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大雨の後には、笑顔が待っていた。濡れた下りをめいっぱいに攻めて、ヨン・イサギーレインサウスティは、チームに今大会待望の初勝利をもたらした。チームメート4人にしっかりと囲まれて、クリス・フルームは濡れた下りをできる限り安全にこなした。フィニッシュのほんの数百メートル手前で、数選手が飛び出したが、もはや焦る必要などなかった。アルプスの谷間で、3度目のマイヨ・ジョーヌ獲得を、静かに確定させた。
パリ到着まで24時間。逃げ切りを狙う者たちにとっては、文字通り最後のチャンスだった。しかも、22チーム中11チームが、絶望的なまでに今大会初勝利を追い求めていた。だから146.5kmの短距離走は、スタート直後から、数多くのアタックに彩られた。少しずつ逃げ集団は膨らんでいき、一時は30人もの選手が先頭に立った。
まるで会員制クラブだった。すでに逃げ勝利をもぎとり、「スーパー敢闘賞」にもノミネートされたトーマス・デヘントやハリンソン・パンタノ、やはり大逃げを勝ちに結びつけたイルヌール・ザカリンやマイケル・マシューズ、勝利こそつかめなかったけれど、驚異的なロングエスケープを繰り返した果てに「スーパー敢闘賞」の候補に挙げられたジュリアン・アラフィリップやルイ・コスタ、さらには今大会幾度となく前方でもがいたピエール・ローランやヴィンチェンツォ・ニーバリの姿が、今大会最後の本格派エスケープ集団の中に認められた。
なにより、ペーター・サガンが、存在感を光らせた。すでに3区間を勝ち取り、5年連続のマイヨ・ヴェールをしっかりと着こんだ世界チャンピオンが、またしても難関山岳ステージで逃げ集団に滑り込んだのだ!!
第17ステージは、ラファル・マイカの山岳ポイント収集を助けるために、峠を先頭で引っ張った。この日は、総合12位ロマン・クロイツィゲルのために、アルプスの山頂から高速ダウンヒルを敢行した。さらには1級峠の上りを。力の続く限り牽引した。そして世界チャンピオンは、この驚異的な走りで、スーパー敢闘賞をもぎ取った。シャンゼリゼ大通りでは、緑色のジャージと、大きな赤ゼッケンの、2回の表彰式に臨むことになる。
「最もアグレッシブな選手に選出されて嬉しい。この厳しい1週間を終えられてほっとしているし、明日は頑張りたい。実は去大会にこのスーパー敢闘賞を取れると思っていたんだけれど、取れなかった。だから今年の受賞は、本当に嬉しいんだ」(サガン、チーム公式リリース)
残念ながら、チームメートのためのサクリファイスは、実を結ばなかった。後続に6分近い差をつけ、一時は暫定総合2位に上がったクロイツィゲルを、当然ながらあらゆる逃げ選手が警戒した。この日3つ目の峠=1級ラマズ峠の上りでサガンが最後の全力疾走を行い、後方へと静かに落ちていったあと……、誰一人としてティンコフの選手と手を組もうとはしなかった。
サガンの監視から解放された逃げ集団からは、デヘントやローラン、コスタが次々と飛び出しを試みた。1級からの濡れた下りでは、パンタノとアラフィリップが怖いもの知らずのように飛び出した。
しかし、これは、最後から2番目の下りに過ぎない。真の下り巧者ならは、今大会最後のダウンヒルで仕掛けるべきだった。それなのに、若きアラフィリップは、上りでパンタノを引き離そうと無理に努力しすぎた。だからニーバリが、最終峠の中盤で追いついてくると、もはや抵抗する力が残っていなかった。その直後に、密かに後方から近付いてきたイサギーレにも、あえなく追い抜かれた。ただ上手く力を制御したパンタノだけが、新たに台頭してきた2人にしがみつくと、最後の下りへと挑みかかった。
フィニッシュ地のスピーカーは、「プロトン屈指の名ダウンヒラー」であるニーバリが、伝家の宝刀を抜くに違いないと連呼していた。今大会ですっかり「下り巧者」の称号を定着させたパンタノの、新たな下りアタックも、大いに期待された。しかし、大粒の雨の下で、真っ先にイニシアチブを奪ったのはイサギーレだった。
「ニーバリとパンタノがダウンヒル巧者であることは分かっていた。だから、下りの前に、気合を入れ直す必要があった。単独先頭でフィニッシュしようと思ったら、絶対に下りには先頭で突入しなきゃならなかったし、全力で坂を下らなきゃなかった。怖くはなかった。怖がったら最後、転んでしまうと思ったから」(イサギーレ、公式記者会見)
イサギーレの読みはズバリ当たった。先頭で下りに入ったあと、それこそフィニッシュラインまで全速力で駆け抜けた。前日の(フルームからの)もらい落車の記憶が生々しいニーバリや、滑る路面で膨らみすぎて沿道の草にはみ出したパンタノに、決して先行されることはなかった。7kmの勇敢なダウンヒルと、2kmのフラットパートを終えると、生まれて初めての、感動的なツール区間優勝が待っていた。
「モヴィスター チームとして、ツールを勝ちたかった。でもフルームは強すぎた。でも僕らチームの最終成績は、悪くないと思うよ。ナイロの総合3位に、チーム総合首位に、そして今ステージの優勝!」(イサギーレ、公式記者会見)
後方のメイン集団は、カオスだった前日とは極めて対照的に、チーム スカイとマイヨ・ジョーヌが慌てさせれる場面は一度もなかった。もちろんステージ半ばでは、アスタナ プロチームが隊列を組み上げた。ファビオ・アルが総合6位からの逆転表彰台乗りを目論み、アシスト総出で牽引を行ったが……、大先輩ニーバリの分析によると「初めてのツールで苦労」したようだ。最終峠でメインプロトンから脱落すると、総合13位へと順位を落とした。
また前日の落車で2位から一気に10位まで陥落したバウク・モレマは、この日は気力が完全に途切れていた。ステージの早い段階で、マイヨ・ジョーヌ集団から置き去りにされてしまう。
自らの名誉を回復するために、最終峠で、モレマは驚きのアタックに打ってでた。「戦わずして、舞台から立ち去りたくない」と、強い意地を見せた。ほんの数キロ先でスカイ列車に静かに飲み込まれ、最終的には総合11位に後退してしまったけれど。代わりに前日の段階で総合11位だったホアキン・ロドリゲスが、飛び出しを成功させた。人生最後のツール・ド・フランスの、最後の山岳ステージの、最後の20kmで、総合7位の座をつかみ取った。
アル、モレマ、ロドリゲス、そして逃げの果てに総合10位にアップしたクロイツィゲルを除く総合上位勢は、静かにまとまって最終峠からの下りを終えた。フィニッシュのほんの数百メートル前に、ようやく小さな競り合いが見られたが、最大でも6秒の差しか生まれなかった。わずか1分6秒差でひしめいていた総合2位から5位も、たったの16秒差しかなかった総合2位と3位も、つまり順位の変動は一切なかった。
すなわちクリス・フルームは、何の問題もなく、パリ前夜のステージを終えた。3週間裏表なく献身的に支え続けたワウテル・ポエルス、ゲラント・トーマス、セルジオルイス・エナオモントーヤ、ミケル・ニエベに囲まれて。ラインを越えた瞬間に、緊張の表情が緩んだ。マイヨ・ジョーヌの顔全体に、柔らかい笑みが広がった。
「レースの間はストレスを抱えていたから、ラインを越えた瞬間にものすごい感動が襲ってきた。しかもチームメートたちと一緒に終えられたことで、安心感がいっぱいだったんだ」(フルーム、公式記者会見)
モルズィーヌのプレスルームでは、大勢詰めかけた記者の目の前で、人生3度目のマイヨ・ジョーヌ優勝記者会見へと臨んだ。
「3度ツールを勝って、パリに3度、マイヨ・ジョーヌでたどり着いた。これはすべての自転車選手にとっての夢なんだ。2017年もまた、勝つために、ツールに戻ってくる。願わくば、あと5、6年は、ツールの優勝争いに加わり続けたいな」(フルーム、公式記者会見)
翌日、2016年ツール一行は、パリに帰り着く。ご存知の通り、昨年以来、フランスはテロの脅威にさらされてきた。シャンゼリゼのツール通過も、一時は中止がまことしやかに噂されたこともあった。実際、その他たくさんのイベントは、中止に追い込まれている。しかしフランスにとっては単なるスポーツイベントの枠を超えた、歴史的財産でもあるツール・ド・フランスだけは、絶対に、脅威に屈するわけにはいかないのだ。
「レースを取り巻く雰囲気は最高だった。フランスのファンたちが、このレースを素晴らしいものに仕立て上げてくれた。しかも、ニースで辛い事件が起こった後も、レースは続けられた。これが象徴しているのは、人生は続くのだ、ということ。テロごときが人々の暮らしをストップすることなど、絶対にできないのだ、ということだ」(フルーム、公式記者会見)
シャンゼリゼ周辺には例年以上の厳重警戒態勢が敷かれ、残念ながらレース後のパレードは中止となったけれど……、1975年以来41年間変わることなく、世界で一番美しい大通りで、ツールは華やかなフィナーレを迎える。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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