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そんな、かつてない緊張感の中で迎えたFS(フリープログラム)。羽生選手がジャンプの一つ、技の一つを決める毎に、会場が熱狂していくのがわかる。最後の3ルッツを決める前には、もはや誰の顔にも不安など見えなかった。史上最高の演技になるという確信が、場を支配していた。
そして、あの大喝采。非の打ち所がない圧巻の演技で223.20というFS歴代最高得点を叩き出し、総合得点321.59で1位。羽生選手は見事、世界王者へと返り咲いた。
彼の演技が終わった瞬間、ハートウォールアリーナは涙に満ちた。国籍も応援する選手も関係なく、観客同士が抱き合って、羽生選手の健闘を讃えあっていた。海外の解説者たちまでも。
誤解を恐れずに言えば、ほとんどの人生に、ここまでドラマティックな出来事は起こらない。
だからこそ、世界最高の舞台で、史上最高の演技を成し遂げるという物語に、人々は熱狂したのだろう。何度も逆境から立ち上がる姿に勇気をもらい、こんなふうに生きてみたい、生きてみたかった、と、それぞれの思いを重ねながら。
SPの後、失意の中にいたであろう羽生選手は、海外プレスのインタビューでこう答えていた。「会場やネット、テレビの前などいろいろなところで応援してくださるファンがいる。だから自信を持って、心地よく試合に臨むことができる」と。そこから2日後のFSで出した世界最高得点。応援は力になる。この事実は、ファンにとって何よりも嬉しいことだろう。もちろん、総合で319.31と自己ベストを大きく更新し、銀メダルを獲得した宇野昌磨選手、FSのノーミス演技で15位から5位へと躍進した三原舞依選手なども、応援がくれるパワーを実感していたに違いない。
今回、シングル、ペア、ダンスともに、演技後に立ち上がれないほど疲弊した姿を多く目にした。プレッシャーに押しつぶされ実力が出せなかった選手、ゾーンに入ったような圧巻な演技を見せ、ベストスコアを出した選手。皆、それぞれに限界まで力を振り絞って闘っていた。これこそが世界選手権、真の王者を決める厳しい闘いの場なのだ。
今大会は、五輪の枠取りもかかっていながら、それでも、どの選手にも大きな声援が送られ、国旗が舞った。キス&クライで全ての選手の心からの笑顔を見ることが願いだと、多くの人が口にした。敵という存在はない。超えなくてはならないのは自分自身。フィギュアスケートというものが、一つの喜びを奪い合う競技ではないことを熟知している観客が、何より会場の雰囲気を温かなものにしていた。
今、改めて思う。
フィギュアスケートのファンは幸せだ。
白いリンクの上には、選手と彼らを応援するファンの夢が溢れている。それを掴もうと、思いを一つにする時、そこにはかけがえのない絆が生まれる。ここまで距離の近さを感じられるスポーツはそうそうない。だからこそ、その距離感を間違えてはいけないことも確かだ。どんなに遠く離れて応援しようとも、思いはちゃんと伝わることを選手たちは示してくれたのだから。
2017年の世界選手権は、フィンランドの美しい自然のように幸福感に満ちていた。多くの名演技を生んだ素晴らしい大会として、これからも長く皆の心に残るだろう。
植田広美
女性誌編集者としてアスリートの取材、インタビューを手がけるうち、どっぷりとフィギュアスケートの沼にはまる。国内外の試合、アイスショーはほぼ観戦。五輪王者を筆頭に日本選手が世界の舞台で活躍する現在の状況にワクワクしつつ、海外選手も全力応援! 全員がベストスコアの神試合がいちばんの望み。趣味は愛機で選手の写真を撮ること。
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