地を覆いつくした。キリストの昇天祭の週末は、幸いにも、たいていの人々が木曜日から4連休を満喫している。おかげでたくさんの家族連れが、自転車に乗って、開幕グランド・パルテンツァにやってきた。
沿道をびっしり埋め尽くすファンの多さに、グランツール初出場の山本元喜は、とにかくびっくりさせられたという。
「スタートラインに立った瞬間は、心拍数がちょっと上がりましたけど……。緊張したのはその一瞬だけ。走り出してからは、いつも通りの心境を取り戻すことができました。でも走っている間中ずっと沿道の人垣が途切れなかったのは、本当に『すごいなぁ』と思いましたね。ピンクのシャツがたくさんいて、拍手もたくさんもらうことができて。こんな経験は初めてです」(山本元喜、ゴール後インタビュー)
前半踏みすぎたせいで、後半少し勢いが落ちてしまったという山本は、初めてのジロの初めてのステージを12分33分で走り終えた。初めて付いた成績は、首位から1分30秒遅れの190位だった。
「後ろの選手(マルティン・ケイゼル)に追い抜かれてしまった時は、ちょっと気が抜けてしまいました。でも1日目を無事に終えたし、調子もかなり良いと感じています。まずは明日あさってを無事に乗り切らなければなりません。ジロとは言っても、やっぱりオランダでのレースは、オランダ風のレースになると思うんです。もしも強風の中で分断が起こったら、厳しくなりますよ。平坦だから、きっとグルペットさえできないでしょう。罠にはまってしまわぬよう、警戒していきたいです」(山本元喜、ゴール後インタビュー)
区間優勝と初日マリア・ローザの戦いは、コンマ差にもつれこんだ。145番スタートの「ネオプロ」プリモシュ・ログリッチェが、やはり生まれて初めてのグランツールの初めてのステージで、暫定トップの座に躍り出た。ゴールタイムは11分03秒。
そこから約40分後、デュムランが平均時速時速53.212kmでフィニッシュラインへと滑り込んだ。ゴールタイムは、やはり11分03秒。
ログリッチェとデュムランという2人の選手が、つまり、まったくの同タイムで並んだ。いや、正確に言えば、同タイムではなかったのだ。個人タイムトライアルで同タイムが記録された場合、100分の1秒まで比較される。そしてデュムランが、ほんの、わずか、たったの、……100分の1秒速く、計測システムを作動させたのである!
「僕は幸運な男だよ!だってタイムトライアルに『パーフェクト』は絶対にありえないものだから。今日の僕だって、小さなミスをいくつも犯したからね」(デュムラン、記者会見より)
この日の勝者が、心から喜びを爆発させることができたのは、さらに15分ほど待ってから。最後から2番目に走り出したファビアン・カンチェラーラが8位に沈み、最終走者が走り終えた瞬間に、デュムランの1位が確定した。昨秋ブエルタの終了日前夜にマイヨ・ロホを失った25歳が、生まれて初めてピンク色のジャージに袖を通した。
ちなみにデュムランは、昨夏、黄色のチャンスを逃している。2015年のツール・ド・フランスは、やはりオランダから走り出した。初日個人タイムトライアルの優勝候補に挙げられていたデュムランは、首位から8秒差の4位に終わった。悔しさを顔中に滲ませて、押しかけたメディアやファンの目を避けるように、足早にフィニッシュ地を立ち去ったものだった。
「なにしろ『祖国』で、『初日優勝候補』というのは、生まれて初めての体験だったから。ユトレヒトではフラストレーションを味わったよ。でも、あの経験があったおかげで、今回はプレッシャーはそれほど感じずにすんだ。むしろリラックスして走ることができた。だから『ホッとした』気分よりも、『嬉しい』気分のほうがずっと大きいんだ。大会前から何度も繰り返しているように、今回は総合争いに加わるつもりはない。そうは言っても、できる限りマリア・ローザを守って行きたい。オランダステージの残り2日も、お天気に恵まれるといいね。そして今日と同じくらい、たくさんの人々に応援に来てほしい。こんな素晴らしい体験が祖国で味わえるなんて、言葉では言い表せないくらいスペシャルだよ」(デュムラン、記者会見より)
ツールのマイヨ・ジョーヌ29日間、ブエルタのリーダージャージ5日間(マイヨ・ロホではなく、マイヨ・オロだった時代だ)、しかしジロのマリア・ローザは未体験のカンチェラーラは、走り終わった直後にゴールエリアに崩れ落ちた。胃腸炎に苦しみ、体調は完全ではなかった。
「出来る限りのベストを尽くそう、そんな風に自分に言い聞かせて、その通り僕はやった。そしてこれが正直な結果なんだ」(カンチェラーラ、チーム公式HPより)
今年限りの現役引退を宣言しているカンチェラーラは、すると、ジャージを身にまとうキャリア最後のチャンスを失ってしまったのだろうか。いや、やはり昨7月のツール初日、やはり走り終わった直後にゴールエリアに崩れ落ち(あの時は酷暑のせいだった)、6秒差でマイヨ・ジョーヌを逃したカンチェは、翌日第2ステージの終わりにまんまと黄色い栄光を手に入れている。今回取り戻すべきは14秒と、決して小さくはないタイムだけれど……。とにかく「スパルタクス」は、戦いを投げ出したりせずに、走り続ける意志を表明している。
3週間後のマリア・ローザを争う選手たちの中では、ヴィンチェンツォ・ニーバリが11分22秒とトップタイムを叩き出した(首位から19秒差の16位)。ジロ初挑戦アレハンドロ・バルベルデは極めて手堅くまとめ、ライバルからの遅れをわずか5秒に食い止めた(首位から24秒差)。さらにエステバン・チャベス11秒差(30秒差)、リゴベルト・ウラン14秒差(33秒差)、ラファル・マイカ19秒差(38秒差)、ミケル・ランダ21秒差(40秒差)と続く。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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