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力強く突き上げた右の拳と、黄色いヘルメットの下に覗いた白い歯が、2016年マイヨ・ジョーヌの行方がほぼ決まったことを教えてくれた。最終走者のクリス・フルームは、出走177人中ベストタイムの30分43秒23をたたき出した。今大会2つ目の区間勝利をもたらした好走で、総合2位以下とのタイム差をさらに大きく開いた。一方で総合2位から7位までの距離はぎゅっと縮まり、表彰台争いは混沌の様相を呈してきた。
太陽の光は強烈で、しかも湿気を含んだ空気が、肌にまとわりつくように重かった。真っ先に勝者レベルの素晴らしいタイムを記録したのは、またしても、トム・デュムランだった。第9ステージでは、悪天候の中の独走で、山頂フィニッシュを制した。第13ステージはアップダウン個人タイムトライアルで、今大会2勝目をもぎ取った。そしてこの日は、全長17kmの登坂タイムトライアルで、得意の独走力を発揮した。
スタート直後から規則正しいリズムを刻んだ。しかも勾配14%超えのコート・ド・ドマンシーでさえ、ほぼ全体を通してシッティングポジションを貫いた。力強く走り続けた。ゴールタイムは、その時点までの首位選手を41秒も上回る、31分04秒29。暫定首位に立った。
「でも、おそらく、十分ではないだろう。きっと総合勢の選手に追い抜かれるはずだ。今日はいい走りができたと思うけれど、でも、僕のベストの走りではなかった。ステージ優勝には、十分なタイムではない」(デュムラン、ゴール後TVインタビュー)
残念ながら、デュムランの予言は的中する。時にハラハラさせられながらも、暫定首位の座を実に1時間38分にも渡って守り続けてきた挙句、最後の1人についに記録を塗り替えられてしまったのだから!
スタート直後のクリス・フルームは控えめだった。序盤4kmの平地を駆け抜けて、さらにドマンシー坂を終えた直後の6.5km第1計測は、デュムランから14秒遅れで通過した。
「静かに、抑えてスタートしたんだ。山頂に向かって力をクレッシェンドしていくためだった」(フルーム、ミックスゾーンインタビュー)
言葉通り、マイヨ・ジョーヌは徐々にペースを上げていく。デュムランと同じように、サドルにしっかり腰を下ろし、正確なリズムでペダルを回し続けた。その結果、一定の上り勾配が続く10km地点で、遅れは10秒に縮まった。緩急が繰り返され、山頂まであと一歩に近づいた13.5km地点では、ついにデュムランを3秒逆転した。上り切った後には、うねりの続く下り坂も待っていた。もちろん今年のフルームが、プロトン屈指のダウンヒル巧者であることは……すでに第8ステージで実証した通り。フィニッシュラインでは、なんとデュムランに21秒ものリードをつけていた。
「今日の勝利は、メカの選択が大きく左右しているんだ。最初にコースを見たときは、普通のロードバイクを使おうと考えた。でも、詳細な分析が行われた結果、タイムトライアル用マテリアルを使うよう助言されたんだ。しかもピナレロのTT用バイクは、重量がものすごく軽くなった。ディスクホイールもまた、正しい選択だったね」(フルーム、公式記者会見)
とてつもない強さを改めて証明した結果、フルームは総合2位以下とのタイム差を2分27秒から、3分52秒へと開いた。パリまで残るステージは3つ。山の戦いは2つ。だから、すでに優勝争いは決した、とマイヨ・ジョーヌ本人は見る。
「もはやタイム差は4分近くなった。しかも、あと戦いは2日だけだから、このジャージを肩に羽織ってパリにたどり着く自信はある。明日はものすごく厳しいステージになると思う。ただし繰り広げられるのは、おそらく表彰台のポジション争い。だから僕は、ただチームメートたちと共に、安全第一でついていくだけ」(フルーム、ミックスゾーンインタビュー)
もしもフルームの優勝がほぼ確定したのだとしたら、表彰台の場所はあと2つ残っている。貴重な場所を争う選手たちは、この日のタイムトライアルで、大きく明暗が分かれた。いわゆる「勝ち組」と呼べるのは総合5位ロメン・バルデ(フルームから区間42秒遅れ、総合4分57秒遅れ)総合6位リッチー・ポート(33秒、5分)、総合7位ファビオ・アル(33分、6分08秒)の3人だろう。
ポートはフルームと並んで、区間優勝の最有力候補に挙げられていた。なにしろパリ〜ニースでは2013年と2015年の2回、登坂タイムトライアルを制した経験を持っている。そんな小柄のヒルクライマーは、勢いよくスタートダッシュを仕掛けたた。6.5㎞地点の計測では、11分33秒と、全プロトン中のトップタイムをたたき出した。特に登坂2.5㎞のドマンシー登坂タイムだけで争う「ベルナール・イノー賞」も、堂々と勝ち取っている。
「ツール前の下見で、このタイムトライアルが僕向きであることは把握していたんだ。だから今日の結果には満足している。あらゆるライバルから、タイムを奪うことに成功したんだから」(ポート、ミックスゾーンインタビュー)
後半は勢いが少々落ちたものの、ポジティヴに1日を終えることに成功した。総合では5分差の6位につける。ちなみに、もしも、第2ステージの最終盤にパンクして1分45秒を失っていなかったら……。単純計算だけでも、今頃は総合2位の座につけていたはずである。
1週目はボトル運びや、スプリントエースのための仕事を買って出た。そして、目標としていたツール3週目の、最初の日に、大きな栄光をつかんだ。ツール・ド・フランスには初出場で、だから初めての区間優勝だった!
「ツール序盤に不運に見舞われたのは残念だけれど、とにかく表彰台に上りたい。だから残り2日間で、自分のチャンスを狙いに行かねばならない。調子もいいし、自信もある」(ポート、ミックスゾーンインタビュー)
バルデもまた、表彰台に大きく近づいた。第17ステージ終了時の段階では、総合3位まで1分22秒の距離があった。今ステージ終了後は総合順位こそ5位と変わらないものの、総合3位まで41秒差に縮まった。
しかし、いずれの陣営も、フルームの本気を引き出すことはできなかった。マイヨ・ジョーヌはただ黒い隊列を信頼し続けるだけでよかった。驚異的な山岳アシストのワウテル・ポエルスが、たいていの謀反人はしっかりと回収してくれたから。
「このタイムトライアルは、とても良い感触で走れた。難度が上がれば上がるほど、僕には向いている。今日は決して限界を超えてしまわぬように、自分自身を制御して走った。おかげで一定スピードを保ち続けられたし、滑らかなパフォーマンスも実現することができた」(バルデ、ゴール後TVインタビュー)
ほぼ全ての上りをダンシングスタイルで、アグレッシブに上り切った。そんなアルは、ポートと同じゴールタイムを記録した。……それどころか、正確にはコンマ27秒上回った!区間3位のとてつもない好成績は、総合でも、8位から7位へとのジャンプアップにつながった。表彰台までの距離は1分52秒差。少々遠すぎるだろうか?5月に4分43秒差を逆転して、ジロ総合優勝を持ち帰ったヴィンチェンツォ・ニーバリが、アルの護衛役を務めていることも忘れてはならない。
総合2位バウク・モレマ、3位アダム・イェーツ、4位ナイロ・キンタナにとっては、それぞれに失望の1日だった。3人全員かろうじて総合順位こそ守ったものの、フルームに対しては、3人全員がタイムを大幅に失った。しかも前述の5位〜7位の選手からは、一気に後方から差を詰められた。マイヨ・ジョーヌの夢は遠ざかり、表彰台の可能性も脅威にさらされている。当然ながらキンタナの3回連続「フルームの次点=総合2位」も、もはや危うい状況にある。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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