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雨と、霧と、「痛みの山」と言う名の超激坂。ただでさえドラマチックな背景を利用して、アルベルト・コンタドールが美しくも切ない物語を描き上げた。マドリード到着まで残りわずかだというのにマイヨ・ロホのクリス・フルームは減速し、ヴィンチェンツォ・ニーバリは総合優勝の希望をわずかにつないだ。序盤から逃げたシュテファン・デ二フルが、偉大なるチャンピオンの追走を振り切って、初めての勝利を射止めた。
2週間の疲労が蓄積したせいか、それとも行く先にそびえ立つ最大28%(!)というまだ見ぬ激坂に、恐れをなしたのか。大会に生き残った162選手は、めまぐるしい飛び出し合戦を繰り広げる代わりに、むしろ慎重に加速の機をうかがった。それでもスタートから5km、アクアブルースポートがタンデム式アタックで突き進むと、デ二フルを前線に送り出した。ひとり、またひとり、と勇敢な選手たちが前方に集った。打ち止めに、17km地点で走り出してきた山岳ジャージ姿のダヴィデ・ヴィッレッラが、追いついた。6人の逃げ集団が出来上がった。
ここでプロトンは厚いカーテンを閉じた。チームスカイがいつもと変わらぬ制御隊列を組み上げた。ボーラ・ハンスグローエがちょっとした謀反を試みたこともあった。さらには強風吹き抜ける高原の一本道で、なんとなくプロトンが細かく分断してしまったこともあった。しかしそれ以上は何も起こらなかった。ただスカイの手のひらの上で、粛々と、プロトンはペダルを回し続けた。
6人のリードが9分を超えると、さすがにアスタナがしびれを切らした。すでに区間2勝を手にしているミゲル・アンヘル・ロペスモレーノの、もう1勝を目指して、集団の制御権をもぎ取った。再度チャンスを狙っていたボーラも、カザフ軍の動きを察すると、すぐに前方へと馳せ参じた。山岳賞獲りを宣言するラファル・マイカのために、集団加速に協力した。スピードは急速に上がった。わずか10km走っただけで、一気に3分もタイム差をむしり取ってしまうほどの猛烈さだった。
しかし、その先で、またしても追走は足踏み状態となる。なにしろステージ中盤に立ちはだかる、標高1300m超の2級峠は、すっぽりと雨雲に包み込まれていた。特に下りでは、ほぼ視界ゼロの状態が、延々10kmにも渡って続いた。細く濡れた山道で、前も後ろも、大いに減速を余儀なくされた。誰もがきっと生きた心地もしないような、ひどく恐ろしい時間を過ごしたに違いない。それでもレースがニュートラル化されることはなく、霧を抜け出した直後に、選手たちはさらなる熾烈なる戦いへと飛び込んでいった。
2級峠で青玉用に5pt収集したヴィッレッラが、あっさり脱落していった一方で、残る5人は先を急いだ。後方では総合2位ニーバリ擁するバーレーン・メリダが攻撃態勢に移行し、前日のタイムトライアルで完全に総合表彰台の望みを失ったオリカ・スコットも、区間勝利の可能性を追い求めて牽引に加わった。ただ霧の中ではぐれてしまったマイカを救うべく、ボーラが後方に下がっていたせいで、追走の威力は一時弱まった。
しかも残り28km地点から上り始めた1級峠で、牽引を担当していたチームが、次々と人員を前方に送り出そうとしたものだから……いつしか主導権はスカイの手元へと舞い戻った。マイヨ・ロホ護衛隊はまたしても淡々とテンポを刻んだ。小さな動きは見逃しつつ、前方待機に向かうアシストたちを、ただ冷静に回収していった。
おかげで全長7.2kmの最終峠を上り始めた時点で、逃げの5人は、メイン集団とのリードをかろうじて1分半保っていた。さすがに序盤に2つ待ち受ける激勾配ゾーンを、元気よく抜け出せたのは、デニフルひとりしかいなかった。オーストリアの、正確にはチロル地方で生まれ育った……つまり「ドロミテの激坂なんてこの勾配の上にもっと距離が長いからね」とあっさり言ってのけるほどの生粋のヒルクライマーは、そのままぐんぐんと激坂を突っ走り始めた!
「今日は、脚が絶好調だった。だってこのステージのために、ブエルタが開幕して以来、ずっと力を温存してきたんだからね。それにこの上りは、僕にとって、パーフェクトなんだ」(デニフル、フィニッシュ後TVインタビューより)
デニフルが先頭に立つほんの少し前、メイン集団では、ロペスモレーノがついにアタックを仕掛けた。すかさずコンタドールが後輪に飛び乗った。しかし7月のオーストリア一周で、そのデニフルを退けて山頂フィニッシュを勝ち取ったコロンビア人はーー総合優勝はデニフルに取られてしまうのだがーー、2つ目の25%ゾーンで自ら加速を止めた。しかも「ここで燃え尽きてしまってはならない」(フィニッシュ後インタビューより)と23歳が自重したことで、34歳の攻撃魂に一気に火がついた。
「今日は足がしっかり応えてくれた。ロペスモレーノが激勾配で少し速度を失いつつあるのを察知して、ためらわず飛び出した。体力が十分に残っている感覚もあったから、最後まで行けると確信したんだ」(コンタドール、フィニッシュ後インタビューより)
若造を置き去りにしたベテランは、区間勝利を目指して、畳み掛けるようなダンシングで加速を続けた。しかし人生初めてのグランツール勝利に向かって、前方のデニフルもまた、一心不乱に努力を続けていた。
「コンタドールにとって人生最後のレースだから、もしかしたら勝たせるべきだろうか……?なんて一瞬思ったけれど、僕にだって、今日しかチャンスはなかった。だから全力を尽くす以外に選択肢はなかった」(フィニッシュ後TVインタビューより)
29歳の激坂巧者は、28秒差でコンタドールから逃げ切った。7月に祖国の一周レースを制し、「キャリアで最も誇らしい勝利」を手に入れたデニフルは、寒い9月のスペインで、「キャリアで最も素敵な1日」を味わった。実は総合優勝の経験はあるけれど……ラインレースのフィニッシュで両手を上げたのは、プロ生活で初めて。もちろん所属チームのアクアブルースポートにとっては、創設シーズンの、初めてのグランツールで、初めての素晴らしい勝利となった。
最後のグランツールを戦うコンタドールにとっては、あと300mが足りなかった。4日後に自転車を下りる世紀のチャンピオンに、勝利の女神は、またしても微笑まなかった。ただ最後まで全力でフィニッシュラインを駆け抜け、後方のライバルたちから軒並み36秒以上をさらい取った。2位のボーナスタイム6秒も手に入れ、コンタドールは、総合表彰台にほんの少し近づいた。
「チームのために、なによりファンのために、区間勝利を取れなくてがっかりしている。でも、まだ、3日間残ってる。僕の考えでは、今後もたくさんのことが起こる。毎日全力を尽くさなきゃならないだろうし、常に準備万端じゃなきゃならない。あらゆるシナリオに備えてね」(コンタドール、フィニッシュ後インタビューより)
そもそも、すでにこの日、コンタドールが飛び出した背後で、もう1つの驚くべきシナリオが用意されていた。フルームが、大きく遅れたのだ。
コンタドールの攻撃で、自然とスピードが上がったメイン集団から、マイヨ・ロホが、少しずつ後退していった。いつもの泳がせておいて突然高速回転で追いかけてくる戦法か……?と一瞬ためらうような雰囲気も漂った。
「フルームはステージの間、一度たりとも、不調の兆候を見せなかった。一度たりとも!」(ニーバリ、フィニッシュ後TVインタビューより)
しかし、フルームは本当に苦しんでいるのだ、と確信するやいなや、総合2位ニーバリはペダルを漕ぐ脚に力を込めた。
3位ウィルコ・ケルデルマンや4位イルヌール・ザカリン等々も、流れに飛び乗った。途中で3位が脱落し、4位がここぞとばかりに加速すると、2位もさらに脚を速めた。6位ロペスモレーノを回収し、本来ならば総合争いをしているはずのマイカもついてきた。それぞれの守るべき場所や奪うべき場所のために、駆け引きや協力体制が繰り返された。
幸いにも、マイヨ・ロホには、忠実なアシストたちがついていた。山の麓までは6人が守った。ラスト3kmまでは3選手が、苦しむリーダーのために適度なリズムを刻んだ。フィニッシュラインを超えるその瞬間まで、ミケル・ニエベが付き添った。
コンタドールのフィニッシュから36秒後、ロペスモレーノ、ニーバリ、ザカリン、マイカが山頂に駆け込んだ。ケルデルマンはその15秒後に、フルームには42秒後に1日を終えた。
「タイムを失うのは、いつだって、楽しいことじゃない。でも、同時に、自分の総合ポジションに満足している。もしかしたら、昨日の努力が、尾を引いているのかもしれない。まあそれは当然のことだよね。再び調子が戻ってくると確信している」(フルーム、フィニッシュ後インタビューより)
前日のタイムトライアルで、フルームは総合のライバルたち、特に総合2位ニーバリから57秒を奪っていた。だから42秒を新たに失ったとはいえ、総合のリードはいまだ1分16秒を有している。総合3位のケルデルマンも、やはりこの日失ったタイム(15秒)よりもタイムトライアルで稼いだリード(たとえばザカリンに対して30秒)のほうが大きく、総合3位の座を守った。それでも4位ザカリンは12秒差に、5位コンタドールは1分21秒差に迫っている。
ちなみに逃げたヴィッレッラは、もう1日、青玉ジャージを身にまとう権利を手に入れた。結局1ptも手に入れられなかったマイカに対して、ロペスモレーノがフィニッシュで6ptを収集し、首位まで7pt差に追い詰めた。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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