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1年前は第5ステージであっさりと、アルベルト・コンタドールがマリア・ローザを手に入れたものだった(第13ステージで1日だけ手放すが)。大本命が素早く戦いの流れを決めた昨大会とは違い、この日またしても、総合候補以外の第三者がリーダージャージを身にまとった。最後まで精一杯奮闘したボブ・ユンゲルスに代わって、総合リーダー補佐役のアンドレイ・アマドールがピンク色の喜びに包まれた。いわゆる大物たちはそれぞれに攻撃を試みたが、明確な違いは誰一人として生み出せなかった。混迷する総合争いの前方では、激しいポイント&山岳争いが繰り広げられ、総合リーダーを失った元補佐役のミケル・ニエベがフィニッシュラインで両手を上げた。
ついに2016年ジロ一行は、本格的な山へと足を踏み入れた。ヒルクライマーにとっての楽園は、スプリンターにとっての地獄。4人のスプリンターが出走を取りやめ(特に前日の首位&2位のアンドレ・グライペルとカレブ・ユワン)、ステージ中にもスプリンター2人(+1人)が自転車を降りた。一方で、帰宅を拒否したジャコモ・ニッツォーロやアルノー・デマール、サッシャ・モドロは、序盤に出来上がった逃げ集団に滑りこんだ。
赤ジャージの正統なる後継者になりたかった。山に入る直前の41.8km地点には、中間ポイントが待っていた。わずかなポイントを巡って、3人は必死にもがいた。結果はデマールがまんまと首位通過で8ptを収集。4位モドロと5位ニッツォロは「中間ポイント賞」用のポイントは収集したけれど、肝心の「ポイント賞」用ポイントはゼロ点で終えた。ジャージは通算138ptのニッツォロが引き継ぎ、デマールは119ptで2位、モドロは84ptで4位につける。
山岳賞を狙う選手たちも、全4峠で最高100ptの収集が可能な今ステージを、決して見逃さなかった。青ジャージ姿のダミアーノ・クネゴは、当然のように、エスケープに陣取った。
中間スプリントを終えると、最初の登坂が始まった。前方からスプリンターたちが脱落していき……、対照的に後方プロトンからは、ティム・ウェレンスがブリッジを試みた。肝心の本人は、最終的にはプロトンへと引き下がってしまうのだが、企てに賛同した数選手は、まんまと前方への合流を成功させた。1年前の山岳賞ジョヴァンニ・ヴィスコンティも、その1人だった。
さらに少々遅れて、ニエベが、たった1人でプロトンからの追走を決意する。
「前に大きな逃げができたた。メイン集団の総合本命達は、おそらく最終峠まで動かないだろう。つまり逃げ切りは確実だ。しかも、地形は、どうみても僕向き。これはトライするしかないぞ、と思ったんだ」(ニエベ、ゴール後インタビュー)
メンバーが軽く入れ替わり、なによりヴィスコンティやニエベを新たに加えた逃げ集団を、ランプレ・メリダとキャノンデールが責任を持って牽引した。両チームとも3人ずつ前方に送り込んでいた。前者はディエゴ・ウリッシのピンクジャージの可能性を追い求めて、後者は区間勝利+総合リーダーの有事対策のために。
ステファン・デニフルが最初の1級峠で単独加速し、続く2級峠の下りまで先頭を走り続け、それから道端で待っていて再び集団に合流する……という不可解な動きは放っておいた。またクネゴとヴィスコンティの山岳ポイント一騎打ちも、決して邪魔しなかった。ただひたすら、できる限りのタイムを稼ぐべく、2チームは全力を尽くし続けた。
ちなみに前半2つの山は、デニフルの背後で、いずれもクネゴが山頂スプリントを成功させた。後半2つの山は、すでに優勝へ向けて独走を始めていたニエベの後ろで、ヴィスコンティが2位通過。今ステージだけで計35pt収集したクネゴが、1日の終わりに改めて青ジャージを身にまとった。全部で44ptかき集めたヴィスコンティは、5位→2位にジャンプアップし、首位まで30ptに迫る。
区間への争いは、つまり3つ目の山で決した。エティクス・クイックステップが制御を続けるメイン集団から、3分近くリードを奪い、総合で2分47秒差につけていたウリッシが「暫定」マリア・ローザとなった直後だった。10%近い勾配が延々と続く難しい1級峠で、しかし、ランプレ最後のアシストは力尽きた。キャノンデールからはモレノ・モゼールが思い切って加速を切った。
そして、これが、どうやらニエベを刺激したようだ。バスク生まれのヒルクライマーは、事も無げにスピードを上げると、そのまま全てを振り払って前方へと突き進み始めた。ただキャノンデールのジョセフ・ドンブロウスキーだけが、かろうじてついていくが……。山頂まで約2km、最も勾配のキツイ16%ゾーンで、若きアメリカ人も置き去りにされた。
苦しむドンブロウスキーに代わって、まずはマッテオ・モンタグーティが、最後にはヴィスコンティが必死の追走を行ったが、全ての努力は無駄に終わった。なにしろ、このスペインの山男、2011年ジロ伝説のガルデッチャステージの勝者である。229km+大雨+寒さ+強風+5峠+山頂フィニッシュ+7時間半という悪夢のようなステージで、ラスト100kmを独走したのだ。こんなタフガイにとって、汗ばむような陽気の中の、4時間半の凝縮したレースで、たった30kmの独走を成功させることなど……それほど難しい試練ではなかったはずだ。それでも、フィニッシュラインにたった1人先頭でたどり着いたニエベは、まるで全ての重圧から開放されたように、両手を空へと大きく広げた。
「もしもミケル・ランダが大会に残っていたら、もちろん、今日は自分で勝ちに行くレースはできなかっただろう。だって彼の総合争いを助けるために、僕はジロに招集されたんだから。でもランダが途中リタイアした今、僕らにできる唯一のことは、ただステージ勝利目掛けてアタックを打つこと。だから僕は全力で飛び出したのさ」(ニエベ、公式記者会見)
昨大会総合3位ランダが抜けても、いまだ総合争いは混雑したまま。こんな状況を打破すべく、ヴィンチェンツォ・ニーバリ擁するアスタナが動いた。やはり3つ目の山だった。ボブ・ユンゲルスのために健気に牽引を続けるエティックス隊列を、強烈なテンポで蹴散らした。一気に集団を15人ほどにまで絞り込んだ。
4つ目の最終峠に差し掛かると、アスタナはさらなる高リズムを強いた。ここで首位ユンゲルスはついに後退を始め、ついには完全に脱落した。後方へと遠ざかっていくピンク色を尻目に、ニーバリは自らアタックを繰り出した。アレハンドロ・バルベルデも加速した。エステバン・チャベスも鋭い突きを披露した。激しい本命たちの激突も、しかし結局は、ユンゲルスを振り払うことにしか役に立たなかった。
たしかに総合7位イヌール・ザカリンは、苦しみ、何度も遅れそうになった。ただ5日前の個人タイムトライアルでの2度の落車で、小さな負傷を抱える26歳は、いつも必ずライバルたちのもとに舞い戻ってきた。本来はバルベルデのアシスト役であるはずの総合2位アマドールも、上りで一旦は、完全に姿を消した。
「最終峠では、少しエネルギーが足りなくなった。山頂まで2kmを残して、集団から脱落した。でも自分に何ができるか、僕はよく分かっていた。下りで集団に戻れるだろうことは、分かっていたんだよ」(アマドール、チーム公式HP)
本人の確信通り、アマドールは下りであっさりメイン集団に追いつく。その後方では、誰の助けも得られぬまま必死の追走を続けていたユンゲルスの元に、またしてもジャンルカ・ブランビッラが助っ人に駆けつけた。山頂でのタイム差は42秒。アマドールに対して失ってもいいタイムは24秒。
ただし数日間すでに全力を尽くしてきた2人は、もはや思うように差を詰めることができなかった。むしろ4kmの短い下りと、その先に続く7kmの平地で、逆にタイム差を開かれてしまった。アマドールのいるメイン集団からは、50秒遅れでフィニッシュに到着した。
「すごく疲れたよ。でも後悔はない。チームも僕も、持てる力を全て尽くしたから。僕はまだマリア・ビアンカを着ている。このジャージは最後まで守りたい。今日だって最後まで頑張れたのは、この白ジャージだけは絶対に守りたいと思ったから」(ユンゲルス、ゴール後インタビュー)
バルベルデとニーバリが区間3位を巡るスプリントを繰り広げて、珍しくバルベルデが落とした……、そんな同じ集団内では、アマドールがコスタリカ人として史上初めてのマリア・ローザをつかみとった。ジロ初出場で初総合優勝を狙うリーダーとは違って、すでにイタリア一周には5回参加し、2012年には区間勝利を上げ、昨大会は総合4位に食い込んだ29歳にとって、グランツールリーダージャージはまさに夢の実現だった。
「大会のこの段階でジャージを手にできたことが、すごく嬉しい。僕はピュアクライマーではないから、なおのこと、素晴らしい快挙だと感じている。本当に誇りに思う。僕のキャリアにとっては、とてつもなく大きなこと。コスタリカは小さな国だけれど、人々は大きなハートを持ってる。もしもレース沿道でたった1人でも僕を応援してくれる『チコ』がいたら、まるで100人から応援されているように感じるのさ。このジャージは彼らみんなに捧げたい」(アマドール、チーム公式HP)
スプリントでボーナスタイム4秒を手にしたニーバリは、総合ではバルベルデとステフェン・クルイスウィクを2秒上回り、総合3位の座に浮上した。他のいわゆる「総合候補」たちからも、この小さな4秒を稼いだだけで、誰一人脱落者はでなかった。ただ前日まで1分09秒の隔たりがあった総合首位までは、41秒差へと一歩詰めよった(2位ユンゲルスまでは15秒差)。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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