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ラグビー コラム 2021年6月11日

元慶大主将の“町長”。高田晋作さんが明かす栄光の舞台裏、思い描く日本ラグビーの一歩先。

ラグビーレポート by 多羅 正崇
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「私の父親はラグビー部ではなかったですが、早稲田大学の出身です。ラグビーが好きで、小さい頃から昔の国立競技場によく連れて行ってもらいました」

国立競技場に充満するラグビー熱を体感した少年は、國學院久我山中学でラグビーを始め、國學院久我山高から慶大へ。

4年時に第100代の主将に就任し、上田監督、林雅人ヘッドコーチ(HC)の下、副将の金沢篤さん(元慶大HC、現パナソニックワイルドナイツコーチ)らとスタートを切った。ただ春シーズンは、不動の司令塔だったSO淵上宗志を主将に据えた関東学院大学に大敗した。

「関東学院さんは当時3連覇を狙っていた断トツのチームでした。春シーズンは前半に大差で離されて、歴然とした差を感じましたね」

そんな関東学院大を大学選手権決勝で破ってしまうのだから劇的だった。高田さんたちは着実に「歴然とした差」を埋めていった。

「前年度の慶應は13年ぶりに出場した大学選手権の準決勝で、明治大学さんにロスタイムで負けてしまいました(18-24)。私たちの代は、ロスタイムで負けない『一歩先』のチームを目指して、パス、ラインアウト、タックルのスキルなど足りなかった部分を少しずつ詰めていきました」

「学生なので当然最初から上手くはいかず、試行錯誤の連続でしたね。私は林HCと二人三脚で戦術を考え、チームに落とし込みつつ、キャプテンとして『どうすればすべての選手が実力を発揮できるか』といった環境作りに取り組みました。メンタルとスキルは両輪で、秋になって勝つことで自信をつけていったんです」

そして2000年1月15日。4万人の観衆が詰めかけた旧国立競技場で、就任6季目の上田監督、高田主将率いる慶大は27-7で優勝を果たすのだった。

「準決勝までは固い試合運びを意識していましたが、私たち(の世代)にとって決勝戦は初めて。失うものはありませんでした。恐れず前半から飛ばしていった結果だったと思います」

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