人気ランキング

J SPORTS IDを登録すれば、
すべての記事が読み放題

J SPORTS IDの登録(無料)はこちら

メルマガ

お好きなジャンルのコラムや
ニュース、番組情報をお届け!

メルマガ一覧へ

コラム&ブログ一覧

サイクル ロードレース コラム 2016年5月29日

ジロ・デ・イタリア2016 第20ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
  • Line

イタリア人の手にジロが戻ってきた。興奮に突き動かされたように、山頂の小さな表彰台エリアには、熱狂したティフォジが雪崩れ込んできた。鮫のデザインをあしらった青い旗が、風をいっぱいにはらみ、「グランデ!」「グラッツェ」と感動したような掛け声があちこちから聞こえてくる。あたりいっぱいに撒き散らされたスプマンテの白い泡と、天から降り注ぐピンク色の紙ふぶきの隙間から、幸せな男の笑顔が見えた。ヴィンチェンツォ・ニーバリが、見事な逆転劇を成功させ、2016年ジロ・デ・イタリア総合優勝に王手をかけた。

栄光への独走を始めたのは、ゴール前15kmからだった。しかし、マリア・ローザ略奪への布石は、スタートフラッグが振り下ろされた瞬間に置かれていた。なにしろ、ほんの2日前までは、4分43秒遅れの総合4位だった。前日にチーム総出の攻撃で総合2位に浮上したが、いまだピンク色のジャージまでは44秒足りない。しかも、今大会最後の「逆転優勝」のチャンスは、わずか134kmと極めて短い。悠長に構えている余裕などなく、作戦やタイミングのミスも決して許されない。だからスタート直後に逃げ出した集団に、山に強いタネル・カンゲルトを、すかさず送り込んだ

そんなステージ序盤の見どころは、今大会最後の青ジャージの争いだった。なにしろヨーイドンと共に上り始めた道で、山岳賞1位〜5位の全員が飛び出したのだ。13日間ジャージを守ってきたダミアーノ・クネゴだけは、数キロ先であっさり脱落してしまうのだが……。すでに6ステージ前から1ptも追加できていなかった2004年ジロ総合覇者に対して、前日2位に急浮上したミケレ・ニエベが調子の良さを見せた。

チームリーダーであり、バスクの仲間であるミケル・ランダが体調不良でリタイアした後、第13ステージ制覇でスカイに小さな喜びを与えたのが、このニエベだった。この日は最初の1級峠で3位通過12ptを計上すると、2つ目の1級峠は独走で1位通過35ptを収集。この時点で山岳賞首位に躍り出た。もちろん残る2つの山でもきっちり着順を果たし、1日の終わりには、鮮やかなブルージャージを身にまとっていた。幸いにも、最終日には、もはや1つの山も存在しない。トリノでは山岳賞受賞者として表彰台に登る。

カチューシャも、同じように、リベンジを必要としていた。前日にチームリーダーのイルヌール・ザッカリンが、チーマ・コッピからの下りで激しく落車し、総合5位のまま大会を離れていったからだ。

「昨日、僕らが3週間ずっと続けてきた仕事が、一瞬で全て無駄になってしまった。たしかにザッカリンが個人タイムトライアルで3回も転んだ時点で、総合優勝のチャンスは失っていたのかもしれない。でも、昨日は、本当に全てを失ったんだ。だから監督から言われた。『ザッカリン、ザッカリン、ザッカリンのことを考えろ』って」(レイン・タラマエ、公式記者会見)

コフィディス時代は総合リーダーとして走っていたヒルクライマーは、すぐに逃げに乗れたわけではなかった。しかし最初の山で追走を仕掛けると、山頂にたどり着くころには前方の集団を捕らえていた。その後、10人前後のエスケープは、くっついたり離れたりを繰り返し、タラマエも何度か後方に押しやられたこともあった。

そんな時、頼りになったのが、同じエストニア出身のカンゲルトだ。3つ目の峠の序盤で、逃げ集団内でアタックがかかり、少し出遅れてしまったタラマエを、なんと前方まで引っ張り上げてくれたのだ。その後アスタナの忠実なるアシストは、静かに後方へと脱落していったのだが……、チームの切なる願いを背負い、母国の友の後押しを受けたタラマエは、ゴール前14kmで勝利のアタックを決めた。

「僕の国にとってはすごく大切な勝利だよ。エストニアは人口が100万人くらいしかいない小さな国だから、区間を勝っただけでもビッグニュースさ。いや、むしろワールドチームに僕とカンゲルトの2人も選手がいること自体が、すでにファンにとってはとてつもない事態なんだ。エストニア人として初めてのジロ区間勝者になることができて、本当に誇らしい」(レイン・タラマエ、公式記者会見)

区間優勝の表彰式を笑顔で見上げながら、親指を立て、友を賞賛したカンゲルトは、もちろん、単純に逃げ集団から落ちて行ったわけではない。3つ目の峠ロンバルダに入ると、後方メインプロトンでも、いよいよ最後の戦いが始まっていたからだ。ちなみに前日第19ステージは、ステージ真ん中の「チーマ・コッピ」アニェッロ峠で大バトルが勃発していたから、この日も2番目のボネット峠——しかも標高はアニェッロよりほんの29m低いだけの——で何かが起こるのでは?と予想する声も多かった。

「今日のコースは良く知っていたんだ。ツールでボネット峠を登ったことがあったから。非常に長くて、難しい峠だ。でも、今日のキーは、ロンバルダだった。だからカンゲルトが十分に先に行ってしまうまでは、ヤコブ・フグルサングとミケーレ・スカルポーニとで集団を制御した」(ニーバリ、公式記者会見)

標高が高く(2350m)、山道が長く(19.8km)、勾配が厳しい(平均7.5、最大15%)、そんなロンバルダ突入が合図だったようだ。アスタナのフグルサングが集団を猛烈に引き始め、プロトンを後方からどんどんちぎっていった。続いてはスカルポーニが老練の技を見せた。前日もチーマ・コッピをすいすいと先頭でよじ登り、最終盤にはニーバリの元に駆けつけた36歳大ベテランは、急加速で、集団を前方に大きな亀裂を作った。当然のようにニーバリは後輪に張り付いた。マリア・ローザ姿のエステバン・チャベスを筆頭に、ただ総合一ケタ台の選手6人だけが、2010年ジロ総合覇者の強力な一発を凌ぐことができた。

そして、ゴール前15kmの、アーチをくぐった瞬間だった。ニーバリが大きなアタックを撃った。1発目で首位チャべスと4位アレハンドロ・バルベルデ以外は全て振り落とした。ほんの数百メートル先で2発目をぶっ放した。邪魔者は全て消え去った。ただし、ここからは、「タイム差」という見えない敵と戦うことになる。

「加速した後は、チームカーが常に無線でタイム差を伝えてきてくれた。秒数を聞くたびにやる気が増した」(ニーバリ、公式記者会見)

ロンバルダの山頂まで2kmほどの地点で、カンゲルトが本日2度目の作業に取り掛かる。今回はチームリーダーのために、全力で引いた。おかげでニーバリは、山の上で、すでに総合首位チャべスから59秒のリードを奪っていた。逆転マリア・ローザは、この時点ですでに達成されていたことになる。自らに尽くしてくれたアシストに別れを告げ、再び1人でフィニッシュを目指し始めたニーバリは、しかし、決して気を緩めなかった。最後までペダルを高速で回し続けた。聖母マリアの母アンヌを奉る聖地へと続く、ひどく曲がりくねった激坂を、ダンシングで力強く駆け上がった。

「走っている最中は、決して、勝ったなどとは考えなかった。フィニッシュした後にようやく、初めて信じられたんだ。フィニッシュゾーンで、レーススピーカーがカウントダウンする声が聞こえてきた。それが何を意味するのかを理解した時に、喜びがじわじわと沸いてきた」(ニーバリ、公式記者会見)

チャべスは結局、ニーバリから1分36秒遅れでフィニッシュへたどり着いた。ニーバリに突き放された後も、バルベルデと共に必死で追走を続けた。後方からは同国人リゴベルト・ウランも、手助けに駆けつけてくれた。しかし、いつしか、2人のリズムについていけなくなった。他の総合ライダーたちにも、次々と追い抜かれた。最終的に一緒にラインを越えたのは、皮肉にもスカルポーニで……、肩を落とすマリア・ローザの隣で、水色のジャージは拳を天に突き上げた。総合では52秒差の2位に後退し、ピンク色のTシャツ姿で待ち構えていた両親や恋人の目の前で、ピンク色のシャツを脱ぐことになった。

昨日マリア・ローザを脱いだスティーヴン・クライスヴァイクは、表彰台からも陥落した。第19ステージの下りで雪壁に突っ込んだ際に、実は左第11肋骨を骨折していた。この3週間、上りで圧倒的な強さを見せてきたオランダ人が、この日、ニーバリの加速にはついていけなかった。さらに36歳ジロ初出場で初表彰台を目指す男の執念にも、かなわなかった。バルベルデから1分16秒失い、前日までの43秒リードを、33秒ビハインドへとひっくり返された。

2016年ジロ・デ・イタリアの波乱万丈だった総合争いは、ついに閉幕を迎えた。大会を通して8人がマリア・ローザを着たのも、最終4日間で総合首位が3回入れ替わったのも、99回の長い歴史を誇るジロで、わずか2回目の貴重な出来事だったそうだ。

「シンプルな戦いではなかった。前回ジロを勝った時は、個人タイムトライアルでジャージを取って、あとはタイム差を伸ばしていくだけでよかった。今回は複雑だったんだ。僅差のまま均衡が崩れず、対応すべきライバルがずっと多いままだったし、しかも僕自身が調子が上がらなくて。でも、グランツールというのは、いつだって最後の数日で決するものだからね」(ニーバリ、公式記者会見)

2010年にブエルタで初優勝を飾り、2013年にジロ、2014年にツールを勝ち取ったニーバリは、最終日トリノまでの道すがら何事も起こらなければ、自身4度目のグランツールタイトルを手に入れる。なにより、現役ではアルベルト・コンタドールと並んで2人しか存在しない3大ツール全制覇の、いよいよ2順目に突入した。また表彰台ハンターのバルベルデはツール1回(2015年3位)・ブエルタ6回(2009年総合優勝)に続いて、ついにジロでも総合3位の表彰台に上がる。そんなビッグネーム2人に挟まれて、チャべスは生まれて初めてのグランツール表彰台を射止めた。

生まれて初めてのグランツールを戦ってきた山本元喜も、完走までついにあと1日に迫った。フィニッシュラインを実際に越えるその瞬間まで「制限時間のことを考え続けた」というが、大きなグルペットで山頂にたどり着くと「ほっとしました」と笑顔を見せた。

最終日はトリノへの楽しいパレード走行と、そして大会最後の、華やかな大集団スプリントが期待される。天気予報は残念ながら……雷交じりの大雨だ。

宮本あさか

宮本 あさか

みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。

  • Line

あわせて読みたい

J SPORTS IDを登録すれば、
すべての記事が読み放題

J SPORTS IDの登録(無料)はこちら

ジャンル一覧

J SPORTSで
サイクル ロードレースを応援しよう!

サイクル ロードレースの放送・配信ページへ