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「これこそが『アディオス』を告げる最高のやり方だと分かっていた」(コンタドール、フィニッシュ後TVインタビューより)
今世紀最強の自転車チャンピオンが、自らの伝説を、幸せな形で完結させた。アングリルのとてつもなく恐ろしい激坂を、美しき花道に変えて、残り1発の弾丸で、アルベルト・コンタドールは人生最後のステージ勝利を射抜いた。史上最強への道をいまだ邁進中のクリス・フルームは、ついに生まれて初めてのブエルタ総合優勝に王手をかけた。
コンタドールの最後の願いは天に届いた。望み通り、冷たい雨が、山道を濡らした。天候条件が厳しくなればなるほど、戦いは厳しさを増し、きっと自分に有利になるはずだから……。かといって天然のアタッカーが、ただじっと運を天に任せるはずもなかった。スタート直後に18人が逃げだすと、すぐさまトレック・セガフレード全員で集団制御に乗り出した。スカイの手に主導権を委ねてなんかおかなかった。
「昨日の夕食時に、食卓でみんなで確認し合ったんだ。今日が僕らにとって最後のチャンスになるだろう、って。おかげでステージ前半は、チームメートが100%の力を注いでくれた」(コンタドール、フィニッシュ後インタビューより)
大会最後にふさわしく、逃げには豪華メンバーが揃っていた。しかしツール総合3位のロメン・バルデや、双子で2年連続ツール新人賞を分け合ったアダム&サイモン・イエーツ、元世界チャンピオンのルイ・コスタ、さらにはすでに今ブエルタで区間勝利を手にしているジュリアン・アラフィリップやトマシュ・マルチンスキー、シュテファン・デ二フルが束になっても、メイン集団から、決して1分45秒以上のリードを奪えなかった。
しかもステージ半ばに差し掛かると、チーム総合首位のアスタナも牽引に協力を始めた。さらに最終40kmにぎゅっと詰め込まれた3連続峠に入る頃には、総合2位ヴィンチェンツォ・ニーバリを擁するバーレーン・メリダも、逆転優勝のわずかな可能性に賭けて前線へ競り上がった。
残念ながら、濡れた下りが、アスタナとバーレーンの攻撃続行を阻んだ。なにしろ1つ目の峠からのダウンヒルでは、ファビオ・アルが完全に脱落した。最終的に総合8位から、一気に13位まで陥落した。また上りの強さは区間2勝で証明済みのミゲル・アンヘル・ロペスモレーノも、「少し自転車のコントロールを失って、そこから急に怖くなった」(大会公式リリースより)せいで、集団につていけなくなった。総合順位は2つ下げ、総合8位で初めての3週間を終えることになる。ただ幸いにも、チーム総合首位の座だけは、最後まで守りきった。
2つ目の峠からの下りでは、プロトン屈指の下り巧者であるはずのニーバリが地面に滑り落ちた。本人のツイッターによると、肋骨を痛めたとのこと。3大ツールを全制覇した現役屈指の王者は、ギリギリまで歯を食いしばって、メイン集団にとどまり続けた。
ちなみに同じ下りで、総合11位ダヴィデ・デラクルスも落車の犠牲となった。トップ10入りを目指し、果敢に攻めている真っ最中だった。幸いにも骨折等はなかったが、マドリード到着を翌日に控えて、途中棄権に追い込まれた。
危険な下りは、攻撃のチャンスでもある。逃げ集団では、ダウンヒルを積極的にこなしたマルチンスキーが、ひとり先頭で最終峠へと突き進んでいた。セーアン・クラーウ・アナスンやバルデ、さらには母国スペインで「コンタドールの後継者」と呼ばれる23歳マルク・ソレルや22歳エンリク・マスが、必死で後を追いかけていた。
メイン集団からは、ハリンソン・パンタノが飛び出した。2016年ツールで驚異のダウンヒルテクニックを披露したコロンビア人は、コンタドールを背負って、危険をかえりみずスピードを上げた。メイン集団のライバルたちからあっさり30秒差を奪い、全長12.5kmの地獄へと飛び込んだ。
「チームメートたちのおかげで、ライバルに先んじてアングリルに取り掛かることが出来た。だから自分にこう言い聞かせた。『よし、この先は、自分で動く番だ。山頂まで全力を尽くさなきゃならない。勝利を奪い取らなきゃならない』って」(コンタドール、フィニッシュ後TVインタビューより)
総合5位コンタドールが飛び出したと知るや、チームサンウェブが慌てて追走に取り掛かった。メイン集団に残るアシスト2人だけでは足りぬとばかりに、逃げ中のクラーウ・アナスンも呼び戻された。あまりに必死に牽引したものだから、山頂まで8kmを残して、総合3位ウィルコ・ケルデルマンの護衛は全員燃え尽きてしまう……。
一方のコンタドールには、力強い味方がついていた。上りに入ってもパンタノが全力を尽くしただけでなく、チームの枠を越えて、同じスペイン人のマスも一緒に先を急いだのだ!
「最後までずっと付いていけたら、と願ったんだけどね。残念ながら僕には前線にとどまるだけの力がなかった。でも嬉しいんだ。こんな経験が出来たことが嬉しい。将来きっと僕の役に立ってくれるはずだから。なによりアルベルトが……僕を自転車競技に導いてくれた恩人の1人が舞台から去る日に、こうして立ち会えたことが本当に嬉しい」(マス、チーム公式リリースより)
プロ1年生の若者は、ジュニア時代の3年間、コンタドールが手がける育成チームで走ってきた。だからこそパンタノが全力疾走で燃え尽きた後も、祖国の大先輩のために惜しみなく加速を続けた。長らく先頭を逃げ続けていたマルチンスキーも追い越して、本当の恐怖が始まるラスト7kmまで、持てる力をすべて注いだ。残念ながらマスの冒険はここで打ち止めとなるが、山頂では嬉しい敢闘賞が待っていた。
そのマスが落ち、バルデさえ振り払った後、人生最後のグランツールを戦うコンタドールに最後まで同伴したのが、人生最初のグランツールを戦うソレルだった。2015年ツール・ド・ラヴニールの総合覇者にして、「コンタドール去りし後のスペイン自転車界の未来」を担う若者は、熱狂のるつぼと化した難勾配ゾーンを祖国の英雄と共によじ登った。
しかし、コンタドールが、ひとりで飛び立つべき時が来た。ラスト5.5km、未来のチャンピオンを置き去りにすると、ついに美しきフィナーレへ向かって独走を始めた。もちろん最大勾配23.5%の難勾配が自慢の山道は、まるで簡単ではなかった。自らが雨を強く願ったとは言え、コンタドールにとっても濡れた路面が厳しいことには変わりなかった。
「ひたすら同じリズムで上るよう集中し続けた。でも難しかった。ダンシングするたびに、雨のせいで、自転車が浮いてしまうんだ。出来る限り腰を下ろしていなきゃならなくて、つまりいつもの上りスタイルが取れなかった」(コンタドール、フィニッシュ後TVインタビューより)
後方からはライバルたちだって追いかけてくる。残り4kmで差が1分20秒に広がると、総合3位の座を渡したくない者たちが動き出した。3位ケルデルマンよりも、むしろ表彰台までわずか12秒につける4位イルヌール・ザカリンが、せわしなくスピードを上げた。体を痛めたエースをかばうように、フランコ・ペッリツォッティがなんとか集団を適度な速度で抑えていたのだが……、残り2kmでとうとうニーバリがついていけなくなった。肝心のケルデルマンも直後に力尽きたが、「最後はケルデルマンがどこに行ってしまったのかまったく分からなかったけれど、コンタドールへの対応が忙しくてそんなことどうでもよかった」(チーム公式リリース)というザカリンだけが夢中でタイム差を埋めにかかった。
なによりマイヨ・ロホ姿のクリス・フルームが、最終アシストのワウテル・ポエルスの強烈な牽引に連れられて、ぐいぐい距離を縮めてきた。
「コンタドールに追いつくために僕ら全力を尽くした。僕のためじゃなくて、ポエルスを勝たせてあげたいと思ったから」(フルーム、フィニッシュ後TVインタビューより)
残り1kmで、後方に対するリードは、30秒程度しか残っていなかった。コンタドールの総合表彰台の望みは、もはや断たれた。そもそもグランツールでは表彰台のてっぺん以外経験したことがない。キャリアの終わりに2番目や3番目の台に乗るより、頂点しか知らずに潔く立ち去ったほうが、むしろコンタドールらしいかもしれない。しかし区間優勝だけは、絶対に逃すわけにはいかなかった。強風吹き荒れる山頂目指して、持てる力を全て振り絞った。
「このブエルタは多くの人々の記憶に留まることだろう。僕が幾度となくアタックを仕掛けたこと。何も起こりそうもないどうってことない地形で、僕が勇敢に攻撃を繰り返したこと。こんなことを人々はずっと憶えていてくれるはずだ」(コンタドール、フィニッシュ後TVインタビューより)
きっとおなじみのジェスチャーも、ファンは永遠に忘れない。山頂のフィニッシュラインに真っ先に飛び込んできたコンタドールは、胸を軽く2回叩き、そして、人差し指を前方へと突き出した。2008年、ここアングリルで生まれて初めてのブエルタ区間勝利を手にし、生まれて初めてブエルタの総合リーダージャージを身にまとったコンタドールが、2017年9月9日、キャリア最後の優勝を手に入れた。ジロ総合3勝(後に1勝剥奪)・区間2勝(後に2勝剥奪)、ツール総合3勝(後に1勝剥奪)・区間3勝、ブエルタ総合3勝・区間6勝という素晴らしく、そして難解だった自転車人生の、見事な幕引きであった。
「素晴らしいキャリアの終わり方だ。ブラボーと言葉を贈りたい。コンタドールに本人には『君に苦しめられるのもこれで最後だな』って言ったんだけど(笑)」(フルーム、フィニッシュ後TVインタビューより)
コンタドールの17秒後に、ポエルスと共にステージを終えた英国紳士は、ライバルを絶賛した。もちろんいつもどおり丁寧にチームメートに感謝の言葉を述べ、そして自らの快挙に歓喜した。ツール・ド・フランスの総合を4度勝ち取ってきた王者が、6度目の挑戦で(うち総合2位3回、総合4位1回、途中棄権1回)、ついに総合優勝を手に入れた。1963年ジャック・アンクティル、1978年ベルナール・イノーに次ぐ史上3人目のツール&ブエルタ同一年制覇であり、1995年に開催時期が春から秋へと移行してからは、文字通り史上初の仏西ダブルツール達成となる。また2008年にコンタドールがジロ&ブエルタを勝ち取って以来の、年間2グランツール制覇の快挙であった。
「ダブルツールを達成できたなんて、信じられないような気持ちだよ。特にツール→ブエルタという連覇は、今まで誰ひとりとして成し遂げたことがない。とてつもないことだ!」(フルーム、フィニッシュ後TVインタビューより)
ザカリンは35秒遅れと健闘し、山の麓で頑張りすぎたケルデルマンはさらに46秒遅れて山頂へたどり着いた。2人の立場は入れ替わり、5日後に28歳の誕生日を迎えるザカリンが初めてグランツール表彰台に上る権利をつかみとった。ニーバリは区間首位から51秒後に1日を終えた。コンタドールと並ぶ現役でただ2人の3大ツール全覇者は、ジロ総合3位&ブエルタ総合2位で2017年を締めくくった。
大会3日目からマイヨ・ロホを守り続けたフルームと同じく、大会3日目から青玉ジャージを頑なに着続けたダヴィデ・ヴィッレッラは、最後まで山岳賞首位を死守した。グルペットでアングリルを上りきったマッテオ・トレンティンは、最終21ステージに緑ジャージ奪還を誓う。首位フルームまでのポイント差は26pt。つまりフルームがポイントを1ptも取らないという前提条件で、トレンティンは中間ポイントで上位3位以内に入り(4pt、2pt、1pt)、フィニッシュラインでは今大会4つ目の区間優勝(25pt)を上げなければならない。
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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