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わずか118.5kmという短距離走だった。スタートからフィニッシュまで、全力で駆け抜けようと企てる者がいたとしても、決しておかしくはなかった。大方の予想を裏切ることなく、アルベルト・コンタドールが、偉大なるチャンピオンとしての意地を見せた。自他共に予想外の動きを見せて、総合首位ナイロ・キンタナは自ら逃げに飛び込むと、マドリードでのマイヨ・ロホ獲りにぐんと近づいた。総合2位クリス・フルームはひとりぼっちの戦いを強いられ、タイムを大きく失った。カオスに満ち満ちたこの日、いの一番にアタックを打ったジャンルーカ・ブランビッラが、最後の加速を栄光へと結びつけた。
スタートからわずか6kmで、運命の逃げは決まった。ブランビッラが飛び出し、アルベルト・コンタドールもためらわず加速を切った。マイヨ・ロホはこの動きを見逃さなかった。
たとえ「総合優勝はもはや難しいだろう」と宣言しようとも、尽きることない攻撃性と高い戦術能力を備え持つ男が、必ずや何かとてつもないことをしでかすに違いないことは明白だった。2012年第17ステージにゴール前50kmで飛び出し、総合28秒の遅れをひっくり返した、いわゆる「フエンテ・デの大逆転」の再現。それをグランツール制覇7回の王者が密かに狙っていることなど、地球上の誰もが知っていた。
クリス・フルームだって分かっていた。この夏、アルベルト・コンタドールのツール途中棄権時には、「これで、もしかしてゴール前100kmでアタックを仕掛けられるかもしれない、とハラハラする必要はなくなった」と冗談めかしたコメントを寄せた。この日もアルベルト・コンタドールが動き出し、ナイロ・キンタナが同調した時に、すかさず自ら穴を埋めに行ったほどだ。
しかし、アルベルト・コンタドールとナイロ・キンタナだけが前に行き、クリス・フルームは第2集団へと取り残された。逃げ集団内では、ティンコフのアシストが2人、モヴィスター チームのアシストも2人、しっかりとリーダーの動きに同調した。大物たちのにらみ合いに紛れて、マトヴェイ・マミキンとファビオ・フェリーネも逃げに滑り込み、山岳賞を争うケニー・エリッソンドとオマール・フライレも、2日連続のポイント収集に乗り出した。また総合11位のダヴィデ・フォルモロとチームメートのモレノ・モゼール、同じく総合14位のダヴィド・デラクルスとチームメートのブランビッラにとっても、牽引に協力する理由は多いにあった。だから14人は、一心不乱に先頭交代を続けた。アルベルト・コンタドールとナイロ・キンタナも、例外ではなく、前を引いた。
追走する側のクリス・フルームは、頑なに前を引かなかった。前ステージの奮闘で疲弊したアシストのほぼ全員が、後方に置き去りにされていたからだ。おそらく逃げ形成当初は、仲間たちが追い付いてくるのを待つつもりだった。なにしろ護衛役は2人しか残っていない。
残念ながら、5人の人材を揃えていたモヴィスター チームが、第2集団の減速を決して許さなかった。前を脅かさぬ程度に牽引したり。老獪なるアレハンドロ・バルベルデが囮アタックを繰り出したり。このスペインチームの策に翻弄されるうちに、後方からの合流はもはや望めなくなり、しかもアシストの1人はあえなく脱落していった。
同じく罠にはまった総合3位エステバン・チャベスと4位サイモン・イェーツも、3人のアシストを残していた。しかしモヴィスター チームにさんざんもてあそばれた果てに、オリカ・バイクエクスチェンジは、先頭交代から一旦手を引いた。自ずとチーム スカイ最後の頼みの綱、ダビ・ロペスガルシアだけが、第2集団の牽引役を一身に引き受けることになった。このスペイン人も、残り55kmで、とうとう力尽きる。前方ライバルたちとのタイム差は、約3分にまで広がっていた。
2013年ツールの第9ステージで、クリス・フルームは同じように「丸裸」状態にされたことがある。あの日は実に140km以上も、孤独な戦いを強いられた。最終的にはマイヨ・ジョーヌの座が揺らぐことはなく、ただ「トイレ休憩が取れなかった」ことを本人は笑い話にしたが……。
孤立したクリス・フルームは、自らは決して先頭で追走しようとはしなかった。やむなくオリカ・バイクエクスチェンジが加速に乗り出した。時おりアスタナ プロチームも、ミケーレ・スカルポーニの総合9位を守ろうと、牽引に手を貸した。
フライレとエリッソンドのポイント収集合戦は、序盤2峠はスペイン人に軍配が上がった。それ以外の時は、14選手は見事なまでに協力しあって、前を目指し続けた。もちろんナイロ・キンタナとアルベルト・コンタドールのチームメート2人×2は、だれよりも長い間、先頭牽引を担当した。最終峠へとつながる長い長い山道が始まると、そこまで力を尽くしてきたアシストたちは、順番に脱落していった。
ゴール前8km、後方とのタイム差は2分。ついにサポート役を全員失ったナイロ・キンタナは、先頭を引き始めた。腹をくくり、自らのペースで山を登り始めた。なにしろ第19ステージの個人タイムトライアルの前に、総合2位クリス・フルームから、1秒でも多くのタイムを奪い取らねばならない。もちろんマイヨ・ロホの刻む本気のリズムに、ついていける者などそう多くはなかった。ラスト3kmで勾配が一気に跳ね上がると、ずるずると逃げの仲間たちは滑り落ちていき……、ただブランビッラとアルベルト・コンタドールだけが、後輪に張り付いた。
同じ頃、クリス・フルームにも、ついに先頭に立たねばならぬ時がやってきた。集団内で小さなアタックが相次ぎ、さらにアレハンドロ・バルベルデが、様子見とばかりに加速を試みた。まったく動けない白い複合賞ジャージは、それから無理やり最前列に押し出された。ほんの2kmほど先頭を引いた。しかし、耐え切れず、自ら後方へと引き下がっていった。これが合図だった。多くの選手たちが、衰弱した英国人を置き去りにして、飛び出していった。
ナイロ・キンタナは山頂まで先頭を引っ張り抜いた。あまりにスピードアップを繰り返すものだから、ラスト1.5kmで、アルベルト・コンタドールさえついていけなくなった。ゴール前200mまで加速を止めなかった。ただフィニッシュライン直前で、後輪から飛び出したイタリア人に優勝をさらい取られた。
この春のジロで初めてのグランツール区間勝利を手に入れ、マリア・ローザも2日間着用したブランビッラが、大躍進のシーズンを改めて印象づけた。エティクス・クイックステップにとっては今大会区間4勝目で、一緒に逃げたチームメート、ダクルズが総合9位に浮上するという嬉しい報告も付いてきた。ちなみにフォルモロも総合8位へとジャンプアップ。また山頂スプリントでフライレに対抗できない代わりに、最後まで粘るのが作戦、というエリッソンドは区間4位で山岳ポイント2ptをしまい込み、きっちり青玉ジャージも守り切った。
ナイロ・キンタナはもちろん、区間2位のボーナスタイム6秒はきっちりと押さえた。しかも「ペダル」では共に逃げたアルベルト・コンタドールを34秒、最後にクリス・フルームを捨てて飛び出したチャベスを1分53秒突き放した。疲弊しきったクリス・フルームからは2分40秒をむしりとり、マイヨ・ロホの望み通り、総合では54秒から3分37秒へと大きく差を開いた。3位チャベスも2分01秒から3分57秒遅れと後退した。
クレイジーなステージの脚本家であり、主役の1人であり、間違いなく英雄だったアルベルト・コンタドールは、念願のステージ勝利には手が届かなかった。しかし、勇敢な努力は、報われた。総合では6位から4位へと返り咲いた。しかも3位チャベスとの差はわずか5秒、2位クリス・フルームとの差は27秒と、表彰台へ一気に近づいた。たしかに、マイヨ・ロホまでのタイム差は、4分02秒と果てしなく大きい。ちなみに2016年ジロで、ヴィンチェンツォ・ニーバリがひっくり返したタイム差は、4分43秒差だった。
短くて過酷なステージを、出走した164人全員が最後まで走り切った。ただし31分24秒の制限時間以内にゴールできたのは71人だけ。なんと93選手が、制限時間アウトで、大会を強制的に終了させられるべきところだった。たとえばチーム スカイは、クリス・フルーム以外、全員失格……!幸いにも、大会ルール第11条の「特殊な状況の場合は、審判団は大会開催主の同意のもと、制限時間を見直すことができる」が適応された。われらが別府 史之選手や新城 幸也選手も、無事に救われた。
<選手コメント>
■ジャンルーカ・ブランビッラ(エティクス・クイックステップ)
今日は行けると感じた。昨日もトップ選手たちと一緒にフィニッシュしたけれど、すでに今日のことを考えていた。今日の鍵は、体力のフレッシュさ。スタートから3.5kmで、ぼくが真っ先にアタックを切った。それからアルベルト・コンタドールやほかの選手たちが、ぼくに追い付いてきた。それから1日中、全力で走った。ぼくはひたすら区間勝利のことだけを考え続けた。最終盤にアルベルト・コンタドールが苦しんでいるのを察知したから、ナイロ・キンタナの後輪に張り付いた。彼をスプリントで出し抜けると分かっていたからね。ゴール前700mでナイロ・キンタナが加速したとき、なんとか耐えしのいだ。相手が疲れていることを見て取ったから、ラスト150mでぼくは飛び出した。嬉しいよ。だって、これほどの奇妙なステージで、勝者となったんだから。きっとこのステージのことは、多くの人々の記憶に残るだろう。(レース公式リリースより)
■ナイロ・キンタナ(モヴィスター チーム)
予想以上に上手く行った。正直に言えば、むしろ最終盤に動こうと考えていたんだ。それなのに、一体なにが起こるのか、分からないものだね。予想していた以上に素晴らしいステージとなった。昨日の難関山岳ステージよりも、今日のほうが大きなギアを回したよ。スタートの、細かなうねりと起伏が繰り返し襲いかかるゾーンで、分断が生まれた。昨日すでに体力を大いに使っていたから、肉体は悲鳴を上げたよ。もがき苦しんだけれど、集中し続けた。そしてアルベルト・コンタドールと共に前に飛び出すことができた。チームも良く協力してくれた。
チームはぼくを大いに助けてくれた。カストロビエホとフェルナンデスは、とてつもない仕事を成し遂げてくれた。ぼくは何度も叫んだ。「全力で行け、全力だ。ぼくらはクリス・フルームを後ろに置き去りにしたぞ」と。それに、ほかのチームメートたちも、後方で物事の成り行きを見守ってくれた。タイム差を開き、ハイペースを刻み続け、そして最終峠では全てを尽くした。クリス・フルームをしっかり後方に押しやるために。
幸運にも、個人タイムトライアル前につけたいと考えていたタイム差を、首尾よく得ることができた。今はただ、このまま調子を保って、マドリードまでしっかり走り続けたい。この先も注意深く行くつもり。だけど、ぼくには素晴らしいチームがついている。アレハンドロ・バルベルデも、カストロビエホも……。チームみんなが自信に満ちている。(チーム公式リリースより)
■アルベルト・コンタドール(ティンコフ)
今日のステージに満足している。昨日はフィニッシュラインを越えながら、がっかりしたんだ。だって足の調子を、成績に結びつけられなかったから。昨日のステージの後にすごく奇妙な感じを覚えたけど、そのことは忘れて、今日に集中しようと考えた。
それほど楽天主義だったわけでもないんだ。だって上りはそれほど厳しくはなかった。昨日の夜、ロードブックを見て、山岳の勾配がどの程度なのかを確認して、自分になにができるかを考えた。難しいだろうとは分かっていた。だから全力でスタートすることに決めた。自分がどれほど危険な賭けを打っているのかということも、はっきり悟っていた。だって、もしも最終盤で追いつかれたら、逆にぼくがメイン集団からふるい落とされる可能性もあったわけだから。だから、これはギャンブルであり、素晴らしい結果をもたらしてくれるだろうと考えた。勝てないこともあるさ。今日みたいにね。最後の数キロは厳しかった。
それでも、美しい戦いをお見せできたと思う。観客たちも楽しんでくれたはず。ステージや総合の結果に関わらずね。自分たちが成し遂げたことに満足している。昨日よりも素晴らしい1日となった。ぼくも牽引にしっかり加わらなければならない、と考えた。だって、ぼくがそうしなかったら、逃げ集団のペースが落ちてしまうかもしれないと思ったから。もしかしたら、最初の1時間、あまりにも力を尽くし過ぎたかもしれない。でも自分の行いは正しかったと信じてる。
明日は、今日や昨日のステージに比べたら、それほど難しくはないだろう。でも、毎日、新しい物語が待っている。ブエルタ残りの日々も、現実的でありつづけなければならない。今年、パリ〜ニースやカタルーニャの総合優勝を、ほんのわずかの秒差で逃している。さらに好調で臨んだはずのツールは、途中棄権せざるを得なかったからね。とにかく、この先のブエルタでは、自分のベストを尽くす。まだ終わってはいないんだ!(チーム公式リリースより)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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