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2年前のエネコ・ツアーでプロ初勝利を手にすると共に、トム・デュムランからリーダージャージを奪い取って総合を制したティム・ウェレンスが、人生初のグランツール区間勝利に輝いた。あの頃はもっぱらタイムトライアルだけが強みだったけれど、昨ブエルタでは山でも覚醒したデュムランは、今大会初の山頂フィニッシュで改めてオールラウンドな能力を証明した。総合本命のヴィンチェンツォ・ニーバリとアレハンドロ・バルベルデは、わずかながら、タイムを失った。
奇妙なステージだった。大会最初の山頂フィニッシュで、しかも短距離走だったから、スタート直後から激しい展開が予想されていた。開催委員会だってそれを見越して、普段より1時間半も早くテレビ中継を開始した。ほぼスタートからフィニッシュまでの完全ライブで、手に汗握る戦いの全貌が、世界中で楽しめるはずだった。
ところが、蓋を開けてみると、期待は少々裏切られた。スタートから13km、アレクサンドル・コロブネフ、アレッサンドロ・ビゾルティ、エウゲルト・ズパの飛び出しを見送ると、メイン集団はスロー進行に切り替えた。タイム差はすぐに6分半まで広がった。この日の勝者も、一時は全てを諦めたほどだった。
「朝から逃げようと決めていた。でも、あっさり3人が先に行ってしまって、それ以上何もできなかった。だから気持ちを切り替えた。『今日はもう終わり、あとはプロトンの中で静かな1日を過ごそう』って」(ウェレンス、ゴール後TVインタビュー)
スタートから50kmを過ぎて、大会最初の2級峠へと登り始めると、重い雨雲にテレビ中継さえ阻まれた。ファンたちはやきもきさせられた。しかし映像が途絶えている間、ダミアーノ・クネゴが山頂4位通過で山岳ポイントを収集し、山岳ジャージを守り切ったこと以外、幸いにも特筆すべき動きはなかった。ただ打ち付ける雨と、寒さに、選手たちの多くが耐え忍んでいただけだった。
濡れた路面での慎重なダウンヒルを経て、テレビ中継もめでたく復帰し、いつしか乾いた平地へとたどり着くころには……、レース状況は少しだけ変化していた。逃げの顔ぶれは、ズパとビゾルティに絞りこまれた。ニーバリのアスタナとバルベルデのモビスターが下りを先導しているうちに、メイン集団はいつの間にかタイム差を45秒にまで縮めた。
しかし、縮んだタイム差は、再び開いていく。雨雲から抜けだし、緊張感から開放されたプロトンは、走行スピードを再び緩めたのだ。ただ、数人だけは、思いがけず転がり込んできた再アタックのチャンスを見逃さなかった。それはウェレンス本人……ではなく、友達であるデュムランであり、チームメートのピム・リヒハルトだ。
「トムから『今がアタックするタイミングだ。もし君が行くなら、僕ら追走しないから』って言われた。でも、すぐには、動けなかった。そうしたらチームメートのピムが、声をかけてきた。『一緒に飛び出さないか』って。そして2人で飛び出したのさ」(ウェレンス、ゴール後TVインタビュー)
オランダを抜けだしても、オランダ語同盟の連帯は強かった。2日前の誕生日アタックは実を結ばなかったティムは、ピムとトムのありがたい言葉に従って、ゴール前72kmで飛び出した。トレック・セガフレードのローラン・ディディエと、当然ながらリヒハルトを伴って。タイム差は再び3分差に達していたけれど、ほんの10kmほど走っただけで、簡単に逃げ2選手に追いついた。
約束通り、デュムラン親衛隊が制御するメイン集団は、追いかける素振りさえみせなかった。おかげでウェレンス含むエスケープ集団は、みるみるリードを開いていく。ゴール前35kmで、最大9分ものタイム差を許された。
エネコ・ツアーで総合2連覇を飾り、昨秋はカナダのGPモントリオールを制し、この春にはパリ〜ニース最終ステージでアルベルト・コンタドールやリッチー・ポートも破っている(といってもウェレンスだけは大逃げの果てに)。しかし、25歳の血気盛んなルーラーは、「飛び出しは多いけれど、タイミングが早すぎる」と批判されることも多かった。この春はアムステル・ゴールドレースとフレーシュ・ワロンヌで飛び出し、吸収され、本人も「ちょっと慌てすぎた。もっと我慢しなきゃ」なんて反省のコメントを出したほど。
この日はラスト15kmまで待った。つまりフィニッシュへと続く2級ロッカラーゾの勾配に、飛び込んだ直後だった。全力を尽くしたリヒハルトは脱落していき、ディディエが加速を仕掛けた。ビゾルティとズパがすぐに反応する一方で、ウェレンスは脊髄反射はしなかった。後方で様子をうかがい、さらには道路を反対側から、3人を静かに眺めた。ライバルたちの脚の状態を、今一度、確認するかのように。そして、目の前を走るオートバイのスリップストリームを拝借すると、そのまま単独で飛び出した。タイミングは完璧!
孤独に上り詰めた山の頂では、歓喜の時が待っていた。観客にたっぷりと投げキッスを振りまき、フィニッシュラインでは両指でハートマークをアピール。そしてラインを越えた直後に……、なんと自転車を頭上へ高々と持ち上げた。ロット・ソウダルの区間2連覇に貢献した自転車を、まるで称えるかのように。前代未聞のパフォーマンスはまた、後続を大きく突き放して独走勝利を決めた者の、特権なのかもしれない。
後続がフィニッシュラインへたどりついたのは、1分19秒後。やはりラスト15km地点でメイン集団から抜け出してきた、ヤコブ・フグルサングが2位に滑り込むことになる。
山に入った途端に、アスタナが隊列を組み上げた。強烈なテンポを刻み、そしてフグルサングを前方へと発射した。総合で35秒遅れの危険人物が飛び出せば、チーム ジャイアント・アルペシンはどうしてもスピードアップに着手せざるをえない。そんな目論見通りに、デュムランの数少ない山岳アシスト2人は、集団先頭で追走を始めた。
47秒遅れのカンスタンティン・シウトソウもすぐに合流したおかげで、フグルサングは順調に「暫定」マリア・ローザの立場を手に入れた。アスタナはもちろん、モヴィスターやティンコフ、ロットNL・ユンボも代わる代わる集団前方でスピードアップを繰り返し、ジャイアントに揺さぶりをかけた。そしてゴール前4km。ニーバリ本人が、大きな一発を繰り出した。
2014年ツール・ド・フランスだったら、そのまま1.5km先を必死で逃げる選手を吸収して、区間勝利さえさらってしまったかもしれない。しかし2016年ジロのニーバリは、あっさりライバルたちに引きずり戻された。それどころか、吸収と同時に、デュムランにカウンターアタックを許してしまった!
「目標は単にジャージを守ることで、山で動こうとは考えてもいなかった。でも、本能にまかせて、アタックした。ニーバリの加速だって強烈だった。でもタイミングが良くなかった」(デュムラン、ゴール後TVインタビューより)
急勾配でアタックしたニーバリに対して、勾配が少し緩んだゾーンで、デュムランは加速した。マリア・ローザが選んだタイミングは、どうやら完璧だった。ドメニコ・ポッツォヴィーボとイヌール・ザッカリンという、総合上位を狙うヒルクライマーが一緒に付いてきたのも、先を急ぐには好都合だった。おかげでラスト1kmで、フグルサングとシウトソウの回収に成功した。
ただボーナスタイムのかかっった山頂スプリントだけは、ニーバリのために必死のフグルサングに奪い取られた。3位にはザッカリンが滑り込んだ。小さな分断があったとして、次点4位のデュムランは、2人から3秒遅れ(ウェレンスからは1分22秒遅れ)のタイムが記録された。
デュムランに置き去りにされた集団からは、フィニッシュ間際に、ラファル・マイカやエステバン・チャベス、リゴベルト・ウランが次々と加速を切った。バルベルデやミケル・ランダ、なによりニーバリはまたしても出遅れた。最終的にチャベスは7秒、ウランとマイカは11秒、バルベルデ14秒、ランダとニーバリは21秒を、マリア・ローザから新たに失った。
「自分でもびっくりしてる。この先、できるだけ長く、マリア・ローザを守っていく。『空白の1日』に襲われたら、全てを失ってしまうけど……。そんなことは去年のブエルタで学習済み。あの大会で、僕は総合リーダーとしての研修を済ませたんだ」(デュムラン、ゴール後TVインタビューより)
前夜の公式記者会見で「自分をびっくりさせたい」と語っていたデュムランは、2位以下との総合タイム差を20秒から26秒へと開いた。総合2位にはフグルサングがつけ、3位にザッカリン28秒差が続く。バルベルデは41秒差、ニーバリは47秒差に後退。事前に優勝本命に上げられていた選手の中では、ランダが1分08秒差で最も苦しんでいる。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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