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やはり、ドロミテは、恐ろしかった。ここまで秒単位のジリジリとした戦いが、ついに分単位に変わった。極めてオープンだった総合優勝戦線から、優勝大本命の巨頭2選手が一歩後退し、対抗馬の2人がぐいと頭角を現した。開幕前は「総合トップ10入り」を、1週間前は「総合表彰台乗り」を目標としていたステフェン・クルイスウィクが人生初のマリア・ローザを身にまとい、昨ブエルタでグランツールライダーとして一気に大躍進したエステバン・チャベスが、イタリアでも高いポテンシャルを見せつけた。
30人以上の大きな逃げが飛び出していった後、メインプロトンの制御権は、モビスターががっちり握った。前日マリア・ローザを手にしたアンドレイ・アマドールと、最終日のトリノでマリア・ローザを着ることが目標のアレハンドロ・バルベルデとを守るために、スペイン艦隊は集団前方で隊列を組んだ。エスケープ集団には総合15位・5分18秒遅れのディエゴ・ウリッシや、16位・5分38秒遅れのカンスタンティン・シウトソウが滑り込んでいたけれど、210kmという長距離戦だから、慌てる必要はなかった。一時は9分半もの大差を許し、2人それぞれに「暫定」マリア・ローザを満喫する時間をたっぷり与えた。
しかし、いわゆる2016年ジロのタッポーネ=最難関ステージが、平穏に終わるはずもなかった。標高2000m級の難峠が、なにしろステージ後半に6つも連続で訪れるのだ。その5つ目だった。最も勾配の厳しい1級ジャウ峠の麓で、アスタナが突如として主導権を奪い取った。淡々とした雰囲気を打ち破り、総合本命ヴィンチェンツォ・ニーバリを引き連れて、猛烈なリズムを刻み始めた!
ゴール前50kmでは9分あったタイム差は、わずか5km先で6分半に縮まったほどの、高速スピードだった。前日までピンクに包まれていたボブ・ユンゲルスは、早くも振りほどかれた。コスタリカ人として初めてピンクで走るアマドールも、もはや10人程度にまで小さくなった集団の後ろで、すでに息も絶え絶えだった。もちろん、あまりの高速ダッシュを見せたアスタナだって、ミケーレ・スカルポーニ以外のアシストは姿を消していた。ただ幸いにも、朝からの大逃げに乗っていたアンドレイ・ゼイツが、前方からほんの少し加勢にやってきた。ゴール前44km。山頂まで3kmを残して、アマドールもついに集団との接触を断った。
白い雪が残る標高2236mの頂を、総合3位のニーバリから9位リゴベルト・ウランまでが一緒に越えた。数日前の集団落車が悔やまれる総合12位ドメニコ・ポッツォヴィーボの姿もあった。大会前にいわゆる「総合争いで注目すべき選手」として名を挙げられた選手たちが、この13日間繰り返されてきたように、一塊でドロミテを走っていた。
この塊を、破壊したのが、ニーバリだった。2010年ブエルタ・2013年ジロ・2014年ツールを勝ち取ってきたチャンピオンは、ゴール前30km、大きな一撃を打ち下ろした。すぐに後輪に飛び乗ることができたのは、クルイスウィクとチャベスだけ。イヌール・ザッカリンとラファル・マイカ、リゴベルト・ウランも、しばらく先でどうにか追いついてきた。しかし、加速時に、ニーバリの真後ろで走っていたはずのバルベルデは、まるで動けなかった。
下り巧者のアマドールが追い付いてきたのは、すでにバルベルデが置き去りにされた後だった。大会総合リーダージャージ姿のアシストは、必死で涙ぐましい牽引を試みるも……。
「もはや追走するための体力は残っていなかった。ただ一定ペースを刻んで、あまりタイムを失ってしまわぬよう、努力するしかなかった。僕にとっても難しかったし、アレハンドロにとっても難しかった」(アマドール、チーム公式HP)
2級ヴァルパローラ峠では、ニーバリさえも置き去りにされる。ゴール前25km、クルイスウィックが、思い切って飛び出した。ザッカリンとマイカ、ウランはもはや抵抗する余力を残していなかった。チャベスとニーバリは、しばらく踏ん張った。
「今朝たてた計画は、とにかくニーバリとバルベルデに付いていくこと。ニーバリがアタックするだろうことは予想していた。チームに牽引させていたからね。それにはしっかり反応ができた。そして、『今度は自分がアタックする番だ』と感じたんだ。だからトライした。幸運なことに、タイミングは正しかった」(クルイスウィック、ゴール後インタビュー)
チャベスも、ほんの少し先で、加速を決めた。イタリアチャンピオンジャージは、たった1人で、取り残された。
「クルイスウィックがアタックで前に行ったから、僕も付いて行こうとトライした。厳しい坂道だった。そうしたら、ニーバリが脱落していくのが見えたんだ。だから僕らは、協力して走り始めた」(チャベス、ゴール後インタビュー)
2011年ジロ総合8位、2015年総合7位のオランダ人と、昨ブエルタ5位のコロンビア人は、そこから先は決して仲違いしなかった。後方の総合ライバルたちから1秒でも多くタイムを稼ぐために、力を合わせてひたすら先を急いだ。とりわけ前日の段階で総合5位のクルイスウィックにとっては、同タイムのバルベルデ、2秒前のニーバリ、17秒前のユンゲルス、26秒前のアマドールをまとめて逆転する最大のチャンスだった。
「チャベスとは上手く協力しあった。チャベスがスプリントに強いことは知っていたけど、それならば僕はひたすらピンクジャージのために邁進するだけだったのさ」(クルイスウィック、ゴール後インタビュー)
長い逃避行中にしばらく「暫定」マリア・ローザを楽しんだシウトソウと、トム・デュムランのために6日間マリア・ローザ護衛を務めてきたゲオルグ・プライドラーは、ヴァルパローラの山頂で回収した。ゴール前5kmの、最大勾配19%の「猫の壁」の先で、エスケープ最後の生き残りダルウィン・アタプマも捕らえた。クルイスウィックとチャベスは決して最後まで勢いを落とさず、フィニッシュまで猛進を続けた。そしてチャベスが区間を、クルイスウィックが区間2位で総合を、それぞれに持ち帰った――。
「総合争いに野心を抱いてジロに乗り込んできたけれど、でも、まさか、マリア・ローザを着ることができるなんて……。信じられないよ」(クルイスウィック、ゴール後インタビュー)
プロ生活7年目の28歳が、ステージレースで総合首位に立った経験は、2014年アークティック・レースのただ1度だけ(総合優勝)。また所属チームは、ラボバンク時代の2009年にデニス・メンチョフと共にジロ総合優勝を果たしているが、チーム体制が完全に変わり、ロットNL・ユンボという名称になってからは……正真正銘、初めてのグランツールリーダージャージである。
すでにブエルタで5日間マイヨ・ロホを着ているチャベスは、初めてのジロ区間優勝を笑顔で楽しんだ。特に2013年春のトロフェオ・ライグエリアで落車し、負傷した右腕を、天に突き上げて。
「腕をひどく怪我したせいで、医師からは『もう2度と自転車に乗ることはできないだろう』と宣告されていた。だからラインを通過しながら、右手を上げたんだよ!」(チャベス、大会公式会見)
2人がゴールした37秒後に、ニーバリはフィニッシュラインを越えた。2分29秒後にはザッカリンとマイカが、2分50秒後にはウランが帰ってきた。バルベルデとポッツォヴィーボは、3分遅れで長い1日を締めくくった。
総合首位は2日連続で入れ替わり、クルイスウィックが5位から首位へと駆け上がった。41秒後に2位ニーバリ、1分32秒後に3位チャベスが控える。4位バルベルデはすでに3分06秒もの大差をつけられ、ジロ初出場・初優勝の夢はほんの少し遠ざかった。もちろんたった1日で「無敵男」が3分失ったことを考えれば、他の選手が1日で3分失う可能性も排除してはならないのだ。
「バルベルデを引き離せたことには満足しているけど、チャベスとクルイスウィックのアタックにはついていけなかった。リズムの急激な変化に対応できなかったんだ。だからそのまま先に行かせて、自分は自分のリズムで走ろうと決めたんだ。決して集中を切らさなかったし、諦めなかった。でも、追いつくことはできなかった」(ニーバリ、ゴール後TVインタビュー)
また2日連続で逃げ集団に滑り込んだダミアーノ・クネゴが、改めてポイントを重ねて山岳ジャージをしっかり守った。同じく2日連続で前に飛び出したウリッシは、ポイント賞2位に浮上した。フーガ賞ダントツ首位だったジャコモ・ベルラートは、長いステージの終盤に、疲れによる意識障害を起こし救急車で搬送された。2012年ジロ覇者のライダー・ヘシェダルも、数日前から苦しんでいた咽頭炎と気管炎の悪化で、大好きなジロを立ち去った。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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