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サイクル ロードレース コラム 2016年5月28日

ジロ・デ・イタリア2016 第19ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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不可解な不調に苦しみ、屈辱に耐え続けてきたイタリアチャンピオンが、ついに誇りを取り戻した。ヴィンチェンツォ・ニーバリは山頂フィニッシュを勝ち取ると共に、マリア・ローザの戦いにさえ返り咲いた。全3大ツール制覇の経験を持つ男が、泣きじゃくった背後では、少しだけ疲れた笑顔のエステバン・チャベスが総合首位に躍り出た。チーマ・コッピでまさかの不運に見舞われ、孤独な戦いを強いられたスティーヴン・クライスヴァイクは、トリノ到着のわずか2日前に、5日間守り続けたで大切なジャージを失った。

無数に繰り返されたアタックの企てが、ようやく成功したのは、すでに75kmも走った後だった。28人の巨大な集団が前方へと抜け出した。このエスケープが、後に、戦いの行方を大きく左右することになる。

総合争いの選手たちは、それぞれにチームメートを前方に送り出した。2位チャベス擁するオリカ・グリーンエッジが1人、3位アレハンドロ・バルベルデのモヴィスター3人、4位ニバーリのアスタナ2人、5位イルヌール・ザッカリンのカチューシャ2人、6位ラファウ・マイカのティンコフ2人、そして7位&新人賞のボブ・ユンゲルスのエティクス・クイックステップ1人。唯一の例外は、総合首位クライスヴァイクを支えるロットNL・ユンボ。逃げには誰も滑り込まず、全員でマリア・ローザの周りを固めた。

チーマ・コッピの、標高2744mの高みへと向かう途中で、戦いに火がついた。前方ではアスタナのアシスト……、とは言っても2011年ジロ総合覇者のミケーレ・スカルポーニが、大きな逃げ集団からさらに前へ飛び出すと、たった1人で先を急ぎ始めた。

その6分半ほど後ろを、メイン集団は淡々と上り続けていた。しかし少しずつ、標高が上がるにつれて、黄色いロットのジャージが前方から消えていく。アシストが3人にまで減った、その時だった。山頂まで約5km、標高はすでに2200mに達していた。オリカ・グリーンエッジの3人が、突如として集団前方に競りあがった。まるでスプリントへ向かう列車のように、ハイスピードで牽引を始めた!

「ちょっと早めにアタックを仕掛けた。ライバルを大きく突き放し、タイムを大量に稼ぐためには、あそこで動くしか選択肢はなかったんだ」(チャベス、公式記者会見)

1度目の加速で、集団はあっという間に小さくなった。2度目の加速では、ザッカリンとマイカが苦しんだ。3度目の加速を、リーダーのチャベス本人が繰り出すと、ニーバリが一旦千切れる……も、なんとか持ち直した。そして、4度目の加速を、再びチャベスが行うと、これまでと同じようにクライスヴァイクが真っ先に反応し、今度はニーバリもしっかり後を追った。

しかし、バルベルデが、ついていけなくなった。理由は第14ステージの時と同じ。「高すぎる標高」だった。その逆で、高すぎる標高でこそ自分は力を発揮できるのだ、と語ったのはニーバリだ。

「標高の高い山では、いつも調子がいいんだ。短い上りより、長い上りのほうが、ずっとずっと楽に感じる」(ニーバリ、公式記者会見)

そんなニーバリも加速を切った。しかも山頂間際では、アスタナのアシスト、バーフティヤール・コージャタイエフが待っていた。逃げ集団に潜んでいたカザフの24歳が、最後の力を振り絞ってリーダーを牽引してくれた。おかげでニーバリ、チャべス、そしてクライスヴァイクの3人は、今ジロ最高峰を、バルベルデやその他ライバルに1分近い差をつけて折り返すことに成功する。

2744mの高みで国境を越え、コッレ・デッラニェッロがコル・アニェルと名前を変えた直後だった。マイヨ・ジョーヌが絶対王を誇る国で、マリア・ローザにとてつもない試練がふりかかる。

「ただステージを勝ちたい。そう強く思いながら走っていた。だって総合では随分と離されていたからね。でも、山頂間際で、クライスヴァイクの調子がそれほど良くなさそうに見えた。だから加速して、猛スピードでダウンヒルに突っ込んだ」(ニーバリ、公式記者会見)

読みは正しかった。山頂まで限界を出し切ったマリア・ローザは、霧の中をすり抜ける危険なダウンヒルの途中で、食糧補給をする必要に迫られた。集中力が途切れた一瞬だった。道路脇の雪壁に突っ込んでしまったのだ!

幸いにも雪の壁は柔らかく、大きな怪我もなくすぐに起き上がることができた。しかし自転車の調整にはひどく手間取った。ニュートラルサービスの力を借りてバイクに飛び乗るも、不具合にずっと悩まされ続けた。スペアバイクに交換することが出来たのは、坂道をすでに20kmほど降りた後だった。バルベルデ集団にもとっくに追い越されていた。そもそもマリア・ローザには、自らのバイクを差し出してくれるチームメートも、前を引いてくれるアシストもいなかった。1人ぼっちで、ひたすら、長い追走を行わねばならなかった。

この下りでは、前方を必死で追走中の総合5位ザッカリンも、落車の犠牲となった。道の外に投げ出され、硬い岩肌に落ちた衝撃で、左の鎖骨と肩甲骨を骨折。即時リタイアを余儀なくされた。またコージャタイエフとエドワルドマイカル・グロスも地面に転がり落ちたが、無事にステージを走り終えている。

さて、チャベス以外の全員を振り払ってしまったニーバリは、「作戦を急遽変更」する。ひとまずチャベスと協力し合って、タイム差を稼ぐことに決めた。また孤独なクライスヴァイクとは違い、それぞれにアシストが前方で待っていた。ゴール前45kmでは、ルーベン・プラサが合流した。レース先頭を余裕しゃくしゃくで走っていたスカルポーニは、単独で追いついてきたマキシム・モンフォールに喜んで先を譲ると、ゴール前33kmでほぼ完全に停止してニーバリを待った。こうしてリーダーを迎え入れたアシストの2人は、惜しみなく、交互に力を尽くした。

「スカルポーニは自らが区間勝利を狙いに行くことだって出来たはずなのに。チームカーからの指示を受け入れると、僕のために完璧な仕事をやってのけてくれた」(ニーバリ、公式記者会見)

上りで引き剥がされたバルベルデやマイカにだって、牽引役を務めるアシストが前にいた。アシストが力尽きた後も、バルベルデ&マイカ&ウランを含めた3人は、互いに力を合わせてフィニッシュを目指した。クライスヴァイクは途中でユンゲルス集団と合流を果たすも、マリア・ビアンカの側には、ずっと逃げていたカルロス・ベロナという山岳アシストがついていたのに、満身創痍のマリア・ローザを助けてくれる選手など現れなかった。

プラサとスカルポーニの助けを得たチャべスとニーバリは、ひたすら猛スピードで前進を続けた。逃げの生き残りを次々と吸収し、そして次々と捨てていった。最終峠リズールに入り、ゴールまで残す10kmに迫ると、ついに先頭のモンフォールにも追いついた。バルベルデ集団との差は約1分、マリア・ローザとの差は約2分半に開いていた。ニーバリにとっては、そろそろ、本来の目標である「ステージ勝利」に再び集中すべき時がやって来た。

フィニッシュまで残り9km。ニーバリは大きく加速する。ただチャべスと、下りで追いついてきたミケレ・ニエベと、逃げで唯一生き残ったディエゴ・ウリッシだけがすがりついた。ゴール前5.5km、もう1度加速を切った。チャべスだけが張り付いてきた。しかし、さらに500m先で、大きな一撃を食らわせると、もはや覚醒した「メッシーナの鮫」についていける者などいなかった。

「腹の底から気力を振り絞った。ようやく自分の感覚を取り戻せた。ここ数日はひどく難しくて、上手く状況を切り抜けられなかったけど、今日ついに出口を見つけた。開放された気分だ。走り終えた後は、ひたすら泣きじゃくることしかできなかった」(ニーバリ、ゴール後インタビュー)

2014年ツールでは区間2位で勝利を逃した(しかし総合ライバルから大きくタイムを奪った)リズールの山頂で、ニーバリはジロ区間6勝目を手に入れた。フィニッシュ地の山頂では、天を指差した。自らが世話する自転車チームに所属し、今大会中盤に14歳で命を落としたロザリオ・コスタ君に勝利を捧げた。

ラスト5kmは大いに苦しんだと告白するチャベスは、53秒遅れの区間3位で終えた。ピンク色のジャージが4分54秒遅れで山頂に姿を現した頃には、コロンビア人としての、史上3人目のマリア・ローザ着用を決めていた。チャべス本人にとっては、昨年のブエルタのマイヨ・ロホ5日間に続く、2度目のグランツールリーダージャージとなる。また2012年に活動を開始したオリカ・グリーンエッジは、3大ツール全てでリーダージャージ獲得の喜びを味わってきたけれど、大会3週目でのリーダージャージは初体験となる。

「スペシャルな1日だよ。僕にとっても、チームにとっても、祖国にとっても。マリア・ローザが本当に嬉しいし、ジロ総合優勝にこれほどまでに近づくことができてすごく興奮してる。クライスヴァイクの落車は気の毒だった。でも落車は自転車レースの一部だから」(チャべス、公式記者会見)

自らも落車で大いに苦しめられた経験を持つ26歳に対して、失望するオランダ人記者からは「でも、落車さえなかったら、クライスヴァイクが最強だったとは思わないか?」という少し辛らつな質問も飛んだ。

「でも、過ぎ去った時間は決して巻き戻せないし、起こらなかったことの答えを誰も知ることはできない」(チャべス、公式記者会見)

マリア・ローザの持ち主が入れ替わっただけでなく、総合トップ5もシャッフルされた。ニーバリが総合4位から44秒差の2位に浮上し、クライスヴァイクは首位から1分05秒差の3位に陥落した。また2分14秒遅れで一緒に区間を終えたバルベルデ&マイカだが、前者は3位→4位1分48秒差と順位を下げ、後者はザッカリン棄権のため6位→5位3分59秒差と順位を上げた。

なにより総合のタイム差が大きく縮まった。前日までは総合首位と2位の差だけで3分。5位の遅れは4分50秒にも達していた。そして第19ステージを終え、飛び切り厳しい山岳ステージをあと1つ残して、首位から4位までの差が1分48秒。そもそも3分差をひっくり返しての逆転首位など不可能だと思われていたのだから、その半分程度のタイムなら……。

「明日はとてつもなくハードな1日になるだろう。マリア・ローザを持ち帰るために、できる限りの全力を尽くすよ」(チャベス、公式記者会見)

またユンゲルスも1つ順位を上げ総合6位に。なにより新人賞では2位以下とのタイム差を22分以上に開いて、トリノでの白いジャージをほぼ確定させた。また区間2位に滑り込んだニエベが、山岳賞でも2位に浮上。最後の1日で、ダミアーノ・クネゴと青ジャージを巡る争いを繰り広げるのか。また毎日のように逃げを繰り返すウリッシは、この日も4位と驚異的な成績を残した。ただしポイント賞は33pt差の2位で、どうしてもジャコモ・ニッツォーロを追い抜けずにいる。

そして「今朝は足がむくんでいで、昨日の逃げの影響を感じました。山ではやはり苦しみました」とゴール後に語った山本元喜も、ついに完走まであと一歩に近づいた。

「まだほっとはしていません。明日走り終えることができなければ、ここまでやってきたことの全てが無駄になりますから。血ヘドを吐いてでも、完走を目指します」(山本元喜、ゴール後インタビュー)

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

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