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移ろいやすい空模様が、劇的な結末を演出した。乾いた路面を走ったプリモシュ・ログリッチェは、第1ステージのリベンジを果たした。全身ピンク色で全力を尽くした最終走者ジャンルーカ・ブランビッラは、雨にも助けられて、勇敢にリーダージャージを守り切った。23歳のボブ・ユンゲルスが悪条件を跳ね飛ばしてフレッシュな走りを披露した一方で、本物の総合本命たちは、冴えた成績は残せなかった。大会2度目の休養日を控え、マリア・ローザ争いの結論はいまだ出ぬままだ。
40.5kmという長距離に、絶え間なく襲い掛かってくる起伏。上りは厳しく、下りはスリリングで、カーブは危険がいっぱい。すでに8日間も戦い抜いてきた選手たちにとって、スタートが遅め(第一走者は12時40分)だったのは、ありがたかった。しかし最終15人を除いて、スタートが1分間隔しかなかったのは、一部の選手にとっては災いだった。だって本気で走った選手たちは、あっという間に前走者をとらえることになったからだ。
たとえば、同種目で世界選4勝&五輪金メダルと無双を誇ってきたファビアン・カンチェラーラは、「前に見える選手に追いつこうと、無理に力を使ってしまった。そのツケを最終盤に払うことになった」(チーム公式HP)と後悔する。開幕直前に患った胃腸炎から、ようやく癒え始めていた35歳の肉体には、十分なパワーが残っていなかった。それでも区間4位と恥ずかしくない成績を収めたが、この日を限りに、帰宅を決意した。熱望していたマリア・ローザを着用するどころか、区間勝利さえもつかめぬまま、「スパルタクス」はジロから永遠に立ち去ることになった。
追い抜かれた選手が、追い抜いた選手を利用する事態も多々発生した。UCIルール2.4.18によると、タイムトライアル中に追いつかれた選手は、横の間隔を最低2mは開けなければならない。しかしアレクセイ・ツァテヴィックは、1分後に出走したトビアス・ルドビクソンに追いつかれると、そのままスウェーデン人の背中に張り付いた。テレビカメラもまた、その姿を延々と追い続けた。当然ながら、審判団からペナルティを課された。UCIルール12.040の40.1に則って、罰金100スイスフランと、なんと……6分48秒という大量のペナルティタイム!(ペナルティタイムは走行時速と違反距離に比例して決定される)
難しいコースを、道路が乾いているうちに急いで走り終えたのが、全186選手中42番スタートのプリモシュ・ログリッチェだった。まんまと51分45秒の暫定トップタイムを叩きだした。その後、小雨が降り始め、いつしか土砂降りに代わり、再び雨脚が弱まる中、プロ一年生は4時間じっと待ち続けた。……実は約10日前の大会初日は、1時間待った果てに、トム・デュムランにわずか0.01秒差で首位の座を奪い取られた。だから最後まで、決して油断はできなかった。
かくも長い待ち時間の果てに、ログリチェはプロ人生で初めての勝利を手に入れた。スキージャンパーとして世界ジュニア団体戦を勝ち取った経験はあるけれど、個人としては、初めて出場したグランツールで、初めてつかみとった大きな栄光だった。
「本来なら大喜びして飛び跳ねるべきなのかもしれないけど……。でも、おかしなことに、実感がわかないんだ」(ログリチェ、公式記者会見より)
ほんの10日前までほぼ無名だった選手の快挙には、3つの逸話が隠されていた。1つめは、出走直前に自転車交換を余儀なくされたこと。スタート前の機材検査で、レース審判からバイクが規定外と指摘され、あわててチームカーの屋根に積んであった交換用バイクに飛び乗ったという。2つめは、走行中にサイクルコンピューターやボトルを落としてしまい、一時は走る気力を無くしてしまったこと。それでも監督から励まされて、なんとかリズムを刻み続けた。そして3つ目が;
「今回のジロに来るまで、10kmを超える個人TTを走ったことがなかったんだ!」(ログリチェ、公式記者会見より)
まあ、2月のアルガルヴェ一周で全長18kmの個人TTを24位で終えていることは、目をつむるろう。これ以外は、たしかに、元スキージャンパーが10.1kmを超える単独走行を行ったことはない。
「TTは自分との戦いだ。自分自身をコントロールしなければならない。スキージャンプに似ているところがあるね。でも、だからと言って、TTが自分向きだとすぐに気がついたわけではないんだ。ただ、どうやら、そうらしいんだけど」(ログリチェ、チーム公式HPより)
雨を逃れた幸運な選手もいれば、冷たい雨に打たれた選手も大勢いた。特に総合上位を争う選手たちは、揃って難しいコンディションの中に放り出された。多くの選手が胸の前で十字を切り、安全を祈りながらずぶ濡れの路面に飛び出していく中で、新人賞ジャージ姿のボブ・ユンゲルスはできる限りの危険を冒した。
「カーブは注意深くこなす必要があったけれど、タイムを多く失いすぎないよう気をつけた。スタートする前から、自分向きのTTコースだと分かっていたんだ。3月のストラーデ・ビアンケの後にコースをした見に来ていたからね」(ユンゲルス、ゴール後TVインタビューより)
ルクセンブルクの現役TT王者であり、2010年の同種目ジュニア世界チャンピオンは、雨にも負けず、区間首位からわずか45秒遅れの区間6位に滑り込んだ。そしてこの好走のおかげで、前日の時点では1分21秒差の総合14位に過ぎなかったが23歳が、総合2位へと一気に浮上することになる。
とういのも第1ステージ王者にして、今大会ではカンチェラーラと並ぶ世界屈指のTTスペシャリストのトム・デュムランは――前夜マリア・ローザを脱いで総合11位に沈んでいたが――、「必要のない危険は冒さなかった」(ゴール後TVインタビューより)。区間1分58秒遅れで静かに走り終えた。
また総合3位ステフェン・クルイスウィクから10位ミケル・ランダまでの総合本命8選手で、目を見張るようなパフォーマンスを見せた選手もいなかった。むしろヴィンチェンツォ・ニーバリ2分13秒差、ランダ2分20秒差、クルイスウィク2分23秒、アレハンドロ・バルベルデ2分24秒と、良くも悪くも、どんぐりの背比べ状態だった。さらには、2年前に同じような起伏TT+雨天を制したリゴベル・ウランが、区間首位から4分12秒差と、完全なる失敗で1日を終えた。
もっとも危険分子だったのは、2007年欧州選手権ジュニア個人TT王者イルヌール・ザッカリンだ。前ステージ終了後には、総合でわずか23秒差の2位につけていた。しかも11.6km地点での第1計測地点では、首位から+18秒と、素晴らしいスタートダッシュを成功させていた。しかも最終走者のブランビッラが第1地点で+44秒だった時点で、「暫定」ピンクにさえ輝いていた。
ところが、である。濡れた路面で、ロシアの長身はバランスを崩し、アスファルトに転がってしまった。急いで走りだしたが、しばらくしてから、自転車の不備に気がついた。慌ててバイクを交換するも、途切れた集中力とスピードを取り戻すのは、簡単なことではなかったはずだ。さらには、なんとか被害は最小限に食い止めた……と思ってたどり着いたフィニッシュまで300m手前のUカーブで、その他大勢の選手にならって、滑り落ちてしまう。
「なにも言うことはない。心の底から失望している。こんな不運に襲われるとは予想さえしていなかった。調子はすごく良かったし、力強い走りがしたいと思っていたのに。なのにたったの1日で、落車2回にバイク交換1回。あんまりだよ。怪我もした。左足に、お尻に、それからヒザの周り。早く回復させたいと願ってる」(ザカリン、チーム公式HPより)
自爆したザカリンの背後を、ブランビッラは賢く走った。「最初から全力で飛ばさないこと」「後半にパワーを温存すること」「リズムを崩さず走ること」、こんな個人タイムトライアルの鉄則をきっちり守り切った。だから第1計測地点で大きく遅れた後の、タイム損失曲線はずいぶんと緩やかだった。最終的にはログリッチェから2分05秒遅れの53分50秒でフィニッシュ。いまだに総合タイムではあらゆる選手をリードしていたし、なによりチームメートのユンゲルスを、ほんの1秒だけ上回っていた!
「難しく、テクニカルなコースだった。でも全てを無事に終えることができて、本当に満足している。スタート前はリラックスしていたし、自信もあった。全力を尽くしつつ、安全にも気を配った。あと少なくとも1日には、マリア・ローザを着て走ることができるなんて、本当に嬉しいよ」(ブランビッラ、チーム公式リリースより)
ブランビッラとユンゲルス。つまりエティックス・クイックステップが総合上位2位を独占した状態で、2016年ジロは2度目の休養日を迎える。いわゆる総合本命の中ではクルイスウィクが総合4位51秒差で最も上位につけ、ニーバリ5位53秒差、バルベルデ6位55秒差が極めて僅差で追いかける。第8ステージで大きく遅れたデュムランも、総合7位58秒差と総合戦線へあっさり復帰を果たした。さらにランダ8位1分18秒差が続き、総合9位以降(マイカ1分45秒差)は少々遅れが広がった。
それにしても、今大会はいまだに、頭ひとつ抜けだした選手が存在しない。誰が最終的にマリア・ローザを着ているのか、まるで見えてこない。きっと1週間後の、3度目の休養日に入る前には、状況はよりクリアになっているだろう。この週の終わりには、ジロ一行はドロミテに突入する。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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