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「グランデ!!」の声が、2度フィニッシュエリアに鳴り響いた。1度目は、チェコチャンピオンジャージを身にまとうロマン・クロイツィゲルが、最終激坂で強烈な牽引を行ったとき。そして2度目は、世界チャンピオンジャージ姿のペーター・サガンが真っ先にフィニッシュラインを越えたとき。声の主は、2人の雇用主であるオレグ・ティンコフ氏。(予定によれば)チームオーナーとして参加する最後のツール・ド・フランスでの、マイヨ・ジョーヌ獲得に、松葉杖を振り回して歓喜した。ただしチームにとっては、決して、両手を挙げて大喜びできる1日ではなかった。総合リーダーのアルベルト・コンタドールが、前日に続き落車に巻き込まれたのだ。雨と、寒さと、激坂のフィニッシュの果てに、48秒を失った。
シェルブールで雨傘の映画が撮られたのは、きっと雨がたくさん降る土地だからに違いない。朝から冷たい霧雨が、ノルマンディの北の外れに降り続いていた。
「嫌なお天気ですね」
と太陽が好きな沖縄っ子の新城幸也は、前日の落車の影響で痛む右肩と、突き指した左手親指をかばいながら走り出していった。スタート地に並ぶ選手たちの肢体のあちこちにも、包帯やテーピング、真新しいかさぶたが見られた。
この日もプロトンは、落車の悪夢から逃れられなかった。スタートから60km地点、濡れた路面へ、大量の選手が投げ出された。リーダー級の選手だけでもホアキン・ロドリゲスにワレン・バルギル、マイケル・マシューズ、トニー・マルティン……。車輪をダメにしたルイ・コスタには、そばにいた新城幸也がとっさにホイールを手渡した。ただ、なにより、衝撃を呼んだのは、すでに前日に中央分離帯に叩きつけられたアルベルト・コンタドールの姿があったこと。
「ハンドルに強く体を打ち付けて、昨日とは反対側を痛めた。フィジカル的にハンディキャップを追ってしまった。自分の思い通りにペダルを回すことができない。僕がすべきことは、気持ちを強く保ち続けること。簡単なことじゃないよ。両方の脚を痛めてしまったんだから」(コンタドール、大会公式リリースより)
その後のプロトンは、いっそう慎重に走った。集団制御は、ディメンションデータのボーイズたちが引き受けた。生まれて初めての黄色で走るマーク・カヴェンディッシュは、前夜の記者会見で、「このマイヨ・ジョーヌを最後までリスペクトし続ける(=最初から失うつもりでは走らない)」と断言していた。たとえ1日の終わりに待ち受けているのが激坂フィニッシュであり、ピュアスプリンターのカヴがジャージを守る可能性はほぼゼロに近いとはいっても。
安全第一に努めたプロトンの前方では、4選手が逃げに挑んでいた。スタートと同時にヴェガール・ブリーン、ジャスパー・ストゥイヴェン、チェザーレ・ベネデッティ、さらに赤玉ジャージ姿のポール・ヴォスが飛び出すと、あっさり2日目の逃げが出来上がった。すぐさま十分なリードを許されると、序盤50kmにぎゅっと凝縮された山岳ポイント収集合戦を、思う存分繰り広げた。
ただ本来なら、山岳賞を守るために逃げに入ったはずのヴォスは、この日はうまく立ち回ることができなかった。1つ目の山はブリーンに取られ、2つ目の山はストゥイヴェンに取られた。3つ目の山が接近してくると、ベネデッティが加速した。残す3人の中で、ヴォスだけが上手く反応できず……。数秒差で必死の追走を試みる間に、ストゥイヴェンに先頭通過をさらわれてしまう。
つまり前日4級峠を2つ手にしたヴォスが2pt、ストゥイヴェンも2pt。山岳賞争いで2選手が同ポイントで並んだ場合、総合順位が上位の選手に、首位の座が与えられる。第1ステージにベルギーの24歳がきっちり集団ゴール12位で終えていたのに対して、長距離逃げ続けたドイツ人はのんびりと2分半遅れの187位で1日を終えていた。つまりはストゥイヴェンの手に赤玉が渡る可能性が高かった。もちろん、第2ステージの出来次第で、立場は変わりうる。
そんな不安定な状況に、ストゥイヴェンは自らの力でケリをつけた。第1ステージは、自らもスプリント巧者であるにも関わらず、「今日はエドワード・トインズをアシストする」と宣言した。おかげで仲良しのチームメートは、区間5位で新人賞ジャージを手に入れた。この第2ステージは、自分のために走る番だった。「スタート前にビデオでコース地形を予習させられた」というラスト10kmに突入し、厳しい勾配パートに差し掛かると、ついに動いた。ゴール前8km、坂道で見せた一発の加速で、逃げのライバルをすべて振り切った。
「山岳賞や敢闘賞のためではなく、区間勝利が欲しかった。フィニッシュの坂道が、自分にとって難しすぎることは、十分に理解していた。でも、試さずに諦めてしまうなんて、我慢できなかった」(ストゥイヴェン、ミックスゾーンインタビューより)
元ジュニア世界チャンピオンは、果敢に逃げ続けた。1人になった時点で2分あったタイム差は、残り5kmでもいまだ1分半残っていた。しかし後方のメイン集団は、大会初登場の激坂フィニッシュに向けて、すでに本格的な加速体制に入っていた。登れるスプリンターやパンチャーといった、いわゆる「クラシックハンター」を抱えるチームたちが、こぞって隊列をくみ上げ、集団前方でせめぎあいを繰り広げていた。残り3kmで1分、2kmで50秒。
このゴール前2kmこそが、最難関の勾配14%ゾーン。ここでメイン集団先頭から、クロイツィゲルが猛烈なスピードアップを敢行した。ストゥイヴェンとのタイム差を一気に縮めにかかり、ラスト1.5kmではすでに数秒差にまで迫った。それでもなおチェコチャンピオンは追走の手を緩めなかった。フィニッシュ手前450mで完全に飲み込んでしまうまで、無私の献身は続けられた。後輪にはアルカンシェルを、しっかりと背負って!
「特にクロイツィゲルに感謝している。彼は最後の坂を全力で上ってくれた。僕をずっと上まで引っ張り上げてくれた。そこから先のフィニッシュは、僕が全力を尽くす番だった。3位に入るためにね(笑)」(サガン、公式記者会見)
ちなみに最後の坂道に入る前に、カヴェンディッシュは集団から脱落していた。これはすなわちマイヨ・ジョーヌの交代を意味するものだった。また前夜2位のマルセル・キッテルも、当然のように先頭集団から姿を消していた。つまりボーナスタイムと区間順位の関係で、第1ステージ3位のサガンが、第2ステージでも区間3位に入りさえすれば、自動的にマイヨ・ジョーヌが転がり込んでくる計算だった。
「でも本音を言えば、勝つために走っていたんだけど」(サガン、公式記者会見)
ラスト450mで解き放たれたサガンは、夢中でペダルを回した。背後からはジュリアン・アラフィリップが飛び出しを仕掛けてきた。若手の中では最も高い激坂適性を誇り、ツアー・オブ・カリフォルニアでは2年連続でしのぎを削りあったフレンチパンチャーに、一度は追い抜かれた。しかし、昨秋に世界チャンピオンに登り詰め、この春には念願のモニュメントクラシック(ツール・デ・フランドル)を手に入れたサガンは、「過去二夏」とは違っていた。2014年は9回、2015年は11回の区間トップ5入りを成し遂げておきながら、どうしても勝ちきれない……そんなサガンではなかったのだ。
「僕自身は何も変わっていない。ただ、大きな勝利を手に入れた時のことは、記憶に強く刻まれている。確かにビッグレースで勝利をつかむためには、時には実力だけでなく、人生やレースでの経験がモノを言うのかもしれない」(サガン、公式記者会見)
驚異的な粘り強さを発揮したサガンは、再びアラフィリップを抜き返した。そのままフィニッシュラインでハンドルを投げると、2013年第7ステージ以来となる、久しぶりのツール区間勝利を手に入れた。念願の初マイヨ・ジョーヌも、当然、ついてきた!
「勝つのは決して簡単なことじゃない。マイヨ・ジョーヌを手に入れることも、決して簡単なことではなかったね。初めてツールに出場してから、5年目にしてようやく、こうして人生初のジャージをつかむことができたんだから。でも、今大会の目標は、マイヨ・ジョーヌではない。あくまでも重要なのは3週間走り切って、パリまでたどり着くこと」(サガン、公式記者会見)
ツール初出場2日目にして堂々区間2位に入ったアラフィリップは(サガンはツール初出場2日目で区間勝利を手にしている)、新人賞マイヨ・ブランに袖を通した。ぎりぎりまで粘った果てに区間66位で1日を終えたストゥイヴェンは、山岳賞と敢闘賞、2度の表彰式に臨んだ。マイヨ・ヴェールは当然のように、4年連続で持ち帰ってきたサガンの手元に、舞い戻ってきた。2012年19枚、2013年19枚、2014年20枚、2015年13枚……とほぼ独り占めしてきた世界チャンプは、2016年もこのまま最後まで緑ジャージを手放さないつもりかもしれない。
総合優勝候補はほぼ全員揃ってサガンと同タイムで1日を終えた。ジロ逆転優勝後の疲労回復度が気になるヴィンチェンツォ・ニーバリと、「クラシックタイプのコースは苦手」と告白するティボ・ピノは、それぞれ11秒の遅れを喫した。コンタドールは体の痛みを抱えながら、48秒遅れでフィニッシュラインを越えた。
体調にはまったく問題がなく、むしろメカトラで大きくタイムを失ったのはリッチー・ポートだ。6度目のツール出場にして、生まれて初めて総合「ダブル」リーダーに指名されたというのに、ゴール前4kmでパンクの犠牲となった。ホイール交換のためにずいぶんと長い間道端に置き去りにされ、大部分のライバルから1分45秒遅れでゴールにたどり着いた。フィニッシュ直後には「災難だ、災難だ」とひたすら嘆くだけだった。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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