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黙示録のような風景の中で、オランダ最強のルーラーが、歓喜に酔いしれた。ピュアクライマーたちの追い上げにも、空から落ちてくる雨あられにも、トム・デュムランは決して屈しなかった。前日の驚異的な下り能力に加えて、悪天候への高い順応力さえも証明したクリス・フルームは、危なげなくマイヨ・ジョーヌを守った。大会1度目の休息日前日、アルベルト・コンタドールは落車による負傷から復調できぬまま、志半ばで大会を去った。
極端な1日だった。2016年ツール最難関ステージには、5つの峠が待ち構え、獲得標高は5000mを超えた。温度計が示す数字は、41度から10度までと、とてつもなく幅があった。しかも、ちょうど選手たちの到着に合わせたかのように、雨と雹が山肌を叩きつけた。あたりには雷が鳴り響き、傾斜のついた道で、まるで川のように水が流れた。
スタート直後から道は上り始めた。たくさんのステージ優勝志願者と、3人の山岳賞候補と、1人のマイヨ・ヴェールを追い求める者とが、大急ぎで逃げ出した。なにより衝撃的だったのは、アルベルト・コンタドールとアレハンドロ・バルベルデが、前方へと飛び出していったこと!
特に7年ぶり3度目の総合制覇を目指して、ツールに乗り込んできたコンタドールは、初日と2日目に落車の犠牲になった。体のあちこちを痛め、思うような走りができなくなった。総合ではすでに3分以上の遅れ。前日のフィニッシュ地では、落ち着いた口調で、「状況を分析して、どう進んでいくか考える」と語っていた。こんな偉大なるチャンピオンは、遠くから、起死回生の一発を試みた。
「ベストを尽くした。レース序盤でアタックした。でも不可能だった。2回の落車のせいで、単純に、脚が上手く回らなかった。今朝は少し熱があったし、喉も痛かった。それでも、一発トライしようと、決めたんだ」(コンタドール、チーム公式リリース)
2012年ブエルタの伝説的な逆転劇「フエンテ・デ」のような、奇跡は起こせなかった。だから共に逃げ出した多くの選手にチャンスを与えるためにも、3大ツール王者(とバルベルデ)は、静かにメイン集団へと下がっていった。なにより、もはやこれ以上、走り続けることはできなかった。ゴール前90km。コンタドールは自転車を降りた。
「びっくりした。最初の上りで攻撃してたから、調子は悪くないんだとばかり思っていたのに……。たしかに僕にとっては、『ゴール前100kmでもしかしてアタックしかけてくるんじゃないか』なんていうストレスをもはや感じずに済むわけだから、ありがたいこと。でもツールにとっては大いなる損失だ。コンタドールはいつだって、見ごたえある攻撃を作り出す選手だったから」(フルーム)
合計7つのグランツールタイトル(+剥奪された優勝が2回)を誇るコンタドールにとって、途中棄権は2014年ツールに続く人生2度目。ちなみに2年前は、直後のブエルタで、見事な復活優勝を果たしている。今年も、8月開幕のスペイン一周で、戻ってきてくれるだろうか。とにかく、「今季限りで引退」との宣言は撤回しているから、1年後のツールには必ず帰ってきてくれるに違いない。
コンタドールが退いた逃げ集団で、最初に繰り広げられたのは、山岳ジャージの引っ張り合いだった。赤玉姿のラファル・マイカ、わずか1pt差のティボ・ピノ、さらには前日まで山岳賞首位を3日間守ってきたトーマス・デヘントの3人が、そろってエスケープに滑り込んでいた。しかも前者2人は、2日連続の逃避行。それぞれに、開幕時の目標--マイカはコンタドールの山岳アシスト、ピノは自らの総合優勝--から、シフトチェンジせざるを得なかった。
1つ目の山から、山頂スプリントが繰り広げられた。まずはピノが先行し、2つ目の山はデヘントが満点を手にした。さらに3つ目の山へ向かってベルギー人はアタックを打ち、先頭通過後も、孤独な遁走を試みた。本物のヒルクライマーたちが追撃を仕掛け、大逃げ巧者は、前から引きずり降ろされた。こうして4つ目の超激坂では、ピノが取り返した。
「今日はポイント収集に走る必要があった。ただ、ポイントを最大限稼ぎたいなら、ステージを勝つのが最高の方法だったはずなんだけど」(ピノ、ゴール後TVインタビュー)
ちなみに、2つ目と3つ目の山の間には、中間ポイントが設定されていた。つまり普通のスプリンターには、手も足もでない場所である。だからこそペーター・サガンは、毎年恒例、中間ポイント収集の旅に出た。世界チャンピオンジャージが、難関山岳を駆け上がった。もちろんトップ通過20ptは手に入れた。そこから先はクールに、フィニシュまでの道のりを楽しむだけ。首位奪還まではいまだ7pt足りないけれど、マイヨ・ヴェールに着替える日も、そう遠くはなさそう。
4つ目の峠を下り降りるころには、先頭集団は10人に絞り込まれていた。いよいよステージ優勝へ向けて、争うべき時が来た。コンタドールの元忠実なアシストで、「リーダーとしてのありかたはアルベルトから学んだ」と常々語るダニエル・ナバーロは、何度も加速を切った。サッカー欧州選手権の決勝戦を見るために、当夜は「いつもよりも早く夕食を済ませたい」とチームに申し入れていたピノは、自らの脚で、責任をもって追走を行った。上りでは遅れるも、下りで追いついたルイ・コスタも、やはりポルトガル代表の幸運を祈りつつ、積極的に加速を繰り返した。
しかし、大きな一撃を繰り出したのは、そこまで静かに姿を潜めてきたトム・デュムランだった。フィニッシュまで12.5km。ペダルを力強く踏み込むと、一気に独走へと持ち込んだ。本人が言うところの、個人タイムトライアルへと、と走り出していった。
「今日はほとんど先頭交代に加わらなかった。だから逃げの中では、もしかしたら僕が、最も強かったのかもしれない。ステージの最後は、タイムトライアルのつもりで走った。僕を追いかけてくる選手たちにとっては、おそらく、ひどく厳しかっただろうね」(デュムラン、公式記者会見)
谷間には強い向かい風が吹き付けていた。コスタやピノ、マイカやナバーロは、代わる代わる、協力したり分裂したりしながら、デュムランを追いかけた。リオ五輪ではタイムトライアルで金メダルを狙うスペシャリストには、ヒルクライマーが束になっても叶わなかった。
さらに山頂まで残り5kmとなり、標高も2000mに近づくと、空から矢のように雨や雹が降り注いだ。ただ、どれほど気温が下がっても、どれほど路面が滑りやすくなっても、半袖ジャージのオランダ人はひたすら前を見て黙々と走り続けた。
「最後はさすがに、パワーが落ちてきたのを感じた。でも、サイクルコンピューターの数値は、見ないようにした。スピードも落ちていたけれど、誰にも追いつかれなかった。僕が勝ったんだ。本当に僕にとっては、スペシャルな1日になった」(デュムラン、公式記者会見)
2015年ブエルタでは人生初めてのグランツール区間勝利を上げ(2勝)、マイヨ・ロホを6日間守る活躍を見せた。2016年ジロでは、初日タイムトライアルをさらい取って、やはりマリア・ローザを6日間身にまとった。そしてこの日は、3グランツール連続のステージ優勝。さすがに3グランツール連続での、リーダージャージ着用は不可能だったようだけれど……。
「誇らしいよ。歴史を刻めたなんて素敵だね。3グランツール連続で区間を制したオランダ人は、おそらく歴史上でも存在しないんじゃないのかな。今ツールには総合争いに来たわけじゃない。僕はまだ、フルームやキンタナと戦えるレベルにはない。ステップをあと2つか3つ踏む必要がある。もちろん将来的には、ツールの総合トップ10を争えるような選手になりたいな」(デュムラン、公式記者会見)
そのフルームとキンタナは、雨にも負けず、雹にも負けず、アンドラ・アルカリスの山頂へ向かって熾烈な覇権争いを繰り広げた。ただしマイヨ・ジョーヌが幾度となく、積極的に高速ペダリングを披露した一方で、雪のステージなら得意のコロンビア人は、ひたすらフルームの動きに対応を繰り返すだけだった。
「キンタナが僕に攻撃を仕掛けてくるに違いない、と1日中警戒し続けた。逃げ集団に2人もチームメートを送り込んでいたから、最後の1kmまで、いつくるか、いまくるか、と様子をうかがった。彼が動かないのは、きっと、体力温存策に違いない、と信じて疑わなかった」(フルーム、公式記者会見)
しかしながら、むしろ積極的に動いたのは、元チームメートのリッチー・ポートであり、アンドラ在住のダニエル・マーティンだった。またラスト数百メートルで、同じ英国人のアダム・イェーツが、果敢にスプリントを切った。
「結局、キンタナは何もしなかった。つまりきっと、彼は限界だったに違いない、って思うことにする。だって、ただ僕の後輪に入り込んで、ずっと張り付いていただけだから」(フルーム、公式記者会見)
最終的にイェーツのスプリントにフルームが飛び乗り、キンタナも張り付いて、3人は同タイムでゴールした。ポートとマルティンは、2秒後にフィニッシュラインを越えた。フランスの星ロメン・バルデやアンドラの道を知り尽くすホアキン・ロドリゲスは、マイヨ・ジョーヌからの遅れを21秒で食い止めた。一方でティージェイ・ヴァンガーデレンは38秒を、ファビオ・アルは1分を失った。
大会1度目の休養日を翌日に控え、総合首位はもちろんフルームで変わらず。わずか16秒差でイェーツが付け、19秒差でマーティンが追う。4位キンタナ23秒遅れ、5位ロドリゲス37秒遅れと続き、44秒遅れで6位バルデ、7位バウク・モレマ、8位セルジオルイス・エナオモントーヤの3人が並ぶ。アルは1分23秒差の13位に後退し、1週目にメカトラでタイムを大きく失ったポートは、18位→14位2分10秒差と少しだけ順位を戻した。
さて、当夜行われたサッカー欧州選手権決勝戦は、延長の末に、ポルトガルの初優勝で幕を閉じた。区間2位で終えたコスタは、きっと素敵な夜を過ごすことができたのだろう。ピノは山岳ジャージは手に入れたけれど、本当は一番欲しかった区間勝利も、フランス代表のユーロ制覇も叶わなかった。ツール一行はピレネーの小国で休息日を過ごすと、火曜日、再び大会の祖国へと帰還する。フランスを1か月夢中にさせてきたサッカー大会が終了し、しかも先週末から本格的な大型バカンスシーズンが幕を開け、ここからツールの熱狂は本番を迎える。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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