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ひどく風の強い日だった。糸杉は大きくたわみ、カサマツはざわざわと轟音をたてた。海沿いの道では、暴力的な突風も襲い掛かった。誰もが予想した通り、横風職人集団が手際よく作品を完成させた。前日のチームタイムトライアルをわずか6秒差で終えたクイックステップフロアーズは、ラスト2kmで分断を作りだすと、イヴ・ランパルト を単独前方へ送り出した。母国ベルギーでは「トム・ボーネンの後継者」と呼ばれる若き健脚ルーラーが、生まれて初めての区間勝利はもちろん、チームの狙い通りに真っ赤なジャージをさらい取った。13人の小さな先頭集団にはヴィンチェンツォ・ニーバリが上手く滑り込み、あらゆる総合ライバルから、ほんのわずかながらタイムを稼ぐことに成功した。
誰も予想できなかったこともあった。3週間で最初のラインステージだというのに、逃げを試みる選手がいなかったのだ!コース上には一切の峠がなく、つまり山岳賞というご褒美がなかったせいかもしれない。ジロのように大逃げ賞もないし。たしかに敢闘賞はあるけれど、どうやら平坦ステージで積極的に逃げる理由にはならなかった。
逃げたい選手もいなければ、集団を積極的に制御したいチームも存在しなかった。マイヨ・ロホを含む全4色ジャージを擁するBMCレーシングさえ、前夜の「ジャージを失っても問題ない」(by.ローハン・デニス)との宣言通り、プロトン前線で隊列を組もうとはしなかった。複数の総合系チームが、ただ前方で静かにペダルを回した。
夏の午後の退屈な自転車旅行は延々と続いた。フィニッシュ手前75kmで、横風を利用した分断の試みが起こったが、ほんの数キロ先であっさり波は引いた。すぐ直後にはクリス・フルームがメカトラで一旦停止するも、幸いなことに、優勝候補を出し抜こうとする非紳士的行為は見られなかった。残り50km地点では踏切での一時停止を余儀なくされたけれど……、そもそも1人も逃げていなかったから、なんの問題もなかった。
残り61km地点の集団落車だけが、ドラマチックな色合いを添えた。モロッコ人として史上初めてのグランツールに挑んだアナス・エイトエルアブディアが、縁石に激突し、即時リタイアを余儀なくされた。やはり同地点で落車したハビエル・モレノは、再び自転車にまたがったものの、しばらくして自転車を降りた。生まれて初めての3週間レースに挑んだミカエル・コラーもまた、わずか2日目にして大会を去っている。
ステージも残り40kmを切ると、ようやく少しずつ、緊迫感が集団を包み始めた。東へ向かってひたすら走り続けてきたプロトンが、南西に方向転換したのをきっかけに、カチューシャが思い切って分断を試みさえした。数人が前に飛び出し、ほんの一瞬、穴ができかけた。しかし、またしても、企ては不発に終わる。なんとクリス・フルーム自らが大きく加速を切り、きっちりほころびを塞いだからだ。
ただ穴が完全に埋まる前に、中間スプリントでマッテオ・トレンティンが先頭通過を果たした。ボーナスタイム3秒をもぎ取り、クイックステップのマイヨ・ロホ獲得作戦が本格的に始まりつつあることを予感させた。BMCからはダニエル・オスが上手く反応し、3位通過の1秒を懐に入れた。
そこから先は、あらゆるチームが前線で競り合った。やはり前日を6秒差で終えたサンウェブが、強烈な牽引を試みた。オリカ・スコットやAg2rは、華奢なヒルクライマーたちをどうにか保護しようと、必死で位置取りを行った。スカイがほぼ全員で隊列を組み、猛然と加速したこともあった。強い追い風に背中を押されて、スピードはぐんぐん上がった。
「もっと早めに分断を仕掛ける作戦だった。でも予定通りには行かなかったから、走りながら計画を練り直したんだ。最終10kmはチームみんなで全力で踏んだ。さらにラスト3kmに入ると、ニキ(テルプストラ)とジュリアン(アラフィリップ)がものすごい牽引を行ってくれた」(ランパルト、フィニッシュ後インタビューより)
こうして残り2km、北クラシック精鋭部隊の鉄槌が下された。ロータリーを抜け出し、進行方向と風向きが変わった瞬間、長く一列に伸びた集団に亀裂が入った。クイックステップのランパルトとトレンティンを含む、小さな13人の塊が抜け出した。
「マッテオ(トレンティン)のスプリント勝利に持ち込むのが狙いだった。でも後方に差がついたところで、急遽作戦を変更した。マッテオが僕に飛び出すよう言ってきたんだ」(ランパルト、フィニッシュ後インタビューより)
いわゆる即興だったそうだが、2人の協力体制は完璧だった。ベルギータイムトライアルチャンピオンは、ラスト1kmのアーチを潜り抜けた直後に、単独で飛び出した。一方でスプリント巧者は、必死に追走を試みるライバルたちを横目に眺めつつ、時には足を引っ張りつつ、ただじっと体力温存に努めた。しかもランパルトがフィニッシュラインを先頭で駆け抜けると、背後のトレンティンはスプリントできっちり区間2位を仕留めた。前集団に残っていたオスが、ボーナスタイムを重ねるチャンスをも、完全に握りつぶした。そしてフィニッシュラインの前後で、2人の笑顔とガッツポーズがシンクロした――。
今季ジロ5勝、ツール5勝を叩きだしたクイックステップが、ブエルタでも早速1勝目を計上した。総合首位にはランパートが立ち、1秒差でトレンティンが続く。ポイント賞も同じようにランパートが首位で、1ポイント差にはトレンティンが控える。ただジロでは6日間に渡ってピンクをひけらかしたクイックステップだけれど、赤いジャージをあと1日守るのは、おそらくとてつもなく至難の業に違いない。なにしろ翌日には大会3日目にして、早くもアンドラを舞台とした難関山岳ステージが待ち受けている。マイヨ・ロホを巡る争いは、本物のGCライダーたちの手に委ねられることになるのだろう。
今ブエルタに詰めかけた大量の総合系選手の中では、ただニーバリとエステバン・チャベスだけが風を上手く読み、13人の先頭集団に潜り込んだ。さらにニーバリだけが、ランパートと同タイムフィニッシュを決めている。チャベスは5秒遅れで1日を終えた。クリス・フルーム、ファビオ・アル、ラファル・マイカ、アダム・イエーツ等々が被害を8秒に食い止めたのに対して、ロメン・バルデ、イルヌール・ザッカリン、スティーヴン・クライスヴァイク、アルベルト・コンタドール、サイモン・イエーツは13秒を失った。
総合では初日同様フルームがあらゆるライバルに先んじているが、チャベスは5秒差、ニーバリは14秒差に詰めた。一方でコンタドールは31秒差、アルは32秒差、バルデは42秒差に遅れが開いてしまった。もちろん24時間後には、この数字は、大幅に書き換えられているはずだ。
☐ ブエルタ・ア・エスパーニャ2017
ブエルタ・ア・エスパーニャ2017 8月19日(土)~9月10日(日)
全21ステージ独占生中継!
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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