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再び回りだしたカウンターは、もはや止まらない。マーク・カヴェンディッシュが今大会3勝目をさらい取り、ツール通算29勝目を計上した。ベルナール・イノーの記録を超えただけでは飽き足らず、史上最強の自転車選手、エディ・メルクスの34勝にまた一歩近づいた。2月の大腿骨骨折から驚異的なスピードで回復し、人生6度目のツールに参戦する新城幸也は、初日の落車も乗り越えて……、エスケープの果てに2度目の敢闘賞を祝った。
静かで、風もなく、暑い1日だった。日陰でじっとしているだけでも、ただ汗が流れ落ちた。ノルマンディから走り出した198選手は、いまだ1人も欠けることなく、ピレネーへの移動ステージで淡々ペダルをまわした。総合争いの選手たちにとっては、おとなしく調整に努めるべき1日だった。多くのフランス選手にとっては、夜の大切な一戦——母国で開催中のサッカー欧州選手権で、フランス代表がドイツとの準決勝を控えていた——に向けて、体力温存の時間だったのかもしれない。
そんな中で、新城幸也は、積極的に汗をかきに行った。初日の落車の痛みも、徐々に引いてきた。前日にも軽い落車に巻き込まれ、左親指を改めて痛めたけれど、それ以外に気になる影響はなかった。なにより朝のミーティングで、逃げ役に指名された。「すぐに決まるかな?」「むしろアタック合戦が続くかな?」といろいろ考えた挙句……。
「でも実際は、誰かが行けば、みんなもついて行くだろう、という雰囲気だった。ならば自分から行こう、とアタックをかけた」(新城幸也、ゴール後インタビュー)
しかし、残念ながら、ついてきたのはたったの1人だけ。そのままヤン・バルタと、2人きりの、165kmの長い逃避行を始めた。3つある山岳ポイントのうち、1つは新城が手に入れた。残り2つはそれほどガツガツとは取りにいかなかった。中間ポイントも、特に興味を示さなかった。細かい先頭交代は行わず、それぞれが数キロ単位で延々と先を引く、そんな姿が見られた。
「こんなに自分のペースで、レースを走れる機会なんてめったにないですからね。いつもは他人の走りに引きずられることの方が多いので、いい練習になりました。いや、というか、いい足慣らしになったかな」(新城幸也、ゴール後インタビュー)
後方のメイン集団は、静かに、しかし確実にタイム差制御を行った。真新しい黄色いジャージを守るBMCは、最大5分半のリードしか与えなかった。中間ポイントで激しい前哨戦を繰り広げた後、ラスト50kmを切った頃から、スプリンターチームも集団前方での本格的な牽引作業に取り掛かった。特に2日前に僅差で区間2位に泣いたブライアン・コカールのために、ディレクトエネルジーが、精力的にトレインを組み上げた。
ラスト50kmで1分半あったタイム差は、みるみるうちに縮まった。残り30kmで40秒、25kmで30秒……。自転車レースのセオリーに則れば、「あまりに早い吸収はカウンターアタックを生む」として、小さなタイム差でしばらく逃げは泳がされることが多い。同時に、「逃げ吸収のタイミングはプロトンが決める」とも、自転車界でよく言われること。
そして、この日のプロトンは、ゴール前22kmで2人を飲み込むことに決めた。粘る時間も与えられぬまま、本気で踏む暇もないまま、新城の逃げは終わりを告げた。
「踏む前につかまっちゃった。足を使わずしてゴールした感じ。あっという間でしたよ。のんびりしてたし、楽しみました。ひと汗かきましたね。これから山がやってくるので、また、頑張りたいと思ってます」(新城幸也、ゴール後インタビュー)
ちなみに、予想以上に早く吸収されたものだから、まさか敢闘賞に指名されるとは思ってもいなかったそうだ。「区間勝者が取るかな?」と考えていたら、2012年第4ステージ以来2度目の、赤ゼッケンがやってきた!
つまり人生2度目のツール区間表彰式に臨んだ新城には、その後、秒タイムのスケジュールが待っていた。まずは表彰台裏で、続いてミックスゾーンにて生中継用のインタビュー(確認できただけでもユーロスポーツとRAIがフランス語インタビューを行った)。ミックスゾーンの録画放送用インタビューでは、J SPORTS用の電話インタビュー&ビデオ撮影へ。さらにミニ写真撮影会に、ドーピングコントロール。
それを終えると、ユーロスポーツの生中継トーク番組への、出演が待っていた。リシャール・ヴィランク、ジャッキー・デュラン、ダヴィド・モンクティエ、マリオン・ルスに囲まれて、「プロトン内で最もフランス人に近い日本人」は、堂々とフランス語で受け答えを行った。
締めくくりに、軽く日本メディアとおしゃべりすると、足早にホテルへと帰っていった。翌日から始まるピレネー山越えに備えて、しっかりマッサージ&休養しなければならないのだから。
新城とバルタを飲み込んだプロトンは、予定通り、大集団スプリントへと突進していった。ピレネー突入前にどうしても1勝が欲しいコカールやアンドレ・グライペル、アレクサンドル・クリストフ、マイケル・マシューズが高速で列車を走らせた。しかし、最終ストレートで主導権を握ったのは、すでに1勝済みのマルセル・キッテル擁するエティックス・クイックステップだった。
「最終盤はとにかく大混乱だった。左から、右から、あらゆる選手がなだれ込んできた。僕はキッテルの後輪にどうしても入りたかった。とにかくキッテルの後輪に入るために、必死にポジション争いを繰り広げた」(カヴェンディッシュ、公式記者会見)
しかも大柄なドイツ人の背中を、小柄なカヴは、絶好の風よけとしても利用した。そして、微妙に下り気味のラストストレートで、速めにスピードを上げた。
「ギアを切り替えて、ただ飛び出した。重いギアでフィニッシュラインへと突進した。本当に勝ちたかった。キッテルが背後から競り上がってくるのを感じた」(カヴェンディッシュ、公式記者会見)
どん底から這い上がってきた「世界最速」スプリンターの2人、カヴとキッテルが、またしてもハンドルを投げあった。「旧」のカヴは、「新」のキッテルの追い上げを、決して許さなかった。
「この3年間、彼が僕に対してやってきたことを、僕が彼に対してやってやったのさ」(カヴェンディッシュ、公式記者会見)
今回は数ミリ単位ではなかった。たっぷりとリードをつけて、カヴェンディッシュがこの夏3度目の歓喜に輝いた。マイヨ・ヴェールも取り戻した。なにより「過去の人」という呼び名から完全に脱却し、いまや「史上最高スプリンター」の称号を高らかに誇る。ちなみにカヴの1大会当たり最多ステージ勝利数は、2009年大会の6勝だ。
ピレネー前夜、総合本命たちは揃ってフィニッシュラインを越えた。第5ステージは大いに苦しめられたアルベルト・コンタドールも、この日はさすがに、ライバルから1秒も失わずにすんだ。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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