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歴史の進歩の瞬間を見た~優勝候補に負けを選ばせたジャパン~ ラグビーワールドカップ2019 日本 vs. アイルランド
be rugby ~ラグビーであれ~ by 藤島 大アイルランドが次につながる「おしまい」を選んだ。エコパスタジアム。最後の最後。ジャパンが落球。自陣最深部とはいえ7点を追って同点狙いの猛攻を仕掛けると思った。ところが交替で登場のスタンドオフ、ジョーイ・カーベリーは、ありがたいはずのターンオーバーの球をあっさり外へ蹴り出した。みずからゲームの幕を閉じたのだ。
J SPORTSの解説席で「あれ、なんで」と驚いた。ややあって理解はできた。「7点差以内の負けのボーナスポイント」を確実に獲得したかったのだ。
試合後、カーベーリ―本人に確かめると「裏のスペースもなく、そうすべきと判断した」と言った。指示があった? 記者に聞かれると「急なターンオーバーだったので自分で決めた」と明かした。本当であるかはともかく「ボーナスポイントの重要性」を個人としてもチームとしても意識していた。実際、ボーナスの「1ポイント」はのちに効いてくるだろう。
そして、そうであっても「アイルランド、反撃せずに敗北を選択」の事実は、少しは長く日本のラグビーを見つめてきた身には感慨深かった。あれは、ひとつの歴史的瞬間だった。スコアが同じ「7点を追う」であっても、体をぶつけ合い、互いに駆け引きを繰り出した感触がもう少しソフトなら、つまり、いくらかツキがなくて、この点差になっていると感じたら、やはり猛攻を試みただろう。そこまでの展開でジャパンのタフネスが身に染みたからこそ、自陣深くでの無理なアタックはさらなる失点の危機を招くと慎重になった。その事実をもってして「日本のラグビーはステージをひとつ上がった」と言い切りたい。ちなみに、敗将、ジョー・スミットはのちに国際統括機関のワールドラグビーに判定について問い合わせている。「(アイルランドの科せられた)4度のオフサイドのうち3度は誤審との回答を得た」。こんなニュースも「ステージをひとつ上がった」傍証だろう。
ジャパンは速く、いや、ものすごく速く、確かで、たくましく、したたかですらあった。ショートサイドの攻略、狭いスペースでのせわしないパス、小刻みなフットワークが、屈強精確なアイルランドのディフェンスを無力化させる。根底には膨大な反復をともなう猛練習がある。
元オールブラックスの背番号10、ニック・エバンスは、ハイランダーズでジャパンの現アシスタントコーチ、トニー・ブラウンとともに戦った経験がある。英国『ガーディアン』紙のアイルランド戦後の評論はだから的確だった。ブラウンの仕込んだジャパンのラン、パス、キックについて。「ピッチにおいては涼しい顔でやってのけているように映るが、練習では完璧にするための多大な努力があったはずだ。トレーニングでは何度もミスをして髪をかきむしってきたに違いなく、だから、試合になると相手に問題を引き起こさせることができた」。ジェイミー・ジョセフの日本代表を長く追う取材者が知っていることをロンドンのエキスパートはすぐにわかった。そういうゲームだった。歓喜へと至る過程は芝の上に浮き上がったのである。
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