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町田樹のスポーツアカデミア 【Archive:フィギュアスケート・ザ・マスターピース】 アダム・リッポン「牧神の午後への前奏曲」(2013年スケートアメリカ):プログラム分析 第2パート〜第3パート
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部アダム・リッポン《牧神の午後》総合評価
このように、リッポンさんの《牧神の午後》は3パートに分けられます。第1パートは二次元の舞台空間と牧神という役柄を提示していくパート。そこから牧神がニンフと遭遇して、ニンフを失うまでの物語性が提示される。そして最後、ニジンスキーの振りだったり、ジョン・カリーの先行作品の振りからたくさん引用して、最後に絶対の渇望者としての牧神を象徴するような秀逸な振付でこの《牧神の午後》は締めくくられていくわけです。
こうした形で、例えば、絵画的なバエレを意味するヘレニズムだったり、あるいは牧神のポーズを取り入れてモダニズムを表現してみたり、あるいは最後にエロティシズムっていう要素がありましたけれども、直接的な性描写はありませんが、このプログラムの中で上半身を大きくのけぞらしたり左右にしなやかに倒れたり上半身を倒したりする振付がたくさんあります。普通、ダンスの領域で官能性というものを描く時に、だいたい上半身をのけぞらせたりしていくんですけども、そういう官能性の表現も、アダムさんが意図しているかどうかは定かではありませんが、官能的に見えるポーズもたくさんこのプログラムの中には組み込まれています。そういう意味で、アダム・リッポンさんの《牧神の午後》というのは「ヘレニズム」「モダニズム」「エロティシズム」というニジンスキー作品が備える三つの特徴を備えているわけです。
そして、フィギュアスケート史を振り返ってみると、実は1970年代からたくさんのスケーターがこの《牧神の午後》を演じてきています。しかしながら、こうした二次元の平面的空間構成と、あるいは牧神とニンフが出会い、失っていくという物語性の描写、それからニジンスキーが振付たような、牧神やニンフを象徴するような、そういう振付を的確に引用するというこの三拍子が揃ったフィギュアスケートのプログラムは、アダム・リッポンさんの《牧神の午後》だけなんです。他の作品はただただ「牧神の午後への前奏曲」という曲を使って美しく優雅に舞ったり、あるいはニジンスキーの振付が引用されていなかったり、物語性を一切出していなかったりします。アダムさんの《牧神の午後》はこの三拍子全てが揃っている傑出プログラムと言えるでしょう。
マスターピース(傑作)の条件
実はステファヌ・マラルメは「牧神は亜鉛色の木々の中で踊られるべきだ」という言葉を残しています。アダム選手がこの言葉を知っていたかどうか定かではありませんけれども、アダム選手の衣装の色が奇しくも亜鉛色に染め上げられています。おそらくアダム選手も、振付家のトム・ディクソンもそのことを理解して衣装をデザインしたんだと思います。 (完)
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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